(47) いまは目立たないことの方が大切です
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
これ、すごい発見なんじゃないのかよ!?」
ヴァルトとティアナがそんな風に会話しているのを、あっけにとられた様子で見ていたディカルトではあったが、ようやっと再起動したようで慌てた様子で大声でそう口を挟みこんできた。
「ん、そうかもね」
「いや、そうかもね!じゃなくて!!
ヴァルト、さっきおまえその圧力、だっけ、が水を押さえこむ力がヴァルトの身長の6~7倍って言ってたよな!
んでヴァルトが依頼してきた弁で汲める井戸の深さも同じってことはっ……」
「そいうことです。
この試験管と違い、両端が開いている筒の片方の開口部を井戸の水面下まで沈めこみ、逆側を弁で閉じる。
そうして置いたうえで水を井戸から汲みたい時には弁が水面の下へと沈み込むようにします。
で、その時、弁の蓋部分は開くようにすることで、水は弁の上へと吸い上げられます。そして、吸い上げた水が桶に排出されるように構造を設計しておけば井戸汲みが楽になるというわけですよ。
逆に弁を引き上げる時には水が逆流しないように弁の蓋部分が閉じるようにしておくことで、何度も、だれでも使える取水器となるんです」
まぁ、最初に呼び水をしなければいけないんだけどね、とも言いながら、ヴァルトは手押しポンプの構造図をサラサラっと描いてディカルトに見せる。
「ということで、そのために弁を作ってほしいっていうのがディカルトへの依頼なわけですよ。
どうですか、貴族の子どもの思い付きじゃなく、ちゃんと理屈があってのものだって納得してもらえました?」
そう言ってヴァルトが悪戯っぽい笑みを見せると、ディカルトはその構造図をしばらく目を大きく見開いてぶつぶつ言っていた後、大きなため息を吐き出した。
「はぁ……了解。
たしかにこれなら可能そうだということは理解した……しかし、これ、ホントに自分で発表しないのか?
これ発表するだけで、たぶん、利権やら名誉やらいろいろ手に入ると思うぞ?」
そう尋ねるディカルトに、ヴァルトはくすくすと笑った後、首を横に振る。
「いえ、だからこそそれを発表する役目をディカルトにお願いしたいんですよ。
まぁ、もしそれが荷が重いと思ったりするんだったら、この手押しポンプが完成したところで、ディカルトからという形で父様や兄様たちにその利権とかを売る、っていう形で還元してくれてもいいんですけどね。
それに、たしかにそういう利権や名誉は発表することで得られるかもしれないけれど……僕が得ることになると、たぶん後々で面倒の種になると思いますから。かと言って、彼女に身代わりになってもらうわけにもいかないし」
ヴァルトがそう言うと、ディカルトが目を細める。そしてジッと考え込んだ後、頭をがしがしと掻き毟りながら「あー、くそっ。なんかやっかいな事情かかえてそうだな……」と小さく呟いた。
「わかった、じゃあ俺がヴァルトに教えたってことにして、おまえ経由で領主さまか次期領主さまに売り込みたいって話だということでどうだ。
ちょうど俺は流れ者だし、旅をしながらこの知識を発見したことにする。んで、ヴァルトと意気投合したことで、ここの領主さまにならってことで売り込みにきたって寸法だ。
それにこれを活用しようにも井戸に設置していくには金がかかる。そんな金は俺には無いからってことで領主さまに託そうとしにきたってことにするってのでどうだ」
「……はい、それでかまいません。
そうですね、ではそのためにもまずは1基、実際に作ってみてもらえますか。それができたところで父様と兄様に伝えましょう」
「おう、ならさっき見せてもらった絵の構造のでいいんだよな」
「はい、基本的な構造はあの通りです。あとは構造ができた後、水をくみ上げる前に呼び水として水を足したりしておく必要があるとかの少々の説明が必要ですが……」
「なら、こっちは素材の指定だよな。とりあえず俺としてはこういう素材が向いてると思うんだが……」
なお、この会話をヴァルトとディカルトがしている間、ティアナはヴァルトの真似をして試験管と色水でいろいろと試したりして遊んでいたのだった。
* * *
「まぁ、あの時は驚きの連続だったがな。必要だといった素材の大半をちゃんと準備してくれたし。寝床もちゃんとしたの用意してくれたしな」
「父様とグレウス兄様には、必ず領地のためになるものだ、と思ってくれてますし。まぁそのためにあの実験を兄様と父様の前でやってもらったわけですが」
「あの時か……そういや、まさかお前に説明されたすぐ後に、あの部屋に領主様たちがやってきたせいで、今度は俺が領主さまや次期領主さま相手に説明することになるとは思わなかったぞ。
もう少し方法とかは無かったのかよ」
「ホントは1基つくってもらってからにしようと話してたとこでしたからね。ですが、僕はまだ子どもですから。
その子どもが見ず知らずの大人を泊めてほしい、と言ったからって、父様や兄様たちがそのまま素直にうんと言う前に保護者が『話を聞こうか』となるのも当たり前といえば当たり前のことでしたね」
「……まぁな。それに、ふつうは良いとこのガキを口先で騙しこんで転がり込もうとしてる屑と思われるよな、なにも説明なしでだったとしたら」
「そういう訳です。ですが、あの形でだったら?」
その問いに、ディカルトが少し考え込む。
「……俺がされてたように客人扱いになることもある、か。だから、二人に説明をするように、としたわけだったんだな」
「はい、そういう訳です」
「……わかった。とりあえずお前が年に見合わず賢そうだということと同時に、いろいろと厄介そうだ、ということがな」
「ひどい!」
そうして、あははは、と互いに笑いあいながらヴァルトとディカルトは、ディカルトが持ってきた箱にかかっていた布をはぎ取る。
そこには、きちんとヴァルトの設計図通りの仕組みで作り上げられた手押しポンプの姿があった。
「ん、問題は特に見当たらなさそうですね」
「そりゃ、俺が丹精込めてしっかり作ったやつだからな。
じゃあ、問題なさそうなら……」
「はい、じゃあ父様と兄様を呼んでくることにしましょう。それでは、そこから先はよろしくお願いしますね」
そう言って席を立つヴァルトに、ディカルトが声をかける。
「おい、約束を忘れてないだろうな?」
「ええ、透明な硝子の作り方についても、もちろん教えて差し上げますよ。
ただし、こっちも父様や兄様たちには当面の間は内緒ってことでお願いしますね?」
いたずらっぽくヴァルトは左手の人差し指を立てながら口元をその指で隠し、ディカルトに返事をする。
「了解」というディカルトの声を受けたヴァルトは、そのまま部屋を出て領主であるエイオスと次期領主であるグレウスを呼びに行くのであった。
後日、アルシュタイン領の既存の井戸という井戸には、手押しポンプが設置され、多くの子どもや女性の労働を軽減させる結果となった。
そしてその浮いた労力の分で、女性は裁縫品や細工品を作ったり、子どもと家事をしたりする時間の余裕が増えたため、領内の生産性が上がり、結果、景気が好調となっていったのであった。
また、その前後において、アルシュタイン領主館には離れが建てられ、そこに一人の放浪者であった細工師が、その後長きに渡って住み着くことになるのであった。




