34話 エルフの長の話
ワイルドエルフと人間の確執の話には、神が関わっている。
この話を聞いてから、私はぜひとも、その時代に詳しいエルフに直接聞いてみたいと思っていた。
そのチャンスがいよいよやってきた。
「長が会うそうだ。他ならぬ、お前の頼みなら話してやってもいいとさ」
伝えてきたのはトーガだった。
そろそろ、開拓地の外を穴だらけにするのにも飽きてきた頃である。
「迅速に許可をもらってきてくれたようだ。ありがたい」
「こうでもしなければ、森の前を全て掘り返してしまうだろうが。戻ってきた連中がひっくり返るじゃないか」
「ほう! 君が人間の心配をするとは珍しい。大丈夫、安心したまえ。馬車が通る道は獣道のようになっていて、そこには穴を掘っていない」
「別に人間のことを言ったんじゃない! 馬だ! 俺はゴンドワナが心配だっただけだ!」
「そういうことにしておこう……」
「お前ーっ」
トーガともすっかり仲良くなってしまったな。
彼はぶつぶつ言いながらも、森にエルフの通り道を作り出す。
これを使って、ワイルドエルフの里まで案内してくれるのだ。
すると、私の後ろをちょんちょんと突くものがいる。
「おや」
「先輩、誰かお忘れでは!」
ナオ……がまたがったマルコシアスである。
一人かと思ったら、一人と一匹だった。
トーガの顔が一瞬引きつる。
「お前……まさか、里に魔狼を連れていくつもりか」
「彼は大人しい。対応が正しければ、通常の家畜よりも安全な存在だ。安心したまえ」
「我々の心情というものが……。まあいい」
トーガは私の説得を諦めたようだった。
私とて、説得されるつもりはない。
マルコシアスはとても安全な悪魔だし、今回長から聞き出す神の話は、魔狼に直接関わってくる者である可能性もあるからだ。
つまり当事者である。
我々は久方ぶりに、エルフの通り道に踏み込んだ。
周囲の光景が、鮮やかな緑の色彩に染まる。
エメラルドグリーンの葉が上下左右を包み込み、その隙間からは優しく木漏れ日が差し込んできている。
これを使えば、ワイルドエルフの里までの長い距離を、僅かな時間で移動できるのだ。
今回もまた、エルフの通り道に関して、ナオと一緒に批評しながら通過する。
いつ見ても、新しい発見がある魔法だ。
これは複合的に精霊魔法を使っているのではないだろうか。
そして、目的地に到着。
「帰りにまた通るまで、今回発見したことを色々考えておくといい」
「はい! 必ずやエルフの通り道の謎を解き明かしましょう!」
「やめてくれ」
盛り上がる我々に、トーガが少しおざなりな抗議をした。
さて、エルフの里は以前と変わりはない。
我が開拓地に何人かが派遣されているため、人影がやや減ったくらいか。
「長の家の周囲だからな。子供の姿などはない。別に数が減ってはいないぞ」
「そうか、ピンポイントで目的地にやってこられるというわけだったのか。繊細な操作ができる魔法だ」
この場には幾人かのワイルドエルフがいるが、彼らは皆、マルコシアスを見て目を見開き、後退る。
そこへ、ナオが魔狼の首周りをわしわしと撫で回し、安全だとアピールするのである。
ナオにされるがままのマルコシアス。
基本、この悪魔は大らかである。
やがて長の家に到着し、我々は蔦を使って、扉である木のうろまで登った。
今回は、ナオがマルコシアスを使って楽をしている。
具体的には、襟元を魔狼に咥えられているのだ。
親犬に運ばれる子犬のようだ。
本人は喜んでいるようだからいいか。
いきなり部屋に魔狼が飛び込んできたので、屋内にいた長と、お付きのエルフたちは腰を抜かしかけたようである。
危うく、エルフと悪魔が衝突か、と思われたところで、私がやってきて事なきを得た。
「諸君、魔狼は私が契約している。安心してほしい。彼は理性的であり、不必要な暴力を振るうことはない」
マルコシアスが、こくこくと頷く。
「そ、そうか……。本当に魔狼を手懐けてしまったのだな。驚くべき男だ」
気を取り直したワイルドエルフの長。
しかし、少しだけ我々から距離を取って腰を下ろした。
ワイルドエルフたち、誰もが私を、魔狼を手懐けた男と呼ぶ。
「名を呼ぶことは、我々試練の民にとって一般的ではない。故に、その者が果たした功績に関係する称号を呼ぶんだ」
とは、トーガの談だ。
この辺りに人間との文化の違いが出ていて、面白い。
「魔狼を手懐けた者よ。おぬしは、人が呼び出した神の話を聞きたいのであったな」
「その通りだ。長が詳しいと聞き、トーガに無理を言ってこの機会を設けてもらった。色々教えてもらえるとありがたい」
「伝承や歴史を知ることは良いこと。言い伝えられた過去には、常に偉大な教訓が含まれている故な。では、語るとしよう」
私とナオは並んで座り、長の語りを楽しみに待っている。
そんな我々に、エルフのお茶らしきものが出された。
「花の香りがしますねこれ!」
「うむ。花のお茶か。ほどよい苦味があり、口の中がすっきりとするな」
出されたお茶請けは、木の実を干したものである。
これも甘みが凝縮されていて美味い。
ぽりぽり、ごくごくとやっていると、長の語りが始まった。
「かつて、試練の民と人は友であった。試練の民は人に知恵を授け、人は試練の民に実りを捧げた。森と人の里は近くにあり、幸福な関係を築いていた。だが、人は祖霊を信じず、神という存在を信じていた。これは我らには分からぬものであった」
いきなり、ワイルドエルフと人間、相互理解できない雰囲気が漂っている。
「人は、我らに神を信じることを勧めてきた。だが、我らは拒んだ。それをする必要が無いからだ。人は、我らに神の素晴らしさを教えようとした。彼らは森の中の岩山をくり抜き、岩窟を作った。これを寺院と呼んだ」
岩窟……?
おや?
いや、まさかな。
「我らは、人を信じていた。故、この行為を咎めはしなかった。人は我らの信頼に乗じ、寺院にて大きな魔法を使った。それは、この世ならざるものを呼び出す、禁断の魔法であった。森の精霊は寺院に集まり、渦を成し、やがてこの世ならざるものを受肉させた。これが、人の呼ぶ神であった」
「生まれちゃった」
ナオが呟く。
「神は、人の言うことを聞かなかった。試練の民へと敵意を向け、襲いかかったのだ。我らは精霊魔法でこれを森の外へと追い払った。多くの試練の民が死んだ。戦いに巻き込まれ、多くの人が死んだ。神は森から追い払われ、その力を減じていった」
急展開である。
呼び出された神とやらは、エルフを敵視していたのか。
「だが、この神を、人は崇めた。人は神に精霊力を注いだ。再び神は強くなった。ここに来て、我ら試練の民と人は決定的に断絶した。我らの中の偉大な精霊使いが、命を賭して強大な妖精を呼び出した。妖精は神と戦った。戦いは十日の間続き……やがて、神は打ち倒された。そして人の世界は滅びた」
「勝ってしまったのか! その強大な妖精は、凄まじい存在だな」
新たな知識の予感である。
私の胸がときめく。
「妖精もまた消えた。精霊使いがその生命を燃やし尽くしたがために。人は滅び、我らは消えぬ傷を負った。我らは決めた。人と関わることは、滅びを呼ぶこと。故に、人とは交わらぬと。それより、森に入った人間は殺す定めが生まれた。そして今も、森に人間を入れてはならぬのだ」
ここで、長の話は終わった。
簡略で、だが興味深い情報に満ちた話である。
「長よ。この話の詳しい事情を知りたいのだが」
「わしはこの話をこれだけしか知らぬ。より知りたいことがあれば、おぬしが自らの耳で、目で、足で調べるが良い。それが、賢者とやら言うおぬしの本分であろう?」
「確かにその通りだ」
納得である。
私は開拓事業と並んで、ワイルドエルフの伝承を調査することに決めたのだった。




