80話 紋章出来!
帰りの我が馬車は、大変ものものしい様子になった。
まず、馬車の数が二つに増えた。
国王陛下は、
「准男爵たるもの、いつまで荷馬車に乗っているのだ。余が用意した馬車に乗っていけ」
というのだが、これはナオの強烈な抗議を受けてお断りすることになった。
我が准男爵領の馬筆頭は、荷馬のゴンドワナなのである。
国王の話を断ったので、これは大変物議を醸し出した。
だが、大臣カツオーンが疲れた顔で、
「ビブリオス准男爵がそう言うならそうしておけ。こやつに無理強いすると、爵位すら放り出して開拓地に籠もりそうだ。そうなれば王国にとって最大の脅威となるぞ」
このように弁護してくれたため、私は実に平和的に、陛下の提案を断ることができたのである。
その代り、王国から馬車がついた。
王都に行く度、馬が増えるな。
という訳で、前を走る立派な馬車には、御者としてアマーリア。
そしてオブとクロクロ、ガーシュインが乗っている。
後ろを走る我が荷馬車には、準男爵たる私と、家臣のナオ。ワイルドエルフ兄妹の、トーガとシーア。
マルコシアスは、ゴンドワナ、ユーラメリカの二頭と並び、機嫌よく荷馬車を引っ張っている。
この二台を囲むように、護衛の騎士たちがついてくるのである。
王都を出るまではこのままらしい。
「仕方ないですよね。ガーシュインさんいますし、よく考えたらマルコシアスいますもんね」
「ああ。人とは一度抱いた先入観からはなかなか逃れられないものさ。彼らの本質を見れば、同じ過ちは繰り返さないだろうと分かるものだが」
「ジーン、それはお前だけだ。俺たち試練の民であっても、悪を成した者をすぐに許すことはできん」
「ジーンは変わってるもんね」
「なんと人聞きの悪い」
「でも、そこら辺は先輩のいいところだとわたしは思いますよ! だからうちって、種族の壁を超えて色んな人が集まってるじゃないですか」
ナオが屈託なく言うのを聞くと、そうかなという気持ちになってくる。
トーガは少し考えたあと、
「分かったぞ。お前たち二人が一緒だから強烈なんだ。ジーンでインパクトを与えて相手を揺さぶり、そこにナオが優しく声を掛けるからみんなころりと騙される」
「騙してなどいないのだが……」
首をかしげる私に、他の三人は思わず笑いだすのであった。
王都を出たところで、護衛の騎士たちと別れる。
彼らの、あからさまにホッとした表情が印象的だった。
君たちも辺境まではついてきたくはあるまい。
「露骨に厄介払いできたという顔をしているな」
トーガが何か言っていたがよく分からなかった。
何が厄介なのだ?
そして、私たちは旅を続ける。
途中、恒例のバウスフィールド伯爵による襲撃があったものの、こちらの戦力は前回の二倍以上ある。
トーガ、シーア、クロクロ、ガーシュインがさっさと襲撃者を片付けてしまった。
襲撃の危険度があまりに低いので、私など、戦闘の最中に手乗り図書館で今までの資料を整理してしまったほどだ。
「先輩先輩」
「なにかな?」
「手乗り図書館って、先輩にしか操作できないんですよね? わたしにも触れないのかな?」
「私が許可した者は、この資料に触れることができるんだ。やってみるかね?」
「はい! えっと……。わっ、指で触ったら動いた! なんにも無いみたいな感じなのに……」
外でどたばたと、戦う物音がする。
だが、我々は落ち着いたものだ。
もともと、私もナオも戦うことが得意ではない。
そのため、戦いが始まると手持ち無沙汰になる。
特に、相手が未知の何かではなく、ごく一般的な人間であった場合などである。
私はこの時間を利用して、自習に励むことにしたのだ。
今回はちょっと趣向が変わり、ナオへの手乗り図書館講座となっている。
「わわっ、横にずらしたらどんどん出てきます! すごい量の情報なんですけど!」
「うむ。無作為に触っていると、どんどん出てくるな。これだけで賢者の塔の図書館に匹敵するほどの蔵書があるかも知れん。任意の資料を呼び出す時は、検索対象を口にだすのだ」
「検索対象……。そっか、それが何なのか名前だけでも知らないと、手乗り図書館を扱えないんですね」
「そう言うことだ。これはマルコシアスも同じだな。彼はより直接的な答えを言ってくれるが、それゆえに、知りたい情報を検索するためのキーワードが必要になる。手乗り図書館よりも遥かにピーキーであると言えよう」
「難しいんですねえ」
「難しいのだよ」
ふんふんと頷くナオが、手乗り図書館の操作をある程度覚えた頃合いで、襲撃は片付いたようだ。
気がつくと、シーアとアマーリアがニヤニヤしながら私とナオのやり取りを見つめていた。
何を笑っているのか。
旅は順調すぎるほど順調である。
今までで最速の旅程で、ロネス男爵領へ到着した。
王都から先に帰っていた男爵は、我々を準備万端で出迎える。
「やあやあ、ビブリオス准男爵! やったな、ついにやったな貴君!」
男爵は笑いながら、私の背中をばんばんと叩いた。
「やりましたね。ガーシュインを身請けできたのは、大変な幸運でしたよ」
「そっちかあ。貴君、一代貴族ではなく、正式に家を持つことが許されたというのに感動が薄いなあ」
「私は爵位にさほど興味はありませんからな」
むしろ、陛下から辺境賢者の称号を賜われた時の方が嬉しかったくらいだ。
「ま、雑談はこのくらいでいい。貴君、いよいよだぞ」
「何がですかな」
私と男爵は、小さなテーブルを挟んで向かい合うよう腰掛けた。
「出来たのだよ、貴君に依頼されていた紋章がな」
「ほう!」
「紋章!」
私の隣に座っていたナオが身を乗り出す。
ロネス男爵のメイドが持ってきたのは、上質な紙に描かれた意匠だった。
その形は、私の手乗り図書館を象っている。
右上に開かれた書物。溢れ出す知識をイメージしてか、文字が幾つも飛び出している。
左上に翼を持つ狼。マルコシアスだ。
右下に連なる木々。スピーシ大森林を表し、左下に描かれた模様付きの青は、リターン川。
これら四つの絵図を区切る、四色の線がある。
上に黒。右に赤。左に緑。
そして下に白。
「わたしの色だ!」
「そうだ。素晴らしい仕上がりだ……! これが、ビブリオス家の紋章か……!」
「本来、おれや貴君のような下級貴族はシンプルな紋章になる場合も多いがな。貴君の場合は特別だ。ビブリオス准男爵領には、ドラマが多すぎる! これを放っておいては勿体無いではないか!」
それ故に、私と男爵は、紋章にそれらを余すこと無く盛り込んだのである。
どれ一つ欠けても、我が准男爵領は立ち行かなかっただろう。
「忙しくなるぞ。貴君、今までログハウスで暮らしていただろう。それではいかん。きちんとした屋敷を作らねばな。おれの部下に建築家がいるが……」
「ああ、こちらも非常に優秀な建築家がおりますから」
ナオの肩を叩くと、彼女はむふーっと鼻息を荒くした。
「がんばりますよ! 師匠も来るから、手伝わせちゃいます!」
「そうか、ナオ殿が建築を……。ほお……! それではおれができるのは、紋章の型をそちらに送るくらいだな。ついに准男爵も独り立ちか。寂しくなるなあ」
しみじみとロネス男爵が呟いた。
「何、我が領地へ、男爵も遊びに来られればよろしい。いつでも歓迎しますぞ」
「そうか! ではすぐにでも……」
嬉しそうに身を乗り出す男爵。
そしてその背後で、咳払いをするメイドなのであった。




