(36) 神々とダンジョン
「ミッシェル導師、"神滅大戦"というのは何ですか?」
ヴァルトの問いかけに、ミッシェル導師は片眉を少し持ち上げた。
「おや、ヴァルトくんは知らなかったかの。"神滅大戦"というのは、大昔に現れたというある特殊な力をもつ"崩壊の魔物"とも"大魔"とも呼ばれる存在と、神々、そして世界中の全ての人間が戦ったという大規模な戦じゃとして伝えられておる太古の戦争のことじゃよ。歴史学的には神代の時代とその後のヒトによる騒乱の時代の一大転換点となったと言われておる世界規模の事件のことじゃ」
そう言ってミッシェル導師が開いた頁には、黒々とした影のような存在から様々な魔物が生まれ、ヒトを殺害していく様子が描かれていた。
「……"大魔"と呼ばれる悪夢のような存在は突如として現れると、それまで魔物暴走の時のように恐慌状態の魔物が偶然移動を同じとすることで群れとなるのを除けば、同種以外と行動を共にすることがなかった魔物どもを支配し、その支配した各種の魔物を吸収しては手足のように操ったり生み出したりした恐ろしい存在であったといわれておる。そして、その大魔と、大魔に率いられた魔物たちの侵攻により、世界が滅亡の危機に瀕する結果にまで追いやられたとまで伝承にある存在じゃ。なにせ、その侵攻により、この世界と当時のヒトの7割が滅びの危機に瀕したと言われておる。
されど、その大魔による世界の危機は、7大神とその眷属神、そして多くの兵たちがその"大魔"の隙をつくことに成功し、多くの犠牲を払ったことによって、"大魔"を撃退し終結したと言われておる」
そう語るミッシェル導師が指し示した頁には、神々らしき者たちに取り囲まれ、渦の中へと追いやられていく先ほどの黒々とした影という構図の挿絵が描かれていた。
「……それで、その後、神々はどうなったのですか?」
「伝承によれば、神々の多くはその大戦で滅びたり力を大きく損なって精霊や妖精に堕ちたと言われておる。さすがに7大神はそうはならなかったとも云われておるが、神滅戦争を境に姿をお隠しになられたというのが現実じゃ。
ただ、今でもなお、各地に現れるダンジョンの奥深い階層にて大神の声を聴いたという、あるいは逆に見たこともない特殊な魔物と遭遇したという冒険者や神官、巫女がいることから、未だに"神滅戦争"は終結しておらず、大神やその眷属神と"大魔"の戦いは続いておるという説もあったりするのぅ」
「ダンジョンの奥深くで、ですか?」
「そうじゃ。魔物がうろつくダンジョンには魔素を含む鉱物や植物などの貴重で高価な資源が採取されること、ダンジョンを放置しておくと、やがて内部の魔物たちがダンジョンの外まで溢れかえり、魔物暴走が引き起こされることなどから、数多の冒険者と呼ばれる者たちがダンジョンに入り、内部の魔物たちを討伐しておるが……その冒険者たちに、神官や巫女といった立場の者が付き添って一緒にダンジョンへと入ることがあるのは、ダンジョンの奥深くで神々の声を聴き、中には会話した者もおるという話があるからなのじゃよ」
「まぁ、それが事実なのかどうかは、ワシは体験しておらぬ故、定かではないのじゃがな」と導師は続ける。
「古の時代は、神々が人々の導き手として存在し、様々な恵みと教えを行ったり、時には罰することで人々を慈しんでおられたというの。そして人間もまた、神々に祈り、教わり、導かれ……時には過ちを正されることにより、融和と正義を学び、成長していったという。それが歴史学でいうところの神代時代じゃな。されど、神滅戦争を境に神々が姿をお隠しになられたことで、人々は己の導き手を失ってしまい、種族や文化、考え方の違いなどでやがてお互いに対立しあい、そうして国や都市の間で争いあう今の時代となっていったのだと言われておる」
「嘆かわしいことじゃ」と導師がため息を吐き出した。一方でヴァルトは、これらの説明は一字一句憶えて置き、アイテムボックスを通してでも女神アスファリアに伝えたほうがいいのだろうか、と悩んでいた。
なにせこの話が事実であれば、アスファリアのことはこの世界ではなかったことになっているみたいだし、なによりアスファリアのいう管理神たちというのがその7大神だとしても、すでに行方不明だということではないのか、と思ってしまったからだ。
そんな風にヴァルトが思案していた間に、ミッシェル導師による神々についての話は、終盤へとたどり着いていたようである。
「……そうして神々は隠れ、数多の人間同士が争うようになっていったのじゃと言われておる。ただ、それでも人々は神々の教えを、導かれたことを忘れてはおらず、それゆえに神が人間を教え導いたように、次代の子らや迷える者に教えを授け、古の時代のようなより良き世界へなるように導いていこう、という理念の下に創られたのが教導院という組織なのじゃよ」
そう言い終えると、ミッシェル導師はパラパラとめくっていた古びた本を閉じる。
「ちなみに、ヴァルトくんが最初に言ったプロスト聖国というのは、その神の血を引いていると名乗る者により創られた国での。最初の神王と名乗った者がさまざまな奇跡を起こしたということで彼の国ではそれが事実じゃと信じられておる。
じゃが、古の神々が人々に教えた理と異なり、あの国ではヒト族以外を亜人じゃと、ヒトより劣った下級種族であるのだなどと言って差別し隷属させたり、迫害したりしておることや、神とは初代神王の父である神のみだ、などと言っておるため、教導院とは対立しておったりする国じゃ」
そこまで説明し終えたミッシェル導師が「これで良いかの?」と尋ねてきたところで、ヴァルトは老師に頭を下げて感謝の意を伝える。
「ふぉふぉ、良い良い。先ほども言ったことじゃが、次代の若者を教え導くことこそが教導院にて導師をしておる者の務めじゃからの」
これも務めのうちじゃよ、と、ほがらかに導師は微笑み、ヴァルトに「さて、あの娘御たちも待ちくたびれてきたようじゃの」と伝えると、部屋の片付けに入った。
そんなミッシェル導師に再度頭を下げてから辞去の言葉を伝えたヴァルトは、ヴァルトたちの話の邪魔にならないよう部屋の片隅で待っていてくれたティアナとミルカに声をかけ、領主館への帰途についたのだった。




