(64) 初めて訪ねる場所のとき、探しますよね
あれからしばらくして、再起動したディカルトから、細々とした商会立ち上げのための事務処理的なことを指導されながら処理し、ヴァルトは商業ギルドの1階の受付で商業ギルドへの登録の書類を無事に提出し終えたのだった。その際、受付をしてくれた女性から、ギルド長からの伝言だとして、商業地区の川沿い、俗に職人地区と呼ばれるエリアの川近くにアルベルトという職人が工房を開いているということと、その職人へのギルド長からの紹介状であるという封書がヴァルトへと手渡された。
「んじゃ、次はさっさとそのアルベルトっていう職人のとこへ行くとするか」
そう言って言葉通りさっさと歩きだすアルベルトの後を、ヴァルトとティアナが追いかけるようついて歩いていく。
「ディカルト、さっきの受付の人の言葉じゃ、職人地区の南側のあたり、っていう大雑把な説明でしかなかったけど、それだけでちゃんとその職人さんの工房のところまでたどり着けるものなのか?」
「あん? 別にそれだけ判ってりゃ特にこまったりしねぇだろ。
だいたいの辺りまで行ったら、適当にその辺を歩いてるやつか近くの工房や店で尋ねたらいいだけのことなんだし」
それ以外に方法なんてねぇだろ、普通。とディカルトに言われてしまい、ヴァルトは「そ、そういうものなのか?」と内心で眉を顰めることになるのだった。
そうしてディカルトの後をついて歩きながら、街の建物とかに目を向けて観察していくうちに、ヴァルトは
(あぁ、そうか……ディカルトの台詞から、もしかして、と思ったけど……この分だとやっぱりされてないというか、存在してないみたいだな……)
と、街の中に前世では当たり前のように存在して、初めての場所へと訪ねたりする際には頼りにしていたものが、この街の中ではまったく見つからないということに気がついたのだった。
(まぁ、戸籍がなかった時点で気づいておくべきだったか。これもそのうち父様たちに提案するようにしたほうがいいのかなぁ……)
そう考えながらヴァルトが思い浮かべた前世であたりまえのようにあったもの。それは「番地」の存在だ。前世の街中では普通に有って当たり前、だから見えても見えなくても気にしなかった番地を表す表札だったし、こうして初めて探して訪ねることでもなければ、あの当たり前にあった存在のありがたさに気づくことがなかっただろう。
もっとも、番地はともかく1丁目や2丁目といった地区を表す部分は、前世でも特段きちんとルール分けして振り分けられてはいなかった。主要な道路や河川、その都市のランドマークといった建物からの距離などで丁目については区分けされていただけだったし、それが制度化されて導入されたのも日本では明治維新以降のはずだ。それでも、大分類としての地区が丁目や辻の名前で区分けされた後、その地区内での位置についてはルール化された番地で決められているだけで、訪問したり何かを届けたりするのには便利であり、探し回る労力や時間が減る分、制度として導入していくメリットは統治制度的に大きくなることだろう。
「ちなみに、ふつうは荷物や手紙の宅配とかする場合って、場所がしっかりわかってなければどうやって対応させてるの?」
ふと疑問に思ってそう尋ねると、なんでもそういった用事の場合は、冒険者ギルドや商人ギルドが請け負っているらしい。駆け出しの冒険者や丁稚として雇ってくれる商人が居ない商人見習いなどにそういった仕事をさせて街の住民や商店と顔つなぎをさせ、信用を積ませていったり街の構造を把握させたりするのだそうな。もしくは冒険者ギルドや商人ギルドで荷物を預かり、そこに住民が定期的に顔を出して荷物や手紙の有無を確認するとのことだった。後者は、要はコンビニ受け取りや郵便局の私書箱制度のようなものらしい。とはいえそういったギルド預かり型の荷物があるのは、中~大規模商人がほとんどで、一般的には冒険者などに簡易依頼として処理してもらうのが一般的なのだということだった。
(そういえば冒険者ってのも居るんだよなぁ。立場的には冒険者というより、何でも屋とか人材バンク、旅人ギルドっていう感じみたいだけど)
以前、父エイオスや長兄グレウスと戸籍の件について話をした時に、冒険者が旅人と同じように流民扱いで把握されていたことや、やはり「冒険者」という言葉の響きに興味を惹かれてヴァルトが少し調べてみたところ、この世界における冒険者とは、フリーランスの特殊技能者たちとして扱われているようだった。
コネや特殊な技術、優れた才能がある者は大きく稼ぐことも可能だが、そうでなければ真面目にコツコツと何らかの生業につくようにした方が稼ぎが良いし命の危険もなく生きていける。ギルドに持ち込まれる仕事はジャンルを問わずギルドに持ち込まれ、その内容は子守や商店の臨時販売員といったものから貴重な資源の採取や凶暴な野獣や魔物といったものの退治まで、内容や危険度も様々となっているとのことだった。
(そのうち、冒険者ギルドの方も直接行ってみて、内容を確認しておきたいところだよな。ただ、冒険者ってのは流民、つまり流れ者が付くのが基本だから父様たちには良い顔をされないかもしれないかな)
「ここがアルベルトってのの工房らしいな」
ヴァルトが冒険者や冒険者ギルドについて考えながら歩いていたうちに、どうやらいつの間にか目的地である工房にまでたどり着けていたようだった。ディカルトのその声に意識を切り替え、これからお世話になるかもしれないアルベルトという人の工房に目を向ける。
その工房は、一言で言うとボロかった。




