(65) 工房「アルベルト」
「アルベルト工房」
その文字が書かれた看板は、長い年月、風雨にさらされっぱなしであったのに補修のひとつもされていなかったらしく、半ば朽ち果てている。
建物の外壁もひび割れが多く、場所によっては虫除けのための化粧漆喰ばかりでなく、その下の土壁まで崩れ落ち、本来なら外部から見えるはずのない板材まで見えている始末だ。
工房というより、むしろ廃墟。近所の子どもたちが度胸試しとか言って探検ごっこで遊び場にしようとしそうなレベルだ。
「これ、人が住んでる環境なのか?」
そう感想を述べたのはディカルトではあったが、ヴァルトもティアナも大きく頷いてしまったことから、三人が三人とも同じ思いになってしまったようである。
とはいえ、耳を澄ませれば建物の奥から、とんがんどんがんと、金属を打ち付ける音が響いてきているので、廃墟ではあるかもしれないが中にだれかが居て作業をしてはいるようだった。
「まぁ、いちおう中にだれかは居るようだな……」
そう呟いたディカルトとヴァルトの視線が交わる。そして無言のままに両者は小さく頷きあった。
「ここでこうしていても始まらねぇし、いくとするぞ」
コン、コン、と軽くノックをして、ディカルトが玄関と思しきドアを開ける。そうすると中からは返事の代わりにより大きなドン、ガン、ドガン!といった硬質な金属同士が勢いよく衝突しあう音が響いてきた。
その音に前世の記憶からか若干の懐かしさを感じたヴァルトが建物の中を覗き込むと、建物の外観からは思いもよらないほど、室内はきちんと整っていた。
玄関のドアを入ってすぐの場所は3畳ほどの狭い部屋で、どうやら接客用のスペースらしい。カウンターとその手前に客用らしき椅子が2脚並べられており、カウンターの奥が作業場へと続く通路になっているようで、さきほどからの作業音はその通路から反響音になって聞こえていたようだった。
「すいませーん、だれかいませんかー」
ドアを開けて中に3人とも入ってみたがだれも接客に出てくる様子がないため、カウンターの奥に向かってヴァルトがそう声をかけてみる。けれど、中からは反応は全くなく、そのまま作業音が反響して聞こえてくるだけだった。どうしたものかと思案していると、ティアナがくいくい、とヴァルトの服の裾を引っ張ってくる。
「ん?」
とそちらに視線を向けると、ティアナがカウンターの横からカウンターの内側を指さしていた。ヴァルトが少し身を乗り出してカウンターの内側を覗き込むと、そこには玄関側からは死角になる陰部分に、銀製らしき小さなハンドベルが鎮座していた。
声をかけても反応がない現状から、試しにとそのハンドベルを持ち上げて軽く振って鳴らしてみる。するとハンドベルからは硬質で澄んだ高い音を鳴り響かせた。
その高く澄んだ音が響きわたってすぐに、それまでカウンターの奥から聞こえてきていた作業音がぴたっと止んだ。そうしてしばらくすると、カウンターの奥から一人の頑強な体つきをした初老の人物が姿を現す。
その人物はヴァルトたちの前に姿を現すとジロリと一同の姿を見渡した後に口を開いた。
「だれでぇあんたら。見たことねぇがウチに何か用か?」
* * *
「そうかい、あんたらノーウェイルのやつの紹介だったのか」
軽く自己紹介を行った後、ヴァルトが代表して商業ギルド長から預かっていた紹介状を初老の人物に手渡すと、紹介状にサッと目を通した老人が顔を上げて納得した様子の声を挙げた。話しを聞くと、この初老の人物がやはり目的のアルベルトという人物であり、ノーウェイル、つまり商業ギルド長とは幼少期の教導院通いの頃からの幼なじみとして、かれこれ60年近い付き合いがあるとのことだった。
「まぁ、あいつとは長い付き合いだからな。あいつの紹介だっていうのなら、内容次第じゃ仕事を受けてやってもいいだろう」
そう言うとアルベルトはディカルトに視線を向け、
「で、兄ちゃん。ワシにいったいどんな物を作って欲しいんだ?」
と尋ねる。するとそれに対し、ディカルトは軽く両肩を上下にすくめさせて、
「いや、商業ギルド長があんたを紹介したのは俺にじゃない。そっちの坊主のほうに対してだし、あんたに用があるのもそっちの坊主の方だ」
と、サラッと話をヴァルトに向けて振ってきたのだった。
そうすると、やはりこの3人の中で唯一の大人であるディカルトが自分に用のある人物であり、ヴァルトやティアナのことは保護者に付いてきている丁稚か子ども程度とでも思っていた様子のアルベルトが、眉をぴくりと動かしてから不審に思っていそうな視線をヴァルトの方へと向け直してくる。
「……おまえさんがか?」
その問いかけにヴァルトが頷くと、アルベルトはしばらく無言で押し黙った後、「……まぁいいだろう」と呟いた。
「それで、ワシに用事ということだが、いったいどういう用件だ。ワシにできることといったら物づくりくらいのもんだぞ」
そう言ってジッとヴァルトの目とまっすぐに視線を合わせるアルベルトに、ヴァルトは自分が商会を開くことになったこと、そのために商品とするものの案はあるが製作を受けもってくれる工房が必要であり、その製作作業をお願いできる工房を探していたところ商業ギルド長から紹介されてやってきたことを、順序立てて説明した。
「ふむ、このクリップやバインダー、オイルライターというのを作ってほしいという訳か……」
ヴァルトが説明を兼ね、見本として作っておいたものを手渡すと、アルベルトはそう独り言ちながらそれらの品々を手に取っていろいろな方向から見て回る。
「このバインダーというのは作っても面白味があまり無いな。だがこのクリップというのは少し面白い。この細さの鉄を折らずに丸めているし、何より鉱物の塑性と弾性の特性を利用して活用しようとしている点はよく考えられているな」
意外なことにアルベルトは、クリップの構造や仕組みの方に強く興味を示したようだった。
「このオイルライターとやらは……ほう、回転させるヤスリと火打石で傍に置いた芯に火をつける仕組みな訳か。だが固定させている割には回転がさせやすいな……あぁ、火打石の部分をバネでわずかに沈むようにさせることで、抵抗を減らしながら火打石と火打ち金のようにぶつかり合うようにとしているのだな。単純ではあるがよく考えられておる」
さらにはオイルライターの仕組みに関しても、軽く2、3回触って実際に火をつけてみると、すぐにその内部構造がどのような仕組みになっているのかを解析してしまった。
「ふぅむ……単純な構造のものばかりではあるが、なかなかに面白いな。だが、ワシへの依頼というのが、これらを量産してくれという話だったな……」
ひとしきり触って構造を理解し終えると、アルベルトは満足してヴァルトにそれらの品を返した後、カウンターの内側で椅子に座って「ううむ……」と考え込み始めた。
「作るのはどれもこれもたやすい。なにせ構造自体は単純なものばかりじゃからな。わずかに手間なのもオイルライター用に火打石を細かく割り砕くことくらいのものじゃろうしの。
それにワシも、こうやってノーウェイルのヤツがお主らを回してくる程に、ここ最近は手が空いておるのも事実じゃが……」
うーん、と数秒の間、唸った後、やおらアルベルトは椅子から立ち上がり、カウンター越しにヴァルトへと頭を軽く下げてきた。
そして続けて、、
「すまんの、少し考えてはみたが……やはりこの依頼、無かったことにして他所に頼んでくれんかの?」
という、断りの言葉をヴァルトに投げかけてきたのだった。




