(52) 商業ギルド
ヴァルトに同意した後、ヴァルトはディカルトに「確認だ」と言われ、さまざまなことを行わされた。
まず最初にディカルトがヴァルトにさせたのは、幾つかの計算問題をその場で解かせたり、さまざまな状況を想定した交渉事についての口述問答を行われ、回答させられる。
そのことについてヴァルトが「なんでこんなことを?」と尋ねると、ディカルトからは「俺が商売を請け負うのは無理だから人を紹介してはやる。だが、人を紹介する以上、海千山千な他の商人相手でもきちんと対応できるかの確認をするのは紹介者としてあたりまえのことだろ」と答えられ、ヴァルトはひとまず納得することにした。
そうして試験のような時間の後に、ディカルトは「はぁ~、たくっ」とあきれたかのような声を出すと「これならだいじょうぶか」と一人納得した様子をみせた。そしてその後に、ヴァルトに明日、人と引き合わせるということを約束してくれたのだった。
* * *
翌日、ヴァルトがティアナと共に館の玄関で待っていると、指定の時刻の少し前になって、多少身だしなみを整えた外行き用の恰好をしたディカルトがやってきた。
「おう、待たせたな……って、今日は嬢ちゃんも一緒なのか」
「ええ。それともティアナが一緒では都合が悪かったでしょうか?」
「ん~……いや、まぁ問題ねぇな。
今日の用事で重要なのはおまえだけだからな」
「そうですか。では指定されていた時間には少し早いですが、出発しますか?」
「……そうだな。ってことはここに人を呼ぶ訳じゃないってことくらいは気づいてるっつーことか」
ひくっ、と唇の端を持ち上げてからそう呟くディカルトに、ヴァルトもにっこりと微笑み返す。突然連れ出されて、ひとりよくわかっていない様子のティアナだけが、そんなやりとりを見て、きょとんとした顔をしていたのだった。
* * *
馬車には乗らずに歩いて出かけたヴァルトたちは、やがて街の商業地区の中心に在る黒いレンガ仕立てで尖塔が特徴的な建物へとたどり着いた。
「あんまり驚かねぇのな……」
チッ、とつまらなさそうに舌打ちするディカルトだったが、実際、予想していた範囲のうちの一つだったので、ヴァルトとしては驚く理由がない。そしてティアナの場合は、そもそもここがどういう場所だかわからないので驚くはずがなかった。
「まぁ、商売の話をしに行く以上、どこかの商会の店舗か商業ギルドが目的地になる、というのは当たり前のことだと思いますし」
そして相手の陣地である相手先商会の店舗よりは、まだしも商売上での中立性が求められる場所となる商業ギルドが、交渉や商談の話をする場として選ばれるのは簡単に予想がつくことだったし、ディカルトがその程度のことも考えずに紹介してくることはないだろう、という程度には彼のことを信用もしている。
だが、そういうことを言うとディカルトが照れ隠しに拗ねてしまいそうだったので、さすがにそのあたりのことについては黙っておくことにする。
「まぁいい。んじゃここに突っ立っててもなんだし、さっさと中に入るぞ」
そう言ってドアを押し開いて中へと入っていくディカルトだったので、ヴァルトたちはその背後につきしたがって建物の中へと入っていく。
重厚な樫の木の縁を鉄で覆って補強してあるそのドアは、わずかに押すだけでギィィィと大きな重低音をさせて中へと入る者がいることを建物の内側へと知らしめる。そして二重扉になっている入ってすぐのもう一つの扉では、ディカルトがドアノッカーをゴンゴン、ゴゴン、とそのドアへとリズム良く叩きつける。
そのリズミカルな叩き方が一種の符丁にでもなっていたのだろう。一呼吸を置いて剣を腰に差し、槍を片手に持った屈強な体つきの門番が、無言でドアを中から開けてディカルトを先頭にヴァルトたち三人を招き入れる。そしてヴァルトたちが完全に中へと入ると、門番はそのまま無言でドアを閉め、すぐ脇の待機場所らしき立ち位置へと戻っていった。
けれど、そんな門番の行動よりも、ヴァルトは中に入ってからの光景に驚いていた。この建物の中では壁際では何組もの商人らしい様相の者たちが老若男女問わず活発に交渉を交わしあい、職員窓口らしき場所では大量の金貨や銀貨、木板などが精力的に取り交わされている。窓口の奥では十何人もの職員がせわしなく書類を捲り、ペンで筆記していたかと思うと、勢いよく駆け出していったり、逆に戻ってきた者が大きな声でその職員が担当しているらしい商人の名前を呼びかけていたりしている。この場には、外の冬の寒さなど忘れ去ってしまいそうなほどの熱気と活気が充満していた。
「どうした……って、ああ、初めてならこの騒がしさにあっけに取られてもしょうがねぇか」
あまりの喧噪に目を奪われ、立ち止まってしまっていたヴァルトに気づいたディカルトだったが、すぐにニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべると居住まいを直し、背をピンと伸ばしてからヴァルトの方へと向きなおし、右手を胸に、左手は指を揃えて部屋の奥へと指し示してから、仰々しく口上を述べだした。
「――ヴァルト。金と信用、そして幾ばくかの仁義と共に、明日を求める馬鹿どもが集う場所である商人ギルドへ、ようこそ」
そう言ってディカルトが軽く会釈すると、それに合わせて門番だった男が槍の石突で床の石畳をガンッ!と大きく打ち鳴らす。
途端、部屋中の人々の動きや会話が一瞬停止し、全員が入口、つまりヴァルトたちへと視線を向けるとニヤリと笑みを浮かべて、
「「「ようこそ! 小さなお客人!!!」」」
と、声を揃えて歓迎してくれた。
そうして指を鳴らす者、拍手をする者、口笛を吹く者など続けての行動は様々だったが、すぐにそれらの動作を止めるとそれまでの商談や行為へと行動を戻していく。
「ははっ、驚いたか? いまのは商業ギルドの慣例でな。だれかが初めての人間をギルドに連れてきた時にやる、一種のお約束ってやつだ」
いたずらが成功したのを面白がるように、にやにやとした笑みを浮かべながらそう言うディカルトに、ヴァルトは苦笑していしまう。同時に少し場に飲まれかけていたのか張っていた筋肉の無駄な力が抜けてリラックスすることができたことに気が付いた。
「んじゃまぁ、少し窓口で手続きしてくるから、そこの椅子で座ってろ。順番がきたら呼んでやるからジッとしてろよ」
ヴァルトの肩の力が抜けたことを見通した様子のディカルトは、そう言い残すとヴァルトの返事も待たずにさっさと窓口へと近寄っていく。後を追おうかどうか少し迷ったヴァルトだったが、結局は素直にディカルトに言われた通りに木製の待合椅子にティアナと一緒に座って待つことにした。
そうしてディカルトからの呼びかけを待ちながら、ヴァルトは周囲を改めてゆっくりと見回しながら、商業ギルドについて知っていることを思い返してみる。
商業ギルドとは、その名前の通り商業に関する事柄全般を扱うギルドだ。主な業務は通貨の両替や金貸し、都市内部での商業権の認可販売、各商店に対する商業に関わる税金の取立てや登録商人と問屋や各種工房との仲介や仲買なども業務の内に入っている。
そして他のギルド同様、ギルドに登録するとギルド員としてのカードを作成することができる。そのギルドカードには登録者の名前と所属都市の記録、また、ギルドに預金されている金額に応じた入出金が行えるということは、ヴァルトでも知っている知識だった。
そういった知識を基にヴァルトが少し興味深そうに同じく周りを見回しているティアナに説明していると、ヴァルトの知識には無い奇妙な行為をしている商人たちが居ることに気が付いた。
(あれはどういう行為なんだろう?)
それは、それまで何やら交渉し合っていた商人同士が、ギルドカードらしき板を懐から取り出すと、それぞれの板に指先を当ててススっと滑らせ、その後に互いの板の側面を、カチンと静かに打ちあわさせる。その後にもう一度、それぞれの板を確認してから、お互いが笑みを浮かべて握手を交わし、席を立って離れていく。
そんな様子がちらほらと目にはいってきた。一方でたまに首を振ったり、ハァ、と大きくため息を吐き出したあと、そういった動作をせずにさっさと席を立つ商人同士の姿もあった。
(あの分だと交渉成立に関する契約的な何かなんだろうけど、そういうのは知らないなぁ)
そんなことを思いながら、しばらくティアナと商人たちの服装から、あの商人は南の出身だろうかとか、あの商人は町の人かな、外の人かな、などと他愛もない会話をして時間をつぶしていく。そうして10分ほど待ったところで、やっと手続きが終わったらしいディカルトが、ヴァルトたちを呼びにきたのだった。




