3
火を操る特性を活かした物件とは・・?
「けどこれで」
「ああ、だいたいの条件は見えてきたな。いちばんいいのは火力発電……」
「だからそれはイヤだっつーの! 聞いてなかったのかよ、おっさん!」
ザッラの脚が飛んでくるところを、源大朗、座ったまま軽く身をかわして、
「わかってるよ、残念だがな。郊外の一戸建てもイヤ、と。となると」
「都内の、余裕のある集合住宅ですね。RC造の壁も厚くて部屋も広い、そういうところなら」
「ああ、ひと部屋くらい発熱してたって、さほど影響はないだろ。構造的に、その部屋だけ離れてたりすればいちばんいいんだが」
「最上階の角部屋、そのくらいが必須条件」
熱は上へ向かうから、下の階より上、できればいちばん上の階がいい。壁も鉄芯入りのコンクリートで十センチ以上の厚みなら、熱はさほど通さない。
しかしその条件だと、
「そうら出たぞ。んー、西葛西か、上から読んでも下から読んでも……」
「西葛西、駅徒歩十分、八十四平米、RC造、十三階/十三階、十七万」
源大朗からプリントされたチラシを奪ってキアが読む。かなり広めの1DKだ。築十二年はマンションとしては築浅のほうだろう。が、
「十七万! 高ぁ~~~! んーなの住めるわけないっつの!」
「じゃあこっちだ。東雲駅徒歩十二分、六十二平米、七階/七階、十二万五千円、もちろんRC造の、築八年な」
「だから住めねー、つーの!」
「ザッラさんの物件シート、希望家賃、五万円以内、ですものね……」
「遠くへ行くしかない、って言ってもなぁ、それじゃけっきょくさっきの郊外一戸建てと同じだし」
「東京東部なら、お家賃は多少低めではありますけれど」
「……ない」
行き詰まった。
すっかり蒸発してしまったザッラのお茶をラウネアが紙コップごと取り替えている間、源大朗、腕組みして考えていたが、
「なぁ、なにかやりたいことがあるんだろ」
「やりたいこと?」
「絵を描くとか、それでマンガ家やイラストレーターになりたい、ファッションモデルになりたい、BL作家になりたい、いろいろだな」
「ビーエル? なんだよ、それ」
「そこはいい、の。込み入ってるから、あとで」
キアのフォローはともかく、
「そんなのないよ」
ザッラの答えは意外にも明快だった。
「んぁ? なんかあるだろう、そういう、ぁー、ギャルの雑誌のほら、モデル」
「読モ……、読者モデル、ですね」
「そうそう。だとか、カリスマ店員とか、そうだ、ダンサー、とかな! もっと、タレント、それともユーチューバー」
「別にどれも」
「ないのか。意外だな。そんな感じだと……」
「あ? 派手だから、楽して稼げる仕事したいとか、ちゃらちゃら遊んでちやほやされたいとか、そういうの想像してんだろ」
「そういうんじゃ……、まぁ、そうだな」
あっさり肯定する源大朗だが、
「てめー! ざっけんなよ! ……まぁ、仕方ないか。男とかみんなスケベだからな、援交てのとか、持ち掛けて来るのとかマジいるし」
「まぁ!」
「……」
ラウネアが驚き、キアの表情が曇る。
「おまえまさか」
「してねーよ! するわけねー! てか、いまの話の流れでなんであたしが援交してんだよ! そういうのマジムカだって、そういうとこだろ!」
「だったらいい」
「よくねーよ! そういう変なヤツばっかだから、亜人のコはみんな気を付けないとだし、やっぱ、ひとりで遠くに住むのとか、ちょっと心細いっつーか……」
そこまで言うとザッラ、目を逸らした。言ったことを後悔したようにしかめ面で口を尖らす。
「そうですね、郊外のひとり暮らしは、若い女子にはよくないですね」
ただちに危険とは言えないものの、人がいない、距離が遠い分、何かあったときにはすぐ助けも呼べない。
「田舎には亜人、少ない」
そういった意味の危うさもある。
「けど! あたしはこういうのだから平気だっつーの! ぜんぜんやっつけるし。痴漢とか一発っしょ!」
前言を吹き飛ばすようにザッラ。だが源大朗、
「無理すんなよ。それにな、もしほんとになにかあったら、ここへ言いに来い。ためらうなよ。体裁とかもな、気にすんな。ここならほかの誰にもわからないしな。オレがダメでも、頼りになる医者もいる」
ザッラを説得するようなその顔は、いつもの冗談などどこにも微塵もない。ゆらぎのない真顔に、
「な……、なんだよ、急に……。おっさんがマジで言うなっつの。そんなん、なんとも……、わ、わかったよ! そうする……、そんときゃ、そうする、から」
まだすぐには素直に受け入れられないものの、ザッラも納得したようだ。気づかれないように、源大朗にチラチラと送る視線は、今までとはどこか異なっていた。
「なんてな! まぁ、腕のいい医者がいるってのはほんとうだ。にしても、トラブルはないほうがいい。そのためにも、まず部屋を探さないとな、ちゃんと、だ」
「うん」
「はい、うちは不動産屋ですからね。なによりお客さまの希望をかなえてご満足いただく仕事をしなくては、ですね、源大朗さん」
キア、ラウネアも言っては、うなずく。
振り出しに戻った部屋探し。
「けどさ、やっぱり難しいのかな、あたしの場合って」
ついザッラがこぼす。
「いや、そんなことはないぞ。とはいえちょいと足りないな。情報不足、アイデア不足、んー、信頼不足、か」
「信頼」
「不足、そうですね、そう」
「どういうことだっつの。あたしの部屋探したり決めたりに、信頼とか関係あんのかよ。あたしのことはもう、そこに書いたし、しゃべったよ」
もうこれ以上、なにを話せば、打ち明ければいいのか、という思いがザッラにはあっただろう。
「予算たっぷり、NG項目も特になし、なら物件は確かに選び放題だ。けどそうじゃない。としたら」
「どれだけクライアント、つまり本人を知るか、本人の望んでいる方向がより詳しくわかれば」
「物件のリストアップの範囲が広がりますし、逆に絞り込みもしやすくなりますね」
三人に連係プレーのように言われて、ザッラ、
「な、なんだよ、そうかよ。なら、仕方ないって感じなのかよ。ぁー! もう、いいや! なんでも聞いてくれっての! なんでもしゃべるからさ!」
半ばあきらめたように吐き出す。けれどその表情は、悔しいでも残念でもなく、むしろどこかうれしそうでもある。
「なら、まず……、さっきの続きみたいになるがな、特にやりたいことがあるわけじゃない、てことなら、ぶっちゃけどうしたい?」
「どうって」
「将来の方向性」
「いますぐ、進路というより、夢、みたいなものでもいいと思うんです。直接、部屋探しとは関係ないように見えますけれど」
そこからたぐっていくアプローチは、たしかにある。この世界のもともとの住人ではない亜人なら、なおのことだ。
「どう、って……、あたしは、この見た目だから、派手に見られるけど、その、ふつうにしてたいだけ。ふつうに、生きたい、っていうか」
「なるほど。ふつうに、な」
「ほら、参考にならないだろ。こんなんじゃ」
「いや、大いに〇だ。もっと聞かせてくれ。ふつうって言ってもいろいろだが、もう少し思っていることで言うと」
「思ってることって」
「願い、みたいなもの」
「だから、あたしはふつうがいいんだよ。ふつうに、学校行って、ふつうに友だちとしゃべって、お茶飲んだりケーキ食べたり」
「まぁ、ザッラさんは乙女なんですね。うふっ」
「そんなんじゃねえよ。まぁ、その……、だから、最後は、つーか、将来は、かわいいお嫁さんになりたい、な、って」
そこまで言うと、ザッラ、真っ赤になってうつむいてしまった。手を触れてもいないのに、二杯目の麦茶がもう蒸発している。
夷やの面々も、やや意表を突かれて言葉を失くしていたところ、
「なんだよ! ほら! だからヤなんだよ、あたしが言うとおかしいんだろ、変なんだろ? こんなんだからさ、言いたくなかったんだっつの! ……えっ」
恥ずかしさからか、口調が強くなるザッラ。それが急に止まる。ラウネアとキアがふたりとも、ザッラの手を取り、うなずいていた。
「うん」
「そうですよね! はい、そうですよ! 女の子は誰だって、かわいいお嫁さんになりたいんですもの。そして、ザッラさん、なれます! ぜったいになれますよ、ステキなお嫁さんに! がんばりましょうね、お互い!」
「あ、う、ん……、ぇっと」
むしろラウネアの熱さに、たじたじとなるザッラ。けれどしだいにその顔に笑顔が広がる。ラウネアと、キアにも。
「なんだ、おまえら。てか、熱くないのか、手」
「いい、の」
「そうです、源大朗さんは黙っていてくださいね。わたしたち女の子には、とっても大事なことなんですから」
源大朗としては口を出す余地もない。それだけの女子三人の団結ぶりに、
「けどさ、お嫁さんどころか、相手……、彼氏もいないしさ、あたし。それどころか、友だちもいなくてさ。ほんとなんだってば! そりゃ、そういうふうに見られるし……」
少し口が柔らかくなったザッラ。続けて、
「あたしも、似たような趣味の友だちが欲しくて、こっちの世界へ来たんだけど。ぅん、サラマンドラの国は、もう、超地味で、女はさっさと結婚して子ども産め、ってだけだし、学校にも行けない地域もあってさ。男は六人まで嫁さん持っていいんだぜ!? そんなん、ありえねーって! まぁ、地味な分、平和ではあるんだけどさ」
事情を話す。
確かに、亜人だからと、その特徴を活かしてなにかをしようという者ばかりではない。こちらの世界へ来る動機も、なりたいことや成せること、だけで形作られているわけではないのだ。
ばくぜんとした自由へのあこがれ。元居た世界の閉そく感。
ただ、楽しく幸せになりたい、そんな亜人だって多い。むしろ、多数なのではないか。
「よかったら」
「わたしも、お願いしますね。ザッラさんのお友だちに、加えてください。こう見えて、この世界で発芽してまだ五年ですから、きっと年下、なんですけれど。うふっ」
そう言うキアと、微笑むラウネア。
不動産屋には、友情だってちゃんとある。きっと、ある。
「キア、ラウネア、さん……」
ザッラの目が心なしかうるんで見える。
夷やの店内の空気が、少しだけ温まった気がするのは、ザッラの能力なのかはわからない。
そこへ、
「はっろ~! 毎度、かわいい美少女スピンクスコンビがコーヒー持って来てやったぞぉ~! これで少しは辛気臭い店内、除湿できるかも? あはは~!」
夕方ごろまた更新予定です。




