2
ラス1になります。果たしてどんな結末が
見ると、多くの幟を掲げ、プラカードを持ち、口々に何か大声で叫んでいる。総勢は四、五百人もいるだろうか。
「ありゃあ、何だ。ただのデモにしちゃ妙だな。あの大きいのはヘカトンケイル族の亜人だし、飛んでるのはユニコーンか」
「亜人の、デモ」
「こいつがそうか。聞いちゃあいたが、なぁ」
源大朗が表情を硬くする。その間にもデモの隊列は近づき、源大朗たちの前を通っていく。
『亜人自由解放機構』
『デミフリー!』
『亜人は人間の奴隷じゃない!』
どれも幟に大きく掲げられている言葉だ。ほかにも同じ意味の、もっと激しい主張がプラカードに書かれていた。
デモは亜人だけでなく、人間もいる。数は人間のほうがずっと多そうだ。
「いつかこうなる気はしてたがな」
「外国のほうがずっと多いらしい、けど」
言っている間に、列が終わりにさしかかる。と、急に、
「社長? 夷やの、社長!」
話しかけられた。その声に振り向く源大朗の前に、覆いかぶさるような巨人の姿。
「おー! おまえたしかゴーレムの」
「うす、ボーナムですよ。お久しぶりで、源大朗社長!」
以前夷やに部屋を探しに来た、ゴーレム族の男だった。
「元気か。あのときはいい部屋が見つけられなくて、悪かったな。最近、倉庫の出物があったぞ。どうだ、今から店へ来るか」
見上げながら源大朗が言う。
「いやぁ、ありがたいんすけど、じつは最近、行先が決まったんですよ」
「行先? 部屋じゃないのか」
「それが、限界集落を亜人の力で立て直そうって。政治家の先生の肝いりでしてね。タダで家までくれるっていうんで、俺らゴーレムだけでなく、キュクロプスのやつとか、レヴィアタンなんかも海から来るとかで」
大型の亜人が多いようだ。限界集落の再生、というなら建築やら土木やらの工事は必須なのだろうが。
「そうか。そいつは、良かったな。それはそうと」
「失礼します。『デミファーストの会』の三田村と申します」
源大朗が言おうとしたときだ。急に男が割って入って来たと思うと、そう名乗った。まだ若い。メガネをかけ、髪を整え、その目はまっすぐに源大朗を見る。
「おぁ」
「我々はデミヒューマンの権利拡大のために活動しています」
「で、デミ?」
「デミヒューマン、亜人のこと」
キアが説明する。
「どう思われますか。この世界のデミヒューマンは、差別され搾取されています。この世界で働き、社会に貢献しているのに、人間と対等な権利があって当然なのに、おかしいと思いませんか」
そこまで言って三田村、かたわらのキアが亜人なのに気づいたようだ。
「あなたは! 純人間型のデミヒューマンの方ですね。いちばんこの世界に適応しやすいとされている分、劣悪な環境で働かされる場合も多いんですよ。とくにフィーメールの方はね。どうですか、差別的な扱いを受けたり、各種のハラスメントを受けたりしていませんか?」
一気にまくしたてる三田村に、
「ない、です」
「こいつはうちの従業員だ。優秀でな。いまじゃうちの、いちばんの」
「仕事に見合った報酬はもらっていますか? 各種社会保障は? 現在、デミヒューマンの社会保険加入は使用者の任意ですが」
「おい、待て。少しは話を」
源大朗が三田村の腕をつかもうとした。それを制してキア。
「別にない、です。不満とか、不安とか。会社は小さいけれど、仕事は楽しいし、よくしてもらっている、から」
「仕事は順調なんですね。けれど、最低賃金とか、社会保障の面では」
「うちの! ……うちの社長は、ぶっきらぼう、だし、見た目は、いまいちだし、よくさぼって公園で寝るし」
「おい、オレのいいとこは」
「けど、だけど、仕事になればすごく、がんばってるし、亜人のお客さんのために、一生懸命で、採算とかもときどき無視するし、だからあんまり儲からないけど、でも契約したあとも、いろんなお客さんがまた店に寄ったり、連絡してくれたり……、従業員の、ことも、命がけで守ってくれる、そんな、人だから! だから、ぼく……、わたしは、好きだから、大好きだから……」
そこまで言ってキア、不意に気づいて顔をうつむける。頭の上のネコ耳がギュッ、と伏せられて、こわばって見える。
「もういい。もう、な」
そう言うと源大朗がキアの肩に触れてうながし、自分の方が三田村に相対する。三田村、急に興がそがれたような表情になって、
「ちっ……、まぁとにかく、なにかあったら事務所に連絡してください」
それだけ言うと、もうかなり先へ進んでしまった列へと戻っていった。大きな身体で所在無げに残っていたボーナムも、
「そ、それじゃ社長、どうも、すいませんっ」
あとを追いかける。
「おう、がんばれよ」
源大朗の声が聞こえるにはもうずいぶん離れていたが、ボーナムは一度振り返ると手を振って見せた。
「戻るか」
「……」
ふたり、再び夷やへの道を歩き始める。
しばらく無言が続いたあと、
「まぁ、なんだ。いろんなヤツがいる。この世界の人間からしたら、亜人はよその世界、次元から来た、本来会うはずのない存在だからな」
「源大朗も、そう思ってる、の」
「さあな。けど、ゲートが開いちまったんだ。もう戻れないなら、進むしかない。向こうの世界へだって、こっちの人間がいっぱい行ってる。いいことも悪いことも、折り合いをつけてかないとな」
「あの人、嫌い」
「あいつか。ああいうヤツらもいる。目をつむってても、いるもんはいるし活動してるってことだ。けどな、オレはボーナムに、ゴーレムのあいつに部屋を見つけてやれなかった。あいつらは行政だの政治家だのと繋がって補助金も引っ張れるし、亜人を集めて村おこしもやれる。さて、どっちがいいのか」
源大朗、そこまで言うと、ふーっ、と息を長く吐き出した。
黙ってうつむいていたキアが手を伸ばす。その手が、迷いながら源大朗の上着の袖の端をつかんだ。
「ぅん? ……うん。まぁでもおまえ、言い過ぎだぞ」
源大朗の言葉に、キア、首を振って、けれどなにも言わない。その代わり、より強く袖を握った。
「物好きだな。まぁ、好きにしろ。いたいだけ、いればいい。どこにもいかないさ、オレも店も、ラウネアも」
「……ほんと?」
「ウソ言ってどうする。儲からない不動産屋だが、続けてりゃなにかある、かも、な。……ぅん?」
「なに」
「店ってこんな遠かったか。おかしいな」
「……道、間違ってる」
キアの正しい道案内で、それから五分ほどでふたりは夷やにたどり着いた。
「えらい遠回りだったな。しっかし、道から外れたとか、おまえならすぐわかりそうなもんだろ」
源大朗が言っても、キアは答えない。
夷やの店の前にはラウネアが出て待っていた。
「なんだ。外まで、珍しい、な……」
言い終わらないうちにラウネアが近寄り、そのまま身をぶつけるように、源大朗の胸に顔を埋めたのだ。
「ぉい」
「ごめんなさい。いまはこのままで、許してください。お願い……」
言葉とともに、ラウネアのやさしい香りがふわりと立ち上る。
こんなとき、自分からスッといなくなるキアは、今日決して離れない。源大朗の袖だけでなく、上着の裾も強くつかんでいた。
ふたりにぴったりと挟まれた源大朗、笑って、
「どうしたんだおまえたち。そんなにしたってボーナスなんか出ないぞ。ははは! はは、は……」
だが軽口もそこまで。
源大朗もまた、言葉を忘れたようにたたずむ。
キアとラウネアの、ふたりの体温を感じたまま。ふと顔を上げると、べったりと朱を刷いたような夕方の空に、
「ぎゅ」
フェアリーが真っ白く、空を抜いたように漂っていた。
今晩最後の更新です。




