(45) "お願い"の品
「よっ! アレがようやっと完成したぜ」
その日、ヴァルトが午前の勉強を終えた頃に、執事長のアドモンからヴァルトに来客が来ていると言われて館の玄関に向かうと、そこには大きな台車に乗せた荷物と共にやってきていたディカルトの姿があり、彼の姿を見つけると同時にそう声をかけてきた。
「お久しぶりです、ディカルトさん。その分だと十二分に期待できそうですね」
ヴァルトが微笑んでそう微笑んで応じると、ディカルトが「おう!」と自信有り気にニカッと歯を見せて笑顔を見せる。
「試作品自体はすぐに作れたが、量産するってことになるはずだったからな。それならと、ちょいと色々な素材で試して費用が手頃そうなのを作ろうといろいろ試していたら、思ったよりも時間がかかっちまった」
そう言って運んできた布に隠れた荷物に手をかけるディカルトからは、けれど、本当に楽しく価値のある仕事ができたといった様子が伝わってくる。
「それにしても、最初は驚いたぜ。材料と寝床を用意してくれるとは言ってたし、家がこの町の名士だとは言ってたが、出迎えに来たのがまさかの領主の執事たちだったんだからな」
そう笑いながら言うディカルトの言葉で、ヴァルトはディカルトが初めて館に来た時のことを思い出してしまった。
* * *
「ようこそ、ディカルトさん。約束していたとはいえ招致を受けてくださってありがとうございます」
ディカルトを案内してきたという執事の報告を受けてヴァルトが彼に会いに行くと、館の応接間に居た彼は緊張した様子で応接間のソファに座っていた。そんな彼にヴァルトはなるべくそんな彼の緊張を和らげようと柔らかな声で言葉をかけた。
「お、おう。あ、いや、俺みたいなもんを招いてくださって、その、あ、ありがとうございます」
ヴァルトが声をかけると、ズバッ!という音が聞こえそうなくらいの勢いでソファから立ち上がり、緊張からどもりがちにながら、どうにかといった様子で返事をしながら頭を下げてくるというディカルトの慌てた様子を見て、思わずヴァルトは苦笑を漏らしてしまった。
「あ、す、すいませ……」
「いえいえ、気にしないでください。それにお招きしたのはこちらの側ですから。どうぞそのまま楽にしてくださって結構ですよ」
ヴァルトが苦笑したことで、子どもに対しとはいえ貴族に対し失礼があったのでは、と受け取ってしまったのか、慌てて謝罪しようとするディカルトだったが、そんな彼にヴァルトは静止の言葉を投げかけながらソファに座るようにと促す。
対面の席にそのまま座ったヴァルトは、そのまま彼の緊張をほぐそうと言葉を重ねる。
「それにディカルトさんの方が年上なんですから、言葉遣いは普段のままでだいじょうぶですよ。
それにあくまで偉いのは父や兄たちであって、僕はまだ成人もしていない子どもですから、先日の市場で話していた時のように素のままの口調で問題ありません」
そう言ってヴァルトがにっこりとほほ笑むと、ディカルトはしばらく様子を伺うかのようにヴァルトのことを見ていたが、その言葉に嘘がないと感じ取ったようで、はぁ、と大きな吐息を吐き出した。
「……ほんとに、いつも通りの口調や態度でいいのかい。……ですか?」
それでもいまいち気にした様子でそう尋ねてくるディカルトに、ヴァルトは大きく頷く。
「はい、問題ありません。まぁ、父や母、兄上たちのうち継嗣であるグレウス兄様……に接することがあれば、その際には敬語は必要かとは思いますが、僕やティアナ……先日、僕と一緒にいた娘や、敬われたりすることがどっちかというと苦手っていうアイギス兄様が相手であれば、普通に接してくださってだいじょうぶですよ」
そこまで説明すると、ディカルトも納得がいったらしく肩の力を抜いて脱力した様子でソファの背もたれに大きく身体を預けるように座り込んだ。
「はぁ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうことにするぜ……それにしても、まさか坊主がここの領主の身内だったとはな。そりゃ、騎士が護衛してたくらいだし、坊主かあの時の嬢ちゃんのどちらかがよっぽどの身分なんじゃないかとはちょっとは思ってはいたけどさ、まさかそこまでの身分だなんてあの時は思いもしなかったぜ」
「まぁ、あの時はティアナにこの町のことを案内するのが目的だったことや、お忍びだったっていうこともありましたから、なるべくそれらしく見えない服装にしてましたからね」
「ほんとだほんと。あの時のおまえらの恰好だったら、庶民だって言われても違和感のない感じだったからな。話してても、別段貴族らしい感じはしなかったし」
「貴族らしい感じ、ですか?」
「あぁ、大抵の貴族の場合、成り上がりでもなけりゃお前さんくらいの年頃には、たいていはすでにもうどっか世間外れっつーか、庶民とは違う振る舞いつーか雰囲気ってのを出してくるもんだからな。まぁ、どっちかっていうと悪い意味でだが」
「あぁ……もしかして、庶民を同じヒトではないと見る目だとか、無意識的に距離を置いたり馬鹿にしたりとか、そういう感じですか?」
「おう、解ってるんだな。そうだ、そういう感じを出すやつが割と多い。かと言って悪意があってやってるわけでもないから、こう、なんていうか庶民としても『あぁ、そういうやつなんだな』って流すことができたりするんで、あんまり問題にすることや問題になることはないんだがな。坊主の場合はそういうのが感じられない上に、どっちかってーと、あ、これは良い意味で言ってるんだが、変にそういう貴族らしさってやつが感じられないから好感を持てる感じだぜ」
「それはありがたいですね。僕としてもいちいち貴族らしさとか意識しながら人と接するよりは、自然体で話ができたり交流できたりするほうが楽ですから、そう言ってもらえると助かります」
ヴァルトがそう言うと、思わずといった様子でディカルトが、ははっ、と笑い声をあげる。釣られてヴァルトも笑い声を出してしまい、お互いにしばらく笑いあった。
そのまましばらく互いに笑いあい、お互いに落ち着いてきたところでディカルトがソファの背もたれから身を起こし、居住まいを立て直す。
「ははは、いや、やっぱ面白いは坊主は。
さてと、改めて自己紹介させてもらうぜ。俺はディカルト。出身はシルヴァント都市国家同盟の一都市、海運が主に盛んなリスバン市の出身だ。まぁ出身だとは言っても、もう何年も故郷には帰らず、ずっと旅をしながら諸国漫遊してる身の上なんで、縁はもうそれほど無いっちゃ無いもんなんだけどな」
そう言ってディカルトが右手を差し伸べてくる。ヴァルトはその手を握り返しながら、自分も自己紹介を行った。
「さて、それじゃ改めての自己紹介を互いに終えたところで、そろそろ依頼についての話をすることにしようか」
その言葉とともに前のめりになるように身を乗り出し、まっすぐに見つめてくるディカルトに、ヴァルトも同意を示す。
「ええ、もともとそのために"お願い"したんですしね」
「ああ。しかしホントにあるのかい、井戸での水の汲み上げの労力を今より遥かに楽にする方法ってのが。しかもそれに必要なのが押し下げた時は中央部分が一部開くが、引き上げる時にそこが閉まるっていう円盤があればそれでいいっていうのなんだよな」
「はい。もっとも、その手法で引き揚げることができる井戸は、せいぜい僕の身長の6~7倍の深さくらいまででしかありませんが」
「ははっ、それだけの深さまで引き上げられるなら、大半の井戸には十分じゃねーのかな。一般的に利用されてる井戸ってのは、だいたいそれくらいだからな。ま、それはいいとして……一つ疑問なんだが、なんでそんな単純な仕掛けがあればいいってだけなのなら、それをここの領じゃまだ実施してないんだ?
ここに来る前に数日この町の各所を見て回ったが、町の井戸はどこも滑車に吊るした桶を引き上げて水を得る方法だったぞ?」
「そりゃ、これはまだ実践するのはこれからですから。なのでまだ町のどの井戸にも置いてないのは当たり前ですよ」
ディカルトの疑問にヴァルトがあっさりとそう答えると、彼の両眉が顰められた。




