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ラストです。異世界不動産・夷やの運命は
暮れゆく空にも似た、どこかくすんだ黄金の光が、ときおり光をやけに強める。呼吸のように明滅していた。
マレーヤとアスタリの住み込む喫茶店の地下室。
もう時計は深夜の三時を回っている。
源大朗が入り込んですぐに、異変は始まった。部屋全体がぼぅっと鈍い光に包まれ、じょじょにそれは強くなる。
「こいつは……ただのゲートにしちゃあ、ちと妙だが、な。ちっ、あの婆あ、なにを隠してやがるんだ」
近づくだけで身体と意識が分離しそうになる。
あまりいい譬えではないが、超高層ビルのてっぺんから飛び降りようとしているのに、意識はさらに高空へ、宇宙のそのまた上へと昇って行くと確信する、そんな感覚。
わずか八坪ほどの部屋の奥が、はるか遠くに感じる。
進んでもとてもたどり着けない。なのにそのはるか先へと、いまにも吸い込まれてしまいそうだ。
吸い込まれれば、吸い出される。
どこか別の世界、別の宇宙、別の次元へと、危うくも繋がっているのか。
その先は、
「オレの……」
かつて暮らした世界、故郷、家族の待つ土地に。
近ごろ源大朗は夢を見る。
夢の中身は醒めると忘れてしまうのに、心の中には寂寥感と渇望感だけが残って、日に日に大きくなっていく。
この世界ではない、別の、あの世界へと進みたい、戻りたい……! それだけが澱のように堆積して、意識の中がいっぱいになる。
弾けそうに膨らんで、もう限界をとうに超えているのだ。
だから、行くしかない。他に選択肢はない。
たとえこの世界に戻って来れなくとも。二度と、会えないとしても。
「アストリア、クローナ……」
いつのまにか心に住み着いていた名前。
名前だけで、顔も、思い出もない。けれど忘れることはない。これが源大朗の妻と娘の名なのか。
確証はなくとも、確信と衝動だけがあった。
ならば……。
「ぅん? やっぱりおまえか」
部屋の向こう、黄金の空間にぽっかりと浮かぶフェアリー。
「ぎゅぅ」
クロが鳴いた。
少女の形はしていても、それが姿どおりの内実を持っているとは限らない。黒目だけの瞳が濡れ光って源大朗を見つめている。
「ベルゼブブ……、じゃねえのかもしれないが、どうやらこの一帯の地下に巣くってるようだな」
マレーヤが育てていた旅館の、最初にいたらしい地下室。そこからここまで、距離にして一キロほどはある。
「本体を地下に隠しておいて、分身が地上を動いて回る。なるほど、いい仕組みだ。おまけにそんな恰好じゃあな。まんまとだまされたってわけだ。いまごろこの辺りはまるごと、おまえの能力で、気づかないまま次元の歪みに呑み込まれる、か」
そうならないためにも、行かなくてはならない。
源大朗ひとりか、街の何百、何千もの住人の命か。
(オレと引き換えになるか、できるか、わからねえが、やってみる価値はあるかもな。まして……)
あの光のゲートの向こうに、懐かしい世界があるのなら。ほんの一握りでもその確率があるのだったら。
「ぎゅ」
クロの姿のフェアリーが首をかしげる。と、
「源大朗さん、源大朗さん!」
声が届いた。外から、地上から。
「まさか、ラウネアか。意識があるのか」
「おっさん! おーい、生きてる!?」
「すいません、大丈夫ですか!?」
マレーヤ、アスタリの声も。
「なんで……、そうか、ラウネアの根が、みんなを」
地下に根を張るアルラウネのラウネアは、地下からの異変に敏感に気づいた。また、その根を張り伸ばすことでマレーヤたちをも覚醒させたのだ。
だが、
「悪い。行かなきゃならねえ。オレが行かないと」
「源大朗ぉ! 行っちゃダメぇ!!」
その声に、源大朗は振り向いた。
キアの渾身の叫び声だった。ふだん、ささやくようにしか話さない少女の、これまで上げたこともないような大声。
しかし、目の前の光はますます強く、部屋を満たし、源大朗を包む。
光に全身が溶けていく。
視界が白い闇に染まり、自分の手や足さえも見えなくなる。
(遅かったか。いや……!)
光の先に見える。かすかな、風景。人と、景色。それが、
(ああ、そうか。そうだったんだ)
源大朗は不意にわかった。
ラウネア、キア、マレーヤ、アスタリ……、アウストラ、クローナ、そして……。
「そこにいたのか、みんな。最初から、ずっと前から、オレの……!」
ついに光が源大朗を呑み込む。
天使が微笑む。
地下の世界を満たした光は、そこから地上へと爆発するように拡散する。
天までも、光の矢が伸びていく。
(了)
これまでお読みいただきありがとうございました。




