(30) お出かけ(4)
「それでは、本日はこの後、ティアナ嬢の採寸をさせていただきますね。そうして採寸が終わりましたら、服の制作に入らせていただきます。
おおよそ一週間ほどで仕上げられると思いますので、出来上がりましたらお屋敷までお持ちいたしますので、それまでお待ちいただけますようよろしくお願いいたします」
チコリがそう言うと、ティアナが頷いてから口を開く。
「はい、それでよろしくお願いします。
それと、服の意匠の方については……」
「そのことですが、本当に作成する服のほとんどが既存のものでよろしいのですか?
いえ、たしかにヴァルト様が持ち込まれた意匠はこれまでに無い意匠ではございましたが……」
「はい、日常着はなるべく既存の方でよろしくお願いします」
そう言ってにっこりと微笑むティアナ。ゴスロリ気味だったヴァルトがデザインした服の大半は、結局のところティアナの趣味にあまり合致しなかったらしく、その大半がティアナから着用することを拒まれてしまったのであった。どうもティアナ的には可愛い系のデザインよりもシンプルなデザインやシルエットになる服装の方が好みであったらしい。
それでも夜会用や会食用、儀礼の場用などの服についてはヴァルトもティアナに了承させることには成功したのだが、それらは全体のほんの1割にも満たなかった。
「もったいないですねー、これだけ斬新でありながらも魅力的な意匠ばかりなのですのに……」
パラパラとヴァルトが渡したいろいろな衣装デザイン案が描かれた紙をめくりながら、チコリが心底もったいなさそうに言ってチラチラとヴァルトへと視線を向けてくる。視線の意味はわかりやすい。ヴァルトが描いた衣装について、ティアナ用でなくても作っていいかという問いかけなのだろう。ちなみにそれらの衣装の作成に必要そうな裁縫技術については、ヴァルトが知っているものはすべて説明してある。
「……まぁ、ティアナ用にというのでなくても作ってくれていいよ」
ふぅ、とヴァルトがあきらめのため息を吐きながらそう言うと、途端にチコリが瞳をキラキラさせて感極まったかのように手を胸の前で組んだ。
「いいんですかっ!
じゃあこれらの衣装も作っちゃいますねっ!!
あ、どうせならこれらの衣装、数を作って王都で流行らせてみてはいかがでしょうか!?
これだけ素晴らしい意匠なら絶対に王都で大流行すること間違い無しですよ!!
もちろん王都で流行らせる時には、ヴァルト様が考案者だということも広めさせていただきますしっ!」
身を乗り出すようにしながらチコリがそう言ってきたのを、ヴァルトはどうにか押しとどめる。その上で「考案者は内緒にしちゃって。要らない騒動は避けるようにしたいし」と言って、だれが考案者なのかについてなどについては、できる限りごまかすようにと指示をだしておくことにした。
その後はチコリがティアナを採寸する前に、ティアナが違法奴隷商に誘拐されていた銀狼族であること、いまは子爵家で保護しているということ、それらのことを当面は子爵家外には漏れないようにしたいということ、それがチコリに黙っていてほしい「特別な事情」であるということなどを説明する。
ティアナが銀狼族であることにはチコリもかなり驚いた様子ではあったが、そのことが持つ問題の大きさなどについても理解することができたので、秘密を厳守するということを明確にヴァルトおよび子爵家に対して誓ってくれたのであった。
「そういうことでしたら、たしかに慎重になられるのもわかるというものですね。
無論、口外は致しません。それにこれだけ多くの新しい、創作意欲が湧くものもいただけましたのですし」
そう言ってにこにこと微笑んだチコリは、ティアナに視線を向けると、
「さらに加えて、ティアナ嬢という素材の良さも、私の遣り甲斐を刺激してくださいますし!
うふふふ……ヴァルト様でなくとも、たしかに可愛くしてさしあげたくなるというものです!!」
と、ゆーらゆらと身体を左右に揺らしながらわきわきと手の指を宙で妖しく動かす。
「……ヴァルト…………」
ずさっ!と腰を引いたティアナが若干涙目になって助けを求めるようにヴァルトのことを見上げてくる。が、ヴァルトの答えはシンプルであった。
「じゃ、採寸しておいで、ティアナ♪」
* * *
その後、若干の一悶着こそあったものの、特段大きな騒動もなくヴァルトとティアナはチコリの服飾店を後にした。
ティアナはチコリの服飾店で発注したものとは別に見本として掛けられていた服を数着購入し、それらの服を入れた紙袋を抱えるように手にしてヴァルトの後をついてきている。
「ヴァルト、この後はどうするの?」
露店で軽食を購入して食べ歩いたりはしていたものの、ヴァルトがチコリの店を出てからは一向に他の店に入ろうとする様子をみせないのに、目的地があるかのようにどんどんと歩いていくことにティアナが疑問を感じたのか、ヴァルトに対してそう質問を投げかけてきた。
「ん、もう少しこのまま歩くよ。そうすれば目的地にたどり着くから」
ヴァルトがそう答えながら先へ先へと歩いていくと、ティアナは答えを先延ばしにされたことに首を若干だけ傾けさせたものの、すぐに気にしないようにした様子でヴァルトの後について来るのだった。そうして街の中心部から東西方向に延びている露店通りから街の北東に向けて10分ほど歩いたところで、水が流れていく音と共にティアナはヴァルトが街のどういった場所へとティアナを連れてこようとしていたのか、ということを理解することができた。
「街の中なのに、こんなに大きな川が曳かれてるんだ」
わぁ、と驚いたティアナが、瞳をぱちぱちとさせながら最初に発した感想だったが、その言葉がそのまま光景を表していた。
対岸まで馬を走らせても数分では渡り切れそうにないほどの幅を持つ川が街の西側から東へと向かって流れていっているのだ。
「街の近くにシヴィル河っていう大河があってね、この川はそこから曳いてきているんだ。
この川はこのまま東に向かって流れ、街の東門の側にある貯水湖にたどり着くようになっているんだよ」
ヴァルトは川の傍にある丘の上へとティアナを案内し、街の西側の外壁を指さした後、一文字を引くようにまっすぐ川の流れに合わせて東門のある方角へとその指を移動させる。そのヴァルトの指の動きを追ったティアナは、街の東側に町の2~3区画はありそうなほどの大きさの湖があることを理解した。
「この街はこの川を境に北側と南側がだいたい同じような鏡像関係になるように区画構造がつくられてるんだ。さっきまでいた市場と同じ感じの通りが北側にもあるわけだね。ちなみに一番大きな商業区画は、南北の合流点になる街の東側になるよ」
「どうしてそういう構造にしてあるの?」
「自然とそうなったらしいんだ。元々はこの川の先である湖を中心に街が開発されていったんだけど、この国の主要街道……ほら、あの川と直交するように北から南へと通じてる大道とあの橋があったことから、あの橋の北端と南端地点、そしてさっき言った最初の開発地とを結ぶと、ほぼ二等辺三角形になることから、それならば対称的になるように北と南の街を作っていこう、という話になったらしいんだ」
そうしてヴァルトはそのまま、そういった歴史背景から、主に各種ギルドや領主館といったこの街の重要機能施設は街の東側に、そこから南北に分かれながら高級住宅街と商業区画が大道のあたりまで川の両側に配置され、その大道から先の地区は川の北側は学術区画、南側は教導・芸能区画に分かれ、町の西の端側は南北ともに農業地区となっていることを、地面に簡単に図示しながら説明する。
「騎士団の詰め所は北と南の門の近くと、川を南北につないでる橋のそばに分所が設置されてるんだ。そして本拠は知っての通り町の東側の領主館の傍にある。そういう訳だから、もしもティアナが今後、町の中で道に迷ったりしたら、街の東側に向かえば館までたどり着くことができるし、仮に街中で現在位置と方角がわからなくなってしまったりした場合は、とにかくこの川を目指して進んできてから、目的の場所の方向目指して進めばいいよ」
説明の最後にヴァルトがそう言うと、ティアナが若干不機嫌そうに眉を寄せ合わせながら「私、そんな方向音痴じゃないけれど?」と言ってきた。
けれど、ヴァルトはそんなティアナに苦笑しながら言葉を返す。
「普段なら問題ないとはもちろん思うよ。けど、災害や災害級の事態である魔物暴走が起こったりしたら、方角を把握するのも困難になることがあるからね。知識としてはこの街の構造を知っておいてほしいんだ。それに自分では分かっていても、迷子の子や旅人に街のどこかを尋ねられたりした時に、街の構造が分かっていれば口頭で簡単に案内してあげることもできるだろうし」
ヴァルトがそう言うとティアナは納得がいったのか「それなら……」と頷いた。
(それに、ティアナの場合はだれかに狙われて街中で連れ去らわれそうになることがあるかもしれないから、その時に現在地を把握するために……とまで言及するのは言わなくてもいいか。そうならないようにそれについては自分が気を配っておけば防げるだろうし)
「ん? どうしたのヴァルト」
ヴァルトが言葉にせずに飲み込んだのが若干不自然だったのか、ティアナが声をかけてきたが、ヴァルトは「ううん、何でもないよ」と言ってごまかした。




