(37) ヴァルト、今後の方針について
(今後について、しっかりと考えた方がよさそうだな……)
教導院を訪れた日の夜、ヴァルトは自室のベッドで横になりながら自身を取り巻く事柄について考えを巡らせていた。
まず、どういう方向に将来進んでいくにしても、自身に与えられている加護のことを考えると一ヵ所に留まり続けるのは苦しいことだろう。なにせ多々与えられている能力的な加護だけでも普通の人々からかけ離れてしまっているのだし、さらに18歳以降は不老になるという加護がある。いつまでも年を取らない、という状態はそれだけで注目を浴びるし、仮に何かの拍子に不老であると理解されてしまった場合には……必ずその理由を求めて、王家や他の貴族、豪商といった多種多様な権力者たちから狙われることになってしまうことだろう。
(このことがある時点で、アスファリアとの約束とは関係なく、どちらにしろ世界中を放浪して回るしかなさそうだな)
そう思うが、別にそのこと自体は構わない。そうするしかないならその方向で将来を考えていけばいいだけなのだから。
それにヴァルトには将来、世界を放浪することになるとしてもかまわないと思える理由がアスファリアとの約束とは別に、もうひとつあった。
(まぁ、世界を放浪する旅をするのなら、どうせだから旅の最初の目的は、ティアナの故郷を探してあげるっていうのも良さそうだしな)
ティアナがヴァルトの保護の下で暮らし始めてしばらくの時間が経っている。彼女が今の生活に馴染もうとしていることについては、ヴァルトにも伝わってきている。だが、その一方で、故郷か、それとも故郷に残してきた家族を想ってなのか、ティアナが寂しそうな目でどこか遠くの方を見ていることが時折あることにも、ヴァルトは気づいていた。
けれど、きっとティアナに彼女が感じているであろう郷愁感について尋ねてみたとしても、あの頭の良い少女は上手くごまかすことで、ヴァルトや周囲の者たちに対し、心の負担にならないようにしようとして困ったような笑顔で取り繕おうとしてしまうことだろう。
――ならばいっそ、今のところは気づいていないふりをしておいて、将来、ヴァルトが旅に出るときに彼女のことを誘って、彼女の故郷へと送り届けてあげればいい。
それがヴァルトの今のところのティアナの身の振り方に対する結論だった。
(と、なると……長旅をすることを前提で今後の準備や道具の開発をしていかないとな)
ちょっと考えてみるだけでも、長旅をするためには路銀や食料、移動用の道具の開発や身の安全の確保のための用意が必要となる。さらには国を跨いで旅をするのに身分保障となるものを手に入れる必要があるだろう。
路銀の確保には創造魔法を使って、という手もあるが、常にティアナとだけで旅をするということにはならない場合もあるだろうし、そもそもティアナに創造魔法のことを話すのか、という問題もある。なので創造魔法で解決するというのは奥の手として考えるようにしておき、普通の旅人のように、この世界なりにまっとうな手段で稼ぐ方法を考えておくほうがいいだろう。
(ま、その辺はアイテムボックスを用いた塩や香辛料、各地の名産品の輸送と販売とかいろいろ考えられるな)
食料に関しても、路銀さえどうにかなるなら、道中の街や村で購入するようにすればいいことだ。
(と、なると……移動用の道具の開発、だな)
一般的には馬や馬車が長旅の移動の基本となるだろう。もしくは徒歩だ。だが、ヴァルトとしてはちょっとここにこだわりたいと思っていた。
(馬や馬車でのんびりと、というのもいいんだけど……どうせなら前世じゃできなかったバイクでのツーリングっていうのも面白そうだよな)
前世では都市部でのみ生活していたこともあり、バイクの免許こそもっていたものの、ほとんど長距離移動をする機会がなかった。未開発の自然の中を好きなだけ速度制限を気にせず風を切って走る快感には、映画などをみるたびに憧れたものだ。
(エンジン部分と車体、車輪、ハンドル、アクセルとブレーキがあればいいし、車体デザインはGSX1300RハヤブサかGSX750Sのカタナみたいな流線型で……)
とはいえ、そうなると2ストローク型にするとしても、4ストローク型にするとしてもエンジン部分の開発が必要となってしまうことだろう。
それに前世と同じようにするのであれば、ガソリンの用意も必要になってしまう。が、ここについてはせっかく魔法がある世界であり、術式陣をプログラミングすることで魔法を開発することが可能なのだから、魔力を燃料に術式陣で車輪の回転数を制御できるようにすれば解決できるんじゃないか、とヴァルトは考えていた。それならばアクセルとブレーキに関しても、術式陣へ送る魔力の強弱などで対応可能になると考えられる。
その他にも、オフロード仕様にしてタイヤなど車輪の足回りにも気を配らなくてはならないだろう。なにせこの世界の道は石畳などで舗装されているほうが少ないのだから。
(この辺りの設計については、基礎は前世のデザインや構造を取り入れた上で、この世界特有の技術や素材、知識を組み合わせて作っていけばいいだろうな)
焦る必要はない。大きなトラブルさえなければ、少なくともあと10年程度は余裕があるはずだ。それまでの間に少しずつ実験や考察を繰り返していけばいいのだから。それに完全な手探りではなく、目標とする完成型のモデルがあるのだから、手探りながらもそれに少しずつ近づけていけばいいのだから。
(身の安全の確保については、いくら加護によるアドバンテージがあるとはいっても、身体を鍛えておいたり、剣や魔法の技術を高めてはおくべきだろうな)
ここ1ヵ月のティアナとの訓練や、こっそりと夜に館を抜け出して人目の無い場所で行った実験などにより、加護を含め自身に与えられた能力の発揮のさせ方やオンオフの切り替え方、威力の把握などはある程度把握できている。その中には、はっきり言って普段は絶対にオンにできないであろう加護もあった。例えばアダマンタイトでも砕けるという物理攻撃補正の加護などは、威力が大きすぎた。なんでその辺に落ちてた小枝で岩をバターのように断ち切れるんだよ、と自身に言いたくなったほどだ。
そのくせ、一方で加減ができず、最大威力の発揮か発動させないかしかできなさそうである。これではむやみに対人戦や狩猟で使ったら、相手を挽肉にしてしまうことだろう。そうなるとある程度の戦闘には、物理攻撃補正の加護は使えず、地力を鍛えていくようにする必要が感じられた。
とはいえ、身体を鍛えることにはそれほど懸念はない。アスファリアの加護には成長補正もあるのだから、頑張ればきちんと結果が返ってきてくれることだろう。
(ま、とりあえず当面の課題は、これらの開発と身体づくりだな。旅に出ることに関しては、もともと三男坊として将来の自由は認められる可能性は高そうだし、認めてもらえると思って良さそうだ。将来的に旅に出ることを少しずつ匂わせながら、いずれ冒険者としてギルドに登録するようにすれば、旅をする上での身分証明は手に入れられることだろうし)
この世界、冒険者と冒険者ギルドは、特定の国家に所属しない国際的半官半民の武装組織であった。街と呼ばれる大きな都市はもちろん、小さな町でもたいていは支部が存在し、独自のネットワークにより一種の何でも屋、そして狩人や傭兵のためにある組織としての様相を持っている団体である。特定の国家に従属しないことであらゆる国家に存在することが許されており、国家間の戦争には参加しないが、魔獣や魔物などによるトラブルへの対処や、国や都市の統治機構では掬い上げきれない民間からの要望に対処する者たちの組織として活動されている。
国家やヴァルトの父たちのような貴族は、自分たちに所属する者たちの日常の場の平穏を守るためにある統治・防衛・警備機構であり、冒険者は依頼を受けることで旅の間の護衛など都市外での"非日常"の場での平穏を守ったり、魔物狩りや魔獣狩り、ダンジョンの探索などを主として活動する組織といった形で、社会の中に住み分けができていた。そして都市を運営する貴族たちは、魔獣や魔物からの被害から都市を守るために必要な非常用戦力として冒険者たちを支援し、また有能な人材の発掘のための組織として冒険者ギルドと関わっていたりするのだった(実際、アーノルド騎士団長などは騎士団に入る前は冒険者をしていた。それを彼が帰郷した際にヴァルトの父であるエイオスがスカウトして騎士団に入ることになったという例などもある。もっとも、彼とエイオスの場合は元々幼馴染であったということも影響しているのだが)。
そのため、冒険者の地位は社会的に低くも高くもなく、低級の者の場合は一方で山師・博打打ち・根無し草・荒くれ者どもなどと揶揄されたり蔑視する者もおり、都市部へ入る時の門衛による審議もきつくなったりもするが、高級な冒険者の場合はそこらの貴族よりも発言力や社会的影響力も高くなっており、ほとんどフリーパスで通されることもしばしばである。
これは冒険者ギルド内で高い等級に昇るには礼節や知識・知性、人格性なども考慮されることなどがあり、それらに関する講習なども有料で冒険者ギルドが提供していることも影響している。また、そういった講習には貴族や都市住民からの人材提供が行われ、雇用に貢献していることがしばしばあるというのもまた、冒険者ギルドが国家に捉われない国際的組織でありながら、国や貴族、そして都市住民から広く受け入れられている要因にもなっていた。
なお、身分証明として旅をする者が使う基本的な身分証明は、同国所属都市間であれば所属都市住民証(たいてい同国の都市住民であれば入街税は取られないで済む)、他国であれば冒険者ギルドまたは商人ギルド、もしくは職人ギルドの所属証というのが一般的である。
また、冒険者の等級は低い方から順に銅級、銀級、鉄級、金級、輝石級、魔鉄級、神鉱級となっており、これは各鉱物の入手難易度や稀少性から決められていた(先ほどの知性や礼節などが求められるのは金級以上に上がる際にとなり、金級ともなれば上級冒険者としてどこの都市でも歓迎されるほどである。なお、輝石級以上は金級以上の冒険者たちがクランと呼ばれる常時パーティーを組んでいることが前提となっている)。
閑話休題。
そういった事から、ヴァルトは身分証明に関しては冒険者ギルドに登録することで手に入れようと決心した。おそらくはその際に兄たちと将来についての話をすることになるだろうが、先に一度登録さえしてしまえば説得は容易になることだろう。
そのうえで、そうやってヴァルトが将来、我を通そうとしても父や兄たちが断れないように、何らかの下準備を整えておけるように動くとしよう。
今後の方針については、そうすることにヴァルトは決めた。
(と、なると……では、いったい何を行うか、だな)
パッと思いつくものとして、まずは前世の知識を流用して生活環境を改善したり改良したり、経済利益を出す方法を行っていくことにする。
それらによって得られる利益や名誉を、表向きは父や兄たちの成果のようにしておいて貸しを積み重ねるように仕向けておき、いざという時にこちらの頼みを断りにくいようにする。もしくはそういう利益に十分に慣れさせてから、こちらが話を切り出した時に反対しようとするなら、別の技術や知識といった新たな利益となるものを掲示して、それらとの取引といった形で話の流れを誘導させていけばいいだろう。
そう結論付けたヴァルトは、さっそく翌日から、まずは生活環境の改善となる開発活動を行っていくため、まずはこの世界の一般的な技術段階・知識段階について調べていくことにしようと当面の方針を決定した。




