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最終章スタートです。
まぶたを閉じればそこに闇が広がる。
闇の底は、別の世界、別の記憶へと繋がっている。
まぶたを閉じるたび、眠りにつくたびに、底知れない闇の奥底へと引きずり込まれる恐怖が広がる。
もう二度と同じ世界へと戻ることはできないのではないか。
けれどそれは同時に、こことは違う別世界に、もしかしたらあの場所へ、行きつけるのではないかという一縷の期待にも似た感覚。
今日も……。
「……ん、ぉぁ」
暗闇が赤く、あたたかく色づいていく。
闇の天井を貫く亀裂が大きく、広がっていく。まぶたが開いて、その向こうにぼんやりと焦点のまだ定まらない空。
それはどの世界の、
「起きた、の」
声に顔を向ける。そこに、地から生えた高い木のように見下ろす少女がいた。
「キア、か」
「はい、ハンカチ」
柔らかいハンカチを渡され、ようやく源大朗は自分がいままでベンチに仰向けに寝そべっていたことを思い出した。もちろん、木のように高く見えたのは錯覚で、キアはただベンチの端に座っている。
「なんで」
ハンカチを受け取りながら、ようやく身を起こす源大朗。痛みとは違うものの、身体のあちこちがギシギシときしむ。
「泣いてるから」
「誰が泣くかよ。ん……」
否定しながらも、頬を伝うものに気づいて手を当てると、指がかすかに濡れていた。ハンカチを使う。
「寝すぎたか。いま、何時だ」
「……四時、十分」
制服のポケットからスマートフォンを取り出して、キア、時間を告げる。
言われてみるともう太陽は低い。照らされたキアの肌も髪も、赤く染まっていた。ときおり吹く風はまだ中途半端に温かい。
「そろそろ戻るか、店に」
「戻る、じゃなくて、行く、じゃないの。朝、見てない」
キアの言うとおり、源大朗はまだ今日、夷やに出社していない。午前中に管理物件で片付ける用があったせいだが、
「細かいことに気がつくねえ。さすがキアくん」
「細かいことに気がつかなすぎ、源大朗」
冗談を向けると、冗談交じりに返す。女子中学生店員の横顔は、けれどそんな店主をどこまでも許してくれている。
「合格だ」
「なにが。なにかのテストなの」
「オレなんざよりずっとしっかりしてるってことだ。安心して店を任せられる、ってな」
いつもの軽口だった。出来のいいキアへの誉め言葉のひとつでもある。
なのに、
「どこか、行くつもり」
今日はキアの反応が少し異なっている。
源大朗をじっと見つめる。大きなネコの目は陽光を浴びて瞳孔が縦に細く、そのせいで不安を強く見せる。
「どこって、そりゃおまえ、ぁー、ぅん?」
気づくと、キアの手が源大朗の上着の袖をつかんでいる。こんなことは今までになかった。いつもただの、冗談じみた掛け合いに終始していた。なのに、
「行くの、やだ」
上着をつかむキアの手に力がこもる。袖に深いシワが刻まれる。
「んな、行くわけないだろ。……オレは夷やの店主で社長だからな。いつか不動産で天下取って、は、無理か。まぁ、無理としてもだ、困っている亜人の連中がいる限りな、うちを頼ってくるやつらがいるうちは、まだまだ仕事を止めるわけにはいかないんでな」
それだけ言うと源大朗、キアの頭をぽんぽん、となでるように軽く叩く。さっき渡されたハンカチを、キアの鼻に押し付けた。
「ぅっ」
「はな、出てるぞ」
「そういうときは、目、に」
口を尖らせる。
そのキアの目がうるんで、夕方の陽をより大きく映していた。自分で目頭をぬぐうと、キア、ベンチから立ち上がった。続いて源大朗も、
「どら、オレも戻るかな。じゃなかった、行くか」
腰を上げる。
ふたり、並んで歩く。夷やまではゆっくりでも十五分程度の距離だったが、途中、
「悪ぃ、眠気覚ましのドリンク買っていくから、コンビニ寄ってくわ。先、行ってろ」
源大朗が道を曲がろうとすると、キアもついて来る。
「何だ、心配するな。気付けにビールなんざ買わないって。ちゃんと、あー、炭酸のな、じゃないか、そういうのは甘いからな、お茶……、なら、ラウネアが淹れてくれたやつのほうが」
「どこか行っちゃうかもしれない、から」
「まだそんなこと言ってるのか、まあいい」
結局コンビニへは行かないものの、表通りへ出た。歩道を歩いていると、向こうから列をなして車道を歩いて来る集団がある。
夕方にも更新予定です。




