(58) ディカルトへの疑い
あれから苦い顔をしているロイドや、穏やかな様子の商業ギルド長、相変わらずの無表情なクラリッサたちにヴァルトたちは礼を言った後で退室し、ディカルトが事前に確保していた商業ギルド2階の小部屋へと移動を行った。
小さな長机と木製の椅子が4脚置かれているだけのその小部屋で、ディカルトと机を挟んで対面の側にヴァルトとティアナが並んで座る。
「さて、それでは説明していただきましょうか」
ヴァルトがジト目をしながらそう告げると、ディカルトがやれやれと言って肩肘を机につきながら口を開く。
「説明ってもなぁ……ていうか、そんなに商業ギルド入りさせたことが気に食わねぇのか?」
少し考えて、ヴァルトはその首を振って否、と答える。
「……そもそも気に入る、気に入らない以前に、商業ギルドのことはそこまでよく知っていません。
ですから、その説明もしてもらいたいとは思います」
「そうなのか?
あー、じゃあ……」
「ですが、その前に尋ねたいことがあります」
ポリポリとほほを掻きながら口を開こうとしたディカルトの言葉を、ヴァルトは強い口調で遮った。
「……ん、なんだ?」
そのヴァルトの浮かび上がらせた気配に、ディカルトが少しだけ目を細めてヴァルトのセリフの続きを促した。
促されたヴァルトは、一旦、目を閉じて呼吸を整えた後、強くディカルトの瞳を見据えながら、彼に尋ねる。
「あなたは何者ですか?」
そのヴァルトの質問に、ディカルトはさらに目を細くし、口元に小さな笑みを浮かび上がらせた。
「さぁて、ねぇ……知っての通り、俺は流れの細工師兼商人で、今はお前の代わりにあのポンプの発案者だとかでこき使われてるってだけの身の上だぜ?」
若干面白がっている気配を出しながら、ディカルトがそう答えるが、ヴァルトはディカルトの眼を見据えたまま、小さく首を横に振ってみせた。
「それだけじゃないですよね?」
そうして、さらに追及する。するとディカルトが片肘ついていた姿勢から身を起こし、腕を組む姿勢へと体勢を変えた。
「さて、そりゃどういう意味かな?」
「先ほどの場でですが、あそこに居た3名全員があなたのことを敬う口調で対応してましたよね。
ディカルト、あなたが本当にただの流れの細工師兼商人でしかない、というのであれば、あれはおかしなことだと思うのですが?」
「おいおい、変に俺のことを疑ってる理由はそれだけかよ。そりゃ単にあの3人が誰にでも礼儀正しく対応してただけかも知れねぇだろ」
「たしかにその可能性は十分にあります。ですが、そもそもあの部屋で最初にクラリッサ嬢があなたのことを『さま』づけで呼んでいましたよね。そしてギルド長もあなたにかなりの敬意を払っている様子でした。
それに、いくらなんでもギルド長やその幹部がギルドへの所属の審査に毎回出るとは思えません」
「さっきも言ったが、敬意を払ってくれたのも礼儀正しいからじゃないかな?」
「なにより、ロイド氏の失言です。焦った様子をみせたロイド氏が、一度だけでしたがあなたについて『彼らが』と言及しましたよね。
あの時は最初、僕やティアナのことも指して言ったのかとも思いましたが、あの時のロイド氏のセリフの流れ的にそれだと少し妙ですよね」
ヴァルトがそう言うと、ディカルトが片手を口元へと近づけて隠してしまう。
「加えて、僕が出したあの解答についてですが、あの仕組みをあの短時間できちんと理解し、その有用性がギルドにどれほどの利益をもたらすのか、という点についてあなたは即座に把握し認識しました。
ポンプの件もそうです。仕組みと理屈を僕が説明したとはいえ、あれについてもあなたはすぐに構造や理屈、それに伴う概念などを受け入れて把握しました。それを理解できたということは、ある程度の教養を受けてきたからでしょう。その時点でただの流民というわけはありませんよね?
昨日の缶詰の件についてもそうです。保存食が戦争にどう影響するのか、ということにもあなたは思い当たり、僕に警告をしてくれましたよね。それはただの流れの商人がすぐに連想したり結びつけるには妙だと思うのですが?」
そこまで言ったところで「さて、どうですか?」とヴァルトが問いかけると、ディカルトは口元を隠したまま、小さな笑い声をあげだした。
「やっぱ面白いな、おまえは。たったそれだけのことでそんな風に気に留めちまうのか。
けどまぁ、その程度の根拠での問いかけなら、いまはさっきと同じ答えだ、としか答えられねぇなぁ」
面白そうにそう言うディカルトに、ヴァルトはジト目をして大きくため息を吐き出した。
「はぁ……ということは、やっぱり何かあるってわけですね」
「さぁてね」
「では、何者か、ということについては問いませんが、一つだけ確認させてください。
あなたは僕やティアナ、それにこの領やアルシュタイン家に対して害を成す存在になりますか?」
至極まじめに問いかけたのだが、そのヴァルトの問いを聞いたディカルトの反応は、ぶっ!と噴き出した後、しばらく机をバンバンと叩くといったものでしかなかった。
「ははははは……あ~悪ぃ悪ぃ……それ、仮にそうだったとしたとして、それを相手が素直に答えると思うのか?」
ひーひーと笑いまくって涙目になったディカルトが、どうにか笑いを抑え込んだ様子を見せながらヴァルトにそう言ってくるが、ヴァルトがジト目のままで彼のことを見据え続けていると、そういった姿をスッと引っ込めて居住まいを立ち直らせた。
「……ちっ、どうやら本気のようだな。なら、真面目に答えてやるが……そうだな、おまえやここに対して、何か問題や害になるようなことをする気はない。それだけは断言するぜ。そもそも、元々は単に旅の気まぐれでこの街に立ち寄っただけだからな。おまえと出会って関わりあうことにならなきゃ、一週間かそこらで次の街に出てってたと思うぜ」
ディカルトはそう言って腕組みをし、逆にヴァルトに対して問いかけてくる。
「こっちとしても聞きたいんだがな。あのポンプについての理屈や知識、透き通ったガラスの製法についての製法の知識、昨日おまえが俺に紹介した様々な品物についての知恵……あれを知っていたおまえは一体何者だ?」
「さて、なんのことでしょう」
「半年近くおまえさんとこの館に出入りさせてもらってんだ。こっそり調べさせてもらったが、館にある本じゃ、あんな知識は学べねぇだろ。
かといって、おまえの周りにああいうのをおまえに教える知識を持った賢者がいる様子もねぇ。教導院の院長あたりが若干怪しかったが、あの爺さんは普通の教導院長程度の知識の持ち主だ。おまえの家族には俺がおまえの代理として教えることになったんだから、その線も無いだろ。つーことは、その周りの人物たちも可能性は薄いとみていいだろう。
さて、それならいったいおまえはどこからああいった知識を得たっていうんだ。当初はおまえの後ろに、おまえにそれらの知識を与えた存在がいると思っていたが、調べれば調べるほどそういう存在の姿が見えてこないってことは……あれらの知識はおまえが発信源なんだろ?」
ヴァルトは、ディカルトのその問いかけに笑顔を作りながら目を細めて対峙する。
(ちっ、しまったな……藪蛇を突いちゃったか)
前世の知識だとは答えられないし、ディカルトが只者ではないと踏んでいる今、ヴァルト自身があれらの知識の発信源と認識されるのは、ディカルト自身やその背後にありそうな何かに狙われかねない気がしてしまう。そのため、ヴァルトが作り笑顔で表情を固定させながらどう対処しようかと悩み、ディカルトもまた、ヴァルトに何か答えさせようと黙って強い視線で見据えてき続けている様子だった。




