その1 ナオ、ワイルドエルフの集落に行く
ナオがワイルドエルフの集落に、体験入村する特別編の始まりです。
「ほう、人材交流というわけかね?」
先輩が、いつもむつかしそうにしている顔を、さらにむつかしそうにしました。
ここ最近、とってもいそがしくって、大変みたいです。
私ははやく、朝から晩まで研究だけしていたいのだよ、とか、よくわたしにボヤいてます。
「そうだ。俺とシーアがこちらに来ているだろう。試練の民としても、お前の土地から一人招いて、交流をしたいということだ。これは千年ぶりに、俺たち試練の民が、人間に門戸を開くという意味でもある」
お話を伝えに来たのは、トーガさんでした。
横で、シーアがうんうん、と頷いてます。
「それがどうして今なのだね? わたしは忙しくて仕方がないのだよ。何しろ、準男爵として領地を持つためには、馬鹿げた数の書類仕事と儀礼があってね。早く執政担当を設けて彼にすべてを投げ、私は引退したい」
「お前にはストレスだろうな。なのでこちらからは、深き森の民と交流をし、人材を捻出させることに成功した。お前たち風に言えば、ワイルドエルフだな。その中でも土地の管理に長けた者をこの場所に派遣できるぞ」
「なんと!? 試練の民の集落よりも、より深いところにある集落から!?」
「ああ。しかも、向こうもお前に興味を持っている。多少の質問になら答えるそうだ」
「それはありがたい!! ワイルドエルフの厚情に感謝せねばなるまいな!」
先輩、すっかり上機嫌になり、口元が緩んでいます。
新しい知識を得られる機会なんですね。
良かったですね、先輩!
わたしが彼を見てニコニコしていると、シーアが肩を叩いてきました。
「シーア、どうしたの」
「ニコニコしてる場合じゃないよナオ。交流で試練の民の集落に来るの、ナオなんだから」
「えっ」
先輩を見たら、彼は深く頷きました。
「仕事で動けない私のために、試練の民の暮らしぶりや文化、様々な情報を集めて帰ってきて欲しい。期待しているぞ、ナオ!」
先輩は近寄ってきて、わたしの手をぎゅっと握りました。
すっごく目が真剣です!
わたし、使命感からお腹の中がかっかと熱くなってきました。
「任せて下さい先輩! ナオ・トゥエンティ、ワイルドエルフの集落の調査をしてきます! すっごい情報を持ち帰りますよ!」
「頼むぞ……!!」
「頼まれました!!」
「ほんと仲良しよね、二人とも」
シーアがくすくす笑うのでした。
そして翌日です。
わたしはシーアと一緒に、試練の民の集落に旅立ちました。
と言っても、もう二回くらい来たことあるんですよね。
滞在時間は短かったですけど。
エルフの通り道を二人でくぐります。
いつ来ても、ここは神秘的な風景が広がっていますねえ。
ちょっとしゃがんで、きらきら光る葉っぱを拾ったりしちゃいます。
「ナオは何回も通っているのに、飽きないねえ」
「だって、葉っぱの一枚にも魔力が通ってるもの。こんな光景、通り道の外じゃ絶対見れないでしょ」
「そういうものかな? 私はいつも使ってるから、あんまり意識したことないなあ」
シーアと二人だと、急かされたりしないから快適です。
トーガさんはせっかちなので、先輩とわたしが通り道について調べ始めると、イライラしたりするんですよね。
最近は諦めた感じですけど。
シーアが腰を下ろしました。
わたしが満足するまで、通り道を調べさせてくれるみたいです。
葉っぱを拾ってみたり、枝を探してみたり。
道を構成する木々に触れてみたり、魔力の流れを辿ってみたり。
「凄いですねえ」
むふーっとわたしは鼻息を荒くしました。
調べれば調べるほど、この道は凄いです!
ばらばらに見える葉っぱも枝も木々も、全部魔力で繋がってます。
ワイルドエルフの人たち風に言うと、精霊力でしょうか。
それが糸みたいに広がってて、エルフの通り道を形作る全てのものに宿っているんです。
わたしが手にした葉っぱからは、魔力の糸が下に向かって伸びています。
葉っぱを揺らしたら、他の枝葉がゆらゆらと動きました。
「ふむふむ!」
「ナオ、楽しそうねえ。何か分かった?」
「この通り道にあるものが、ぜーんぶひと繋がりになってるっていうことが分かりました! えっと、だから、この葉っぱをこうして引っ張ると……」
遠くの方で、大きな木の枝がゆらゆら揺れます。
「うわっ、葉っぱを動かしたら木の枝も動いた!」
シーアがびっくりしました。
「私、子供の頃からずーっとこの通り道使ってるけど、そんな仕組みになってるなんて知らなかった!」
「魔力……じゃない、精霊力の糸が繋がってるでしょ。これを辿ったら、あっちにも繋がってるって分かったりしないです?」
「そんなこと考えたことも無かったよ。そういうもんだーって、分かった気になってたなあ」
あ、これは、先輩や師匠が言う、固定観念っていうやつですね。
当たり前にあるものが、どうしてそういう風になってるのか、考えたり疑ったりしない状態のことらしいです。
そういう当たり前を、なんでだ、どうしてだーって疑問を感じて調べるのが賢者なんです。
「ほえー、ナオは凄いんだねえ。私の三十分の一も生きてないのに」
「わたしもうすぐ四歳になるから、二十五分の一くらいになるかも?」
「へえ、お誕生日が近いの!? お祝いしなくちゃね! 人間って、一年ごとに誕生日をお祝いするんでしょ? 私たちはねー、あなたたちで言う、十年ごとにお祝いするの」
へー!
ワイルドエルフは、時間の感覚がとっても長いんですね。
これは新事実です。
メモしておきましょう。
私はリュックを下ろすと、入れておいた羊皮紙の束に、カリカリとメモをしました。
この紙束が全部メモで埋まったら、開拓地に帰る予定なんです。
そしたら、貴重な資料の束ができあがるわけで、きっと先輩は大喜びでしょう!
むふふ、期待していて下さい、先輩!
「どれどれ、私もやってみようかな。えっと、この葉っぱを動かしたら……」
「あっ、シーア、それは……」
シーアが葉っぱを何枚か拾って、ぐいっと引っ張りました。
それは魔力の糸が天井まで伸びてて……。
引っ張られた勢いで、繋がっていた光る葉っぱが、上からたくさん落ちてきました。
葉っぱの雨に打たれる感じになったわたしたち。
「きゃーっ」
「それは上に繋がってるって言おうとしたんですよー!」
すっかり、葉っぱまみれになってしまいました。
お互い、髪の毛や服に葉っぱがたくさん絡んでます。
「むふっ」
「ふふふっ」
「あはははは!」
なんだかおかしくなって来て、わたしたちは顔を見合わせて大笑い。
「な、何を笑ってるのあなたたち」
そしたら横から声がかけられました。
そこには、ワイルドエルフの女の人が立っています。
あれ?
なんだか見たことがない服を着た人です。
毛皮の服を着たシーアたちとは違って、もっと細かい糸で織られた服を纏ったワイルドエルフ。
彼女こそ、スピーシ大森林の奥地に済む、深き森の民の人だったのです。




