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81話 ビブリオス准男爵領

 我々は開拓地へ帰還した。

 いよいよ、開拓の本番である。


「ワイルドエルフの問題を解決し、協力を取り付けた」


「どうした藪から棒に」


 トーガがいぶかしげな顔をするが、すぐに鼻息を吹いて、


「まあ、いつものことか。お前は何事も唐突に見えるようにやらかすからな」


「ああ、その通りだ。理解してもらえて嬉しいよ。ちょっと、これまでのことをまとめていてね」


 私は人差し指を立てる。


「次に、ダークドワーフの救援を行い、地下世界に起こっていた問題を解決した。ここで、ダークドワーフとリザードマンの協力を取り付け、地下に存在する未知の資源を利用することができるようになった」


 中指を立てて数える。


「最後に、報告を終えた。準男爵となり、来年より納税の義務が発生する。だが、開拓地全ては私の管理下となり、これを自由に運営できるようになった」


 薬指を立てて、数えて、これで全部。

 やらねばならぬこと、思わぬ仕事、そして面倒事の三つを片付けた。

 度々私に手出しをしてきていた、遺失魔法の継承者ガーシュインはこちらで引き取った。

 今後、理不尽とも思えるような厄介な事件など早々には起きるまい。


「ジーン」


 早速、ガーシュインがこっちにやってくる。

 ボサボサの赤毛を掻きむしりながら、落ち着かなげにあちこちを見回している。


「狭いところを用意してくれ。落ち着かん」


「ああ、であれば以前厩舎として作った建物がある。勝手に改装して研究室にしてくれて構わない。ただ、私も君の保護者として、研究成果などがあればそれを見させてもらうことになる」


「研究などというものではない。我輩がやっているのは、劣化し、失われた古代魔法を蘇らせる作業だ。以前は我輩が一人でやっていたから、気付かぬ点が多く、不具合が多発していたのだろう」


 ガーシュインは道すがら、彼が起こした事件の話を私から聞いていた。

 性能の劣化を起こしていた戦神。

 対策を立てられたことで脅威ではなくなったシャドウストーカー。

 地底世界に召喚されてしまった、巨大な根。

 そして、スピーシ大森林に現れたマルコシアス。


「マルコシアスは我輩と契約するはずだったのに、まさか貴様と契約していたとは……。普通、召喚者と契約を結ぶのではないのか? 古文書には貴様のような例外は書かれていなかった。それに、根とはなんだ。マルコシアス召喚に失敗した時、再度儀式を行なったが、これは不発だったのだ」


「既に召喚されているマルコシアスを、再召喚するような儀式を行なったために不具合が生じた可能性があるな。これは近々検証してみよう。私は遺失魔法……いや、古代魔法か? それは専門外だが、なんならば賢者の塔から専門家を招いてもいい」


「なにっ!? そんなことまでしてくれるのか!? ……我輩は、色々不明な点をマルコシアスに質問しようとして召喚をするつもりだったのだ。伯爵夫人はまた別の意図があったようだがな」


「ほう……。もしや君の雇い主は、クレイグではなく?」


「我輩が呼ばれた時、伯爵はまだ十歳そこらの子供よ。我輩を呼び、雇用したのは伯爵夫人カーリー。やたらと雑事を言いつけてくる女でな。お陰で、伯爵家の権勢とやらを伸ばすため、幾度古代魔法を行使することになったことか」


 賢者の塔にいても伝わってきた、バウスフィールド伯爵家の繁栄は、この魔術師の力によるものも大きかったようだ。

 そして話をまとめると、彼は古代魔法を継承してより、長年研究を続けてきた。

 だが、一人の力ではそろそろ限界を感じ始めていたようだ。

 その打開策として、マルコシアスを召喚することにしたと。


「おっ、兄貴、ガーシュインの旦那と何してんの」


 我々の様子をアマーリアが覗きにやってきた。

 この様子に、トーガが顔をしかめる。


「ジーン、どんどん怪しい輩が増えていくな……! お前が来るまでは、我らの森はもっと静かな場所だったのだがな。それから、この男の詳しい素性は他の試練の民には話すな。俺やシーアだから見逃しているのだ。他の年寄り連中は報復に走るかも知れんぞ」


「心得た。君が理解してくれて助かるよ、トーガ」


「不本意にも、お前との付き合いが長くなってきたからな」


 不機嫌な顔をしつつも、彼はこの場を離れない。

 トーガは、ビブリオス准男爵領における、外部相談役になっているのだ。

 ワイルドエルフと我々を繋ぐ役割を果たしており、さらには、スピーシ大森林の案内人でもある。

 いつかはまた森林に踏み込む必要も出てくるであろう。

 その時、トーガが果たす役割は大きい。


 私とトーガが話している横で、アマーリアとガーシュインも何やら話し込んでいたようだ。


「ってことでさ、旦那もここで従っといた方が絶対得だって。ここ、人間よりも亜人の方が多いだろ? 旦那みたいな変人でも暮らしやすいから」


「うむ。貴様が裏切ったわけがよく分かった。我輩も既に、伯爵夫人から見れば裏切り者であろうしな。刺客を警戒しながら、あるいは古代魔法を奪おうとする者や、無理解な者の暴力に怯えながら人間の街で生きるよりはよほどいい」


「そうそう。あたしも正体がバレた時は、どうなることかと思ったけどさ、この人、サラッとあたしを受け入れてるの」


「さもありなん。この男は変わり者だ」


「ジーン、あの魔術師にまで変わり者と言われているぞ。いいのか? いいんだろうな」


「どうして自己解決したんだトーガ」


 結局、ガーシュインは旧畜舎を専用の宿舎として使用してもらうことになった。

 アマーリアは彼の助手とする。

 我々よりも、ガーシュインとの付き合いが長いらしいからだ。


 その他、地底世界とこちらの間に、日に一度通り道を開けることになった。

 ダークドワーフやリザードマンとの貿易が始まる。

 地底世界の貴重な資源を受け取り、地上世界への留学を希望する彼らを迎え入れる。

 地上では畑作も軌道に乗り始め、エルフ麦を地下世界へと輸出する。


 王都からは、ガーシュイン監視の名目で騎士がやってきている。

 常駐しているのは、あのうなぎに似た騎士イールスだが……。


「えっ、これが地底世界の食べ物!? 苔を加工したのですか、へえー! んっ、なかなかいけますな!」


「がっはっは、人間のくせになかなか見どころがあるのう!」


「おう、うなぎの騎士、地底の同胞よ! これがビブリオス領謹製の蒸留酒だぞ」


「ほほー! 芋の酒ですな!」


「話がわかるのう、地上の同胞!」


 騎士イールス、ダークドワーフのオブ、元冒険者でドワーフのボルボ、という良く分からない組み合わせでいつもつるんでいる。

 開拓地を監視している様子もなく、気ままに畑仕事をしたり、酒の仕込みを手伝ったり、地底世界に遊びに行ったりしているようだ。

 うなぎのように見えるが、心根はドワーフなのかも知れない。


「ジーン、これからどうするんだ?」


 領地を見回っていた私に、トーガが問う。


「そうだな。まずは、領地の管理運営をする人材を育てる。私が見た所、人格、種族の面から見てそれにピッタリなのはハーフエルフのカレラだろう。マスタングとボルボを補佐につける。人間側の代表と、亜人の代表ということでな。カレラならば、君たちワイルドエルフも抵抗感は少なかろう?」


「ああ。人間やドワーフと交渉するよりはよほどましだな。……で、管理運営を他人に任せて、お前は何をする気だ、ジーン?」


「研究に決まっているじゃないか」


「……やっぱりな」


 執務や雑事などに時間を割く暇は無いのだ。

 眼の前に広がるのは、広大なるスピーシ大森林。

 開拓地で発生した諸々の事柄に忙殺され、私はこの森林を少ししか調査できていない。

 眼の前に最高のごちそうがあるというのに、ずっとお預けされている状態なのだ。

 そろそろ我慢の限界である。


 かくして、調査のための準備を整えるべく、准男爵の屋敷となった大型ログハウスにやってきた。

 ふと、見慣れぬものが屋根の上にあることに気づく。

 あれは……紋章が織り込まれた旗である。


「あっ、せんぱーい!」


 屋根の上に、見覚えのあるピンクの髪が揺れた。

 ナオだ。

 彼女が手を振っている。

 危ない。


「ナオ、落ち着いてその場にいるのだ。君が高いところにいるのは大変危ない」


「先輩、見てください! 旗ができました! シーアと、サニーさんとビートルさんと、オーガさんのところのポルトナさんが手伝ってくれてー」


「そうか。それは素晴らしい。ところでそこを動いてはいけないぞ。今迎えに行くからな」


「え? なんですか? 風が強くてよく聞こえないんですけどー」


「危ない危ない」


 私が慌てて軒下まで駆け寄ったところで、ナオがポロッと屋根から落っこちた。


「うわー」


「うわー!」


 なんとか、彼女をキャッチする私だ。

 危ないところだった……!


「うひー、落っこちちゃいました! ありがとうございます、先輩! 先輩が来るまでは屋根に上るなってみんなに言われてたんですけど……」


 みんな、ナオという人物がどれだけうっかり者なのかよく理解している。


「早く先輩に見せたくて、びっくりさせたくてですね!」


「ほう」


 なるほど。

 私はナオを抱きかかえたまま、屋敷から距離を取り、屋根の上を見上げた。

 翻る、ビブリオス准男爵領の旗。

 手書きらしく、あちこちアンバランスだったり、色がちょっと違っていたりするが……。

 なかなかどうして、壮観なものだ。


「どうです? どうです?」


 ナオがむふーっと鼻息を荒くした。


「いいものだ。ありがとう、ナオ」


「えっへん、どういたしましてですよ!」


 これから、我が開拓地の歴史が始まっていくのだ。

 開拓は命ぜられて始めた仕事だったが、こうして一つの区切りを形にして見せられると、感慨深いものだ。


「……よし、やるぞ」


「何をやるんですか?」


「うむ。まずは開拓地の管理業務を丸ごとカレラたちに任せてだな。我々は再び調査に……」


「いいですね!」


 私の手から降りたナオ。

 彼女はずり落ちかけている眼鏡をしっかり直した後、


「ビブリオス准男爵家、一の家臣ナオ・トゥエンティ。先輩の調査業務に同行します!」


 そう言って笑顔を見せたのだった。

これにて、第三部終了となります。


一週間ほどの間をあけて、外伝という形で書籍化記念SSを何本かアップしていきます。

ジーン以外の視点で描かれるお話になります。

基本的には、ナオ中心です。



また感想やブクマ、評価などもありがとうございます。とても励みになっています。


最新話最下部に、評価フォームがございます。

ジーンの物語が、面白い、続きを読みたいと思っていただけたなら、こちらから評価ポイントを送信していただけますと執筆の大いなる原動力となります。

お気が向きましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

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