33話 見送りと魔術師
マスタングとボルボが、ロネス男爵領へ行く朝となった。
たくさんの資材を運んでこねばならないので、ゴンドワナとローラシアも同行するのである。
「連続での仕事、お疲れ様だな。せめて美味い草を積んでおいてやろう」
私が語りながらたてがみを撫でると、ローラシアが目を細めながら首を寄せてくる。
それを羨ましそうに見つめるゴンドワナ。
ローラシアは、この牡馬を露骨には嫌わなくなったものの、愛想を見せることはない。
ナオよりも私に懐いており、言うことをよく聞く。
「ゴンドワナも頑張ってくださいねー」
ナオが彼の馬面をさらさらとさすると、機嫌も戻ったようだ。
「じゃあ、馬を借りるぜ!」
「最高の酵母を買ってくるからなあ! 楽しみにしとれよ!」
「農具と酵母。私はこれには疎くてね。君たちの目を信じることにする。頼むぞ」
「頼まれた」
男たちは笑いながら、私と握手をした。
そして、マスタングとボルボは旅立つ。
ロネス男爵領までは、片道一日ほどだ。
すぐに戻ってくることだろう。
「さあ、その間はわたしたちが頑張りましょう!」
ナオが掛け声を上げると、サニーがそれに賛同した。
カレラは嫌そうな顔をするが、ナオに従うつもりのようである。
「彼女たちの信頼を得たのかね?」
「同じ女の子ですし、一緒に判子も作りましたからね!」
「彼女たちのことは、ナオに一任してもいいかな?」
「ええ、もちろん! 任せてください!」
こうして、女子たちは厩舎へと向かっていった。
乗用馬の世話を行うのだろう。
三頭は、我が開拓地にとって重要な足だ。
乗りこなせる者が増えるに越したことはない。
「それで、私は何をすれば?」
おっと、一人残っていたか。
魔術師のビートルだ。
この一ヶ月間以上に及ぶ畑仕事で、体格も良くなった彼。
腕組みして私の指示を待っているようだ。
「では、君のゴーレムと私の魔法で、もう少しばかり地面を掘り返すとしよう。畑にするばかりではなく、人が増えれば家を建てたりもするだろう?」
「了解です。ゴーレム、汝に命を与える」
ビートルが周囲から、ゴーレムを呼び出す。
これは、土に魔法文字を刻み込んで作る、マッドゴーレムだ。
作りそのものは、ナオのものと比べると拙い。
ナオが特別上手いだけかもしれないが。
「では、私もやろう。ノーム、呼びかけに応えよ。この土地を掘り返せ」
私が手足を動かしながら詠唱すると、足元の土が盛り上がる。
いったん大きく隆起して、陥没した。
そこに、拳大ほどの穴が空く。
「な、なんですかそれは!?」
ビートルが目を見開いた。
「見たことも聞いたこともない魔法だ。土を操る魔法? いや、それにしては効果が直接的過ぎる。まるで土を掘り返す専用の魔法ではありませんか」
「少々事情があるのだよ。詳しいことは説明できない」
「……もしや、ワイルドエルフ案件ですか?」
「その通り。人間である君がこれを真似することはできるが、万一行使した場合、君の命の保証はできない」
「こわぁ」
ビートルが震え上がった。
私が行使したのは、シーア直伝の精霊魔法である。
これは、ワイルドエルフが絶対の秘密としているものであるから、人間が行使することは彼らに対する侮辱となるわけである。
「故に、私は君にこの魔法の原理を教えることはないし、コツも伝えない。空気のようなものだと思って流してくれたまえ」
「分かりました。では作業と行きましょうか」
「ああ。どんどん行くぞ」
賢者たるもの、頭をつかうのは本分である。
だが、時には体も使ってやらねば錆びついてしまうだろう。
それに、体を動かした後の方が頭もよく働いたりするのである。
フィールドワークがそれを物語っているな。
私が精霊魔法で、地面のあちこちに穴を穿つ。
ここを、マッドゴーレムが掘り返していくのである。
掘った穴に、やんわりと土を被せる。
固く踏みしめられた地面は、これで程よく柔らかになった。
このままのペースで作業を進めていくぞ、と意気込む我々。
だが、度重なる精霊魔法の行使は、やはりエルフの目に留まっていたようだ。
「こらー! 人間の前で精霊魔法を使わない!」
目を吊り上げながら、シーアがこちらに走ってくる。
後ろにいるトーガはいつもの呆れ顔なので、あれは恐らく私への対応を諦めている。
「人間が使ったら大変なことになるじゃない! だから魔法は使わないで……ぎゃーっ」
掘り返して柔らかくなった地面に差し掛かり、悲鳴とともにシーアが土の中に没した。
土全体をほぐし、かなり柔らかくしていたのだ。
彼女の体が、肩のあたりまで埋まったので、私も驚いた。
「大丈夫かね?」
「だ……大丈夫かねじゃなーい!! 何よこれー!」
「うむ。まさかそこまで土が柔らかくなっていたとは思わなかった。しかも、見た目はそうとは分からなかったな。君、精霊力を見ることで、土の質などは分かるのかね?」
「分かるわけないでしょ。っていうか早く助けてー」
「魔力は関係なく、ごく自然な落とし穴になりうるということか。ふむふむ……!」
考え込む私。
その横で、シーアを助けようとしたビートルが、歯をむき出しにした彼女に威嚇されている。
本当に人間が嫌いなのだな。
結局彼女は、トーガと私の二人がかりで救出したのだが、
「ちゃんと地面を固めて! 危なくて歩けないでしょ!」
叱られてしまった。
シーアの行動圏内ではやらないことにしよう。
「ワイルドエルフに叱られてしまいましたね」
「うむ。あれでも彼女は、我々に一番フレンドリーな個体なのだよ」
「分かります。他のワイルドエルフは、ジーンさんと関わりがなければ、私たちを躊躇なく殺すでしょうからね」
「そういうことだ。ではビートル、開拓地の中では難しいようだ。外でやるぞ」
「外でですか?」
彼が目を丸くした。
「将来的には、外に向けて土地を広げていく予定なのだよ。森を無駄に切り崩すわけにはいかないからね。後々開拓する場所なら、先に土を掘り返していても問題あるまい」
「はあ、なるほど」
そういう訳で、我々二人は開拓地の外で、ひたすら地面を掘り返す作業に勤しむこととなった。




