3:お忍び視察での出会い
キリがいいところまで……と思って書いたら長くなりました。
ミーティア嬢と婚約して3年が経った。
会うのは月に1度のお茶会のみ。でも。父上から聞かされた。彼女も彼女のご両親も私の婚約者になる事を拒否していた、と。何度も辞退を申し出られ……王命になったから、お前がミーティア嬢とどれだけ打ち解けられるかに、この婚約が続行出来るかどうか、かかっている、と。
そんな……と思った。
正直、あの日のお茶会で私と会話したご令嬢達は皆、私を褒めそやして選んで欲しそうだった。だからミーティア嬢も私の婚約者になれるのが嬉しいのだ、と思っていた。だが、と考える。彼女は私のことを他のご令嬢達のように褒めそやしていただろうか。
婚約が決まって最初のお茶会。
綺麗な挨拶をしながらも、彼女の表情は貼り付けられた笑顔だった。本当にこの婚約に乗り気じゃないと理解出来た。だから、私は彼女の考えを聞く事にした。不敬だと咎める事もしない。率直な意見を聞かせて欲しい、と。
彼女は最初「意見なんて」と8歳にしては遠慮がちに口にしていた。だから私は10歳という年齢の持つ無邪気さで、彼女に笑顔で尋ねたのだ。「僕が嫌い?」と。それに対して彼女は顔を真っ赤にして「きらいじゃないです」と言ってくれた。先ずはそれで良いと思った。「僕はミーティア嬢が笑った顔が可愛いと思ったよ」と伝えれば、さらに顔を真っ赤にさせて「ありがとうございます」と弱々しく言ってくれた。
ただ、その直後に彼女は顔を悲しげに歪めた。
「でんか……」
か細い声で私を呼びかけたミーティア嬢。3年経ってもまだ耳に残っている。多分、続く言葉に衝撃を受けたからだろう。
「なぁに?」
「でんか。私は、身分はでんかにつりあいます。でも私にはおうひ様はできません。とても心の弱い私です。おうひ様は時には強くないといけないそうです。かなしくてもつらくてもくるしくても、人をきずつける事もしないといけない、とも聞きました。私には人をきずつける強さは無いです。おうひ様もきずつける強さは無かったでしょう。でも国王へいかやでんかのために強くなった。それは国王へいかやでんかを好きだからでしょう。今の私は……でんかをそこまで好きではないので、出来ません」
だから、婚約を辞退する、というのが彼女の言い分だった。
「ミーティア嬢。今は、そうだと思う。僕だって君をそこまで好きか分からない。だからこうしよう。僕が成人を迎える16歳には婚約者を公表する。それは絶対だ。だからその1年前の15歳までに、僕とミーティア嬢2人が婚約を続けられないと思ったら婚約を解消しよう。1年もあれば、僕も新しい婚約者を見つけられると思う。どうかな」
「わかりました。私も強くなれるようにがんばります。それでもでんかが15さいになられるまでに強くなれなかったら……」
「うん。その時は解消しよう」
それから私達は月に1度のお茶会で仲を深めようと互いに努力を続けていたと思う。彼女が言う強さ。それは確かに必要だが悲しみも苦しみも辛さもミーティア嬢ならば受け入れて、自分の力に変えられると思うのだ。彼女と話し合うにつれて、そう思うようになった。
ぎこちなかった笑顔が段々と初めて見た笑顔に変わった頃、彼女は淑女として表情を微笑みのみに留めるようになった。あの笑顔は私の前でだけ見せてもらいたいと思ったから、別に構わない。そうして1年が過ぎた頃には、私達は互いの好きな物や嫌いな物を知ることになったし、彼女の教育も進んでいることに気付いた。
歴史や語学などに長けている彼女は、取り分け芸術への造詣が深く、私が教わることもある。彼女の誕生日パーティーで聞かせてもらった歌声の澄んでいることと言ったら、歌の女神かと思う程だった。その歌声を私の側近候補達や護衛・侍従達や彼女の友人達は元より招待客全てが虜になっている事には気付いた。ちょっとモヤモヤとした。何故かは分からない。ただ、皆が私の筆頭婚約者候補者であることを羨ましいと言っていたので、そのモヤモヤは直ぐに無くなったけれど。
そう、彼女は私の筆頭婚約者候補者として周囲には説明されている。余程の事が無い限りは彼女が婚約者として私の成人の儀に発表される事は、皆気付いているだろう。逆に私の誕生日パーティーでは、彼女が持って来てくれたプレゼントの中で一番のお気に入りは、彼女が懸命に刺繍してくれた私個人の紋章入りハンカチだろう。毎日侍女に洗ってもらい使っている。そんな風に過ごした3年。
私は父上から城を出て城下を視察するように、と言われた。それも私が第一王子だと知られないように、との注釈付きで。直に国民の様子を見て王族が守る者達存在を実感しろ、とのことだった。私はあくまでも第一王子で王太子ではないが、王太子教育を施されている事は気付いている。私に瑕疵が無ければ、王太子に選定される事だろう。だから私は護衛を連れてお忍びで城下に降り立った。
下位貴族や裕福な商人達がいる所に混ざれた時は、なんだか心が騒ついた。浮かれていたと言うやつだろう。そんな中で私は前を良く見ていなかったらしい少女とぶつかった。
「ごめんなさいっ」
尻餅をついた彼女に手を差し伸べて助け起こすと、同い年くらいの女の子だった。
「こっちこそごめん。怪我は?」
「大丈夫よ。私がぶつかったんだし、お詫びに何か奢るわ。食べたい物ある?」
「そうだな。甘くないお菓子がいいかな」
最近、ミーティア嬢が甘いものがあまり得意ではない私のために、甘さを少なくしたクッキーを侍女と一緒に作ってくれた事があった。毒味をした侍従が顔を綻ばせて、私が最初に食べたかった、とモヤモヤしたのだが、直ぐに食べたクッキーは本当に甘くなくて何枚でも口に出来た。ミーティア嬢に「美味しい、ありがとう」と言えば、嬉しそうに笑って可愛いなと思った。
そんなわけで甘くない菓子は私の気に入りだ。実はもしそんな店があれば、ミーティア嬢にお土産として買おうと思っていた。少女は任せておいて! と張り切って案内してくれた。
「此処のは甘くないクッキーやケーキがたくさんあるよ。フルーツたっぷりで見た目も綺麗だし。どれがいい?」
そんな事を説明しながら、店内が混んでもいないのに、少女が近寄ってくる。……ちょっと近い。下位貴族の令嬢ではないな。淑女教育を受けているならこんなに近寄ってこない。裕福な商人の娘だろうか。……いや。刺客の可能性もある、か? 私が少し警戒しつつ、彼女から距離を取れば、彼女が不思議そうな表情を浮かべた。
「なんで離れるの?」
「何故近寄る?」
「ええっ! だってあなた、私が可愛いからついてきたんでしょ?」
「は?」
何を言ってる? お詫びに奢ると言って案内してくれただけだろう?
「だってさ、普通、女の子と2人でデートに使われるこの店に来たなら、私を気に入ったって思うじゃない?」
「なっ……し、知らない! そんなこと知らなかった!」
「えー! ウソでしょ⁉︎ この店、有名じゃない! デートに向いたお店って」
そう言われてみれば、店内で飲食をしているのは男女が多い。
「だ、だが、列を成しているのは女性同士も……」
「あれは、お土産でお持ち帰りだから。奢るって言ったんだから店内で食べるわけでしょ? この時間帯はこのお店、デート限定でしか食べることが出来ないんだから」
知らなかった……。そういうのがあるのか。
「では、土産として頼むから」
「えー。奢るって言った私の気持ちを無しにするのー?」
「詫びは要らない。この店に連れて来てくれただけでいい」
「えー。そんなこと言わないでよ。折角知り合ったんだしさ。アナタ顔がカッコいいから、私もデートしてあげるよ」
なんでそんな事を言われなくちゃならないんだ。別にデートしてもらわなくていい。髪色も目の色もこの国では珍しくない色だから、王子である事の証明は無理だし、服装も華美な物ではないし、お忍びだから王子だとも言えないし。困ったな。
そう思っていたが、考えるだけで答えなかった私が悪いのだろう。側から見れば黙って俯いた私は、女の子からそのような事を言われて照れているだけの少年に見える。……なんて事を私が解るわけがなく。少女は機嫌良くニコニコと笑いながら、あろうことか私の左腕に腕を絡ませてきた。しかも胸を押し付けるように。
不快だった。
慌てて彼女の顔を見れば、物凄く嬉しそうだと解る笑顔なのだが……私が見たい笑顔なんかじゃなかった。私が見たいのは、あの子の笑顔だけだ。女神のような歌を聞かせてくれた澄んだ声の……
「で……アーリオ様?」
そう、こんな声の持ち主。でもアーリオって誰だ。私はアーサーだ。そう思いながら、どうやら背後からかけられたらしい、と気付いた私が振り返ると、いつも風に靡かせる綺麗なシルバーの髪をきっちりと纏めて、ドレス姿ではなくワンピース姿のミーティア嬢が立っていた。……可愛い。
この状況を忘れてミーティア嬢の可愛さに一瞬見惚れた私は、ミーティア嬢の視線を追って、ハッとした。私は腕を組まれたままだったのだ。
不快感が増して慌てて彼女の腕を離すと、少女は不服そうな顔をしてから、私とミーティア嬢を交互に見た。
「知り合い?」
少女が私とミーティア嬢の両方に尋ねるように口にした。ミーティア嬢がすかさず、肯定する。
「はい。私の友人でアーリオ様という方です。あ。私はミーアと言います。あなたは?」
アーリオというのは、ミーティア嬢が咄嗟に付けてくれた私の偽名か。アーサー、なんて本名を名乗るわけにいかないのは確かだ。王子であることをバラすわけにはいかない。……それをしようと考えていたのは確かだが、実際にそんなことをしたら場を混乱させるだけだ。
「私? トルッテ男爵令嬢・メグリィよ。あなた、その姿から見るに商人の家の娘だろうけれど、身分差があるんだからメグリィ様って呼ぶのよ?」
ふふん、と、メグリィとかいう少女がミーティア嬢を見下す。トルッテ男爵と言えば、最近になって愛人の娘を迎えいれたと届け出があったが、もしやこの娘がそうか? 仮に今のミーティア嬢と身分差があったとして、なんでこんなに偉そうなのだ。物凄く不快感が増した。
「あなた、アーリオ様って言うのね。身分は? 彼女の友人なら商人の子息? 跡継ぎか何か?」
腕を離したというのに、再び近寄って来てまた腕を組もうとしていたので、今度はバシッと私の腕を取ろうとした時点で叩いた。あまりの不快さに嫌悪を滲ませた表情を出したと思う。無言でメグリィとかいう少女を店に置き去りにして、私はミーアと名乗ったミーティア嬢の肩を抱いて店外へ出た。
「で、殿下、あのっ」
ミーティア嬢が困ったような顔をして私を見ていることは分かったが、それに答える余裕が無い。ミーティア嬢がチラリと背後を気にする素振りになったので、彼女の肩に置いた手に力を入れてしまった。
「お待ち下さい」
その声に我に返る。どうやらミーティア嬢は、私の護衛や自分の侍女と護衛を気にしていたらしい。掛けられた声は、私の護衛のものだった。
「すまない」
護衛にもミーティア嬢にもミーティア嬢の侍女と護衛にもそう思った。だが、どうしても我慢出来なかったのだ。メグリィとかいう少女の近さが、馴れ馴れしさが、人を見下す態度が。私はその場で大きく溜め息を吐き出し、気持ちを入れ替える。ゆっくりとミーティア嬢の肩から手を離した。……正直離したくないな、と思う気持ちを押し殺して。
この3話をどう書こうか迷っていたので、年明けになってしまうかも、と思ったのですが。スムーズに進んだので、早めにお届け出来ました。




