(42) 富める者と貧する者、そして貨幣価値
真面目な顔をしてそう語る父と長兄の話に、ヴァルトはだんだんと頭が痛くなってきていた。
父や長兄が語る都市計画は、大雑把すぎる。さらに言えば税制にしてみても一見、平等に見えてこれでは貧者には負担が大きく、富裕者には裕福であるほど負担の少ない不平等さの大きな構成になっている。
「父様、兄様……いくつも言いたいことがあるのですが、そもそもその話だと富む者ほど負担が少なく、貧しい者ほど負担が大きな税制になっていますよね。さらに言えば、その税制だと市民権という『商品』を販売しているようなものですが、その商品は北の平原地帯の開発に成功しない限り頭打ちになるのが目に見えているものです。加えてその市民権という商品の付加価値というのは、領内の町や村に入場料を払わずに済むようになること、戦や魔物暴走の時に保護される権利を得ること、領内の町や村に定住することが許可されること程度しかないのですが……これは領内の人口が流行り病や魔物の襲撃などの被害で減少したり、人口において働けない年代層の割合やケガや病で働けなくなった者が増えていけば、市民税を回収することができず減少していくことになる税制でしかないと思うのですが、そのあたりはどうなっているのですか?」
ヴァルトがそう尋ねると、グレウスが若干眉を顰め、エイオスは小さくため息を吐き出した。
「そこが頭の痛いところだね。流行り病や魔物の被害、盗賊などで領民が減ってしまうことはたしかにあるよ。そうなれば市民権による税収は減少してしまうことになる。まぁ、魔物や盗賊による被害は騎士団によりこまめに巡回し、被害が出る前に狩ることで防ぐことができるし、流行り病の場合は王都から見舞金が出るので、それで一時的な減収には対応できる。なのでそういった被害がでた場合は、失われた領民の数と同じだけ、他領や流民に対し一時的な税の減免を行うかわりとしての募集をかけることで回復を図ることになるね」
「働けない者が増えた場合はどうするか、ということですが……そこが施政を行っていく上で特に頭の痛いところになります。
とはいえ、大抵は年を取ることで身体が不自由になり働けなくなる者がほとんどですが、その場合は子や孫など、その者の身内がその者の分の市民税についての面倒をみますので、さほど困ったことになることは少ないでしょう。問題はケガや病で働けなくなった者の場合ですが、そういった者は市民権を返上し流民となるしかありませんので、それによって発生する税の減収が領地経営における悩みどころとなっていますね」
「その場合も、そういった数がある程度多くなってきたところで、先の場合と同じで他領や流民に対し、一時的な税の減免と引き換えとしての募集をかけることになるな。ただ、こちらの場合は王都からの補助金は望めないため、そういった場合に備えておいた貯蓄を切り崩して対処しなくてはいけない。そこが悩ましいところだね」
「ですので、開拓や都市の拡張に使える予算とは別に、為政者としては常に一定量の貯蓄をしていかなくてはいけません。
もしくは開拓の際に領内の富裕層から開拓が成功した場合に権利の一時付与を与えることを約束に、資金を提供してもらうことで開発をすすめるかですね」
「ただその場合、開拓に失敗してしまうとその出資者は提供した資金を失うことになるだけだからな。
それを避けるために担保としてすでにある農村などにおける徴税権といった権限や権利を失敗した時のためとして約束しておくことが一般的ではあるが……そういった権利や権限を認めてしまったが故に、出資者が損失を取り返そうと重い税を課したりした結果、農民が逃げ出して流民となってしまったり、場合によっては盗賊に身をやつすことが起きたりするので、我が領においてはその手は禁止としている」
つまり、アルシュタイン領においては、地道に市民権を得て永住しようとする者を増やして税収を高めながら、開拓のための資金を貯蓄し、それが溜まったところで領内の開発に踏み込む、という堅実ではあるがのんびりとした都市開発を行っているということだった。
「……ちなみに先ほど言っていた市民税が3大鉄貨であることとか、その他の税率というのは国が定めたものなのですか?
それとも、この領地においてのみ定められているものなのでしょうか?」
「税の価格や税率かね。それについては領内の税率は我が子爵家で定めたものになるね。
国からは領主に対しての税があり、それを納めることは求められてはいるが、領地をどのように運用するかについては各領主に一任されているからね。もちろん、国として共通となる国法や規定はあるが、届け出すれば多少の変更は認められるものだよ」
「例えばですが、街や村に市民権を持たないものが入場する際に払わなければならない入場税については、どこの領地でも1鉄貨が基準とされ、1大鉄貨を超えてはならないとされています。ですがあくまで国が定めた基準でしかありませんので、これを5鉄貨としている街や領地もあれば、1銀貨しか取らない村や領地だってあります。基本、村や宿場町では入場税の額は低くし、一方、都市や街ではやや高めの額となることが多いですね」
「では、例えばですが……市民税を1人3大鉄貨と定額にするのではなく、年間所得や年齢に応じて、いくつかの税率を適用する方向に変えたりすることは可能なのでしょうか?
具体的には高齢者や成人を迎えていない子ども、年間所得が1金貨を超えない者に対しては3鉄貨。年間所得が1金貨を超え3金貨未満であれば、所得の1割。3金貨を超えるものについては2割とし、課税の上限は1大金貨とする。といったような感じでですが」
ヴァルトがそう言うと、グレウスの眉が軽く寄せ合わされた。
「……可能か不可能かで言えば可能ですね。
ただ、その場合、慎重に進めなければ領内に住む富裕層の領民から大量の文句や反発が吹き上がり、場合によっては彼らを多数失うことにつながることになりますが」
「そうだな、グレウスの言う通り裕福な領民ほど多額の課税対象となってしまう以上、そういった者たちが他の領へと移ってしまうことが考えられる。そうなると残るのは老人や子ども、貧しい者ばかりになってしまうことだろう」
「ええ、そうなるとやがては税を支払える者がいなくなり、領地を衰退させることになってしまうだけでしょうね。
ヴァルト、あなたが貧しい者たちへの課税を軽くしてあげたいと思うのは立派な心掛けではありますが、現実的では……」
「そうでしょうか?
私にはそうとも限らないと思うのですが」
諭すようにそう語ろうとしているグレウスの言葉を遮り、ヴァルトが言葉を挟みこませる。
「たしかに、税が他の者たちに比べ、多額となることに富裕層が不満を感じることになるかもしれません。
ですが、例えば年間に1金貨しか稼げないものにとっての3鉄貨の負担と、年間に10聖金貨を稼ぐ者にとっての1大金貨では、その負担の重さの感覚は違うことになると思います」
「ふむ。だが10聖金貨を稼ぐ者にとっては、それまで3鉄貨で済んでいた物が1大金貨となってしまうのだとしたら、30倍以上の負担となってしまうだろう?
それをそういった者たちが素直に受け入れるとヴァルトは思っているのかね?」
そう探るように尋ねてくるエイオスの目は、すでに子に教えを行おうとする父親の目ではなく、相手を探ろうとするかのように細められていた。けれどそのことに気づかないまま、ヴァルトはその問いかけに答えを返す。
「はい、単に今のままでその税制を行ったのであれば、到底受け入れてもらえることはあり得ないと思います。
ですので、行うのであれば税の変更に伴って別の施策も一緒に行うようにすればいいと思います」
「ほう、別の施策とな。それは一体何かね?」
「それは福祉制度の導入です」




