(27) お出かけ(1)
ティアナがアルシュタイン領で保護されて10日が経過した日、ヴァルトはティアナを連れて町へと繰り出していた。
というのも、ティアナが子爵家でヴァルトたちと共に今後暮らしていく上で必要な身の回りの品々や、ちょっとした小物類などを揃えるにしても、その全てをヴァルトの姉のお下がりというのは何ではあるし、ティアナがけっこう活発な性質があること、個人用の訓練用の衣類などをきちんと揃えた方がいいだろう、とヴァルトが言ったことから、ヴァルトとティアナが一緒に買い物へ行くことになったからである。
また、ヴァルトとしては同時に、町の施設や区割りの説明などをティアナにすることも今回の町への連れ出しの目的としていた。
「ねぇヴァルト、これってやっぱり着けてないとダメなの?」
そう言ってティアナがうっとおしそうに言うのは、彼女の頭を覆う布についてだった。
マンティーラとは、前世で信者数最大を誇っていた一神教の赤子を抱く聖母像なんかがよく頭に被っている、レースやシルクで頭部や肩周辺を覆う被り物のことで、この辺りではあまり使用する者は居ないため、すれ違う人たちから時折物珍しそうに見られてしまう。その視線と耳や髪に慣れない感触があることが、彼女が若干不機嫌になる理由なのだろう。けれど、今回ティアナを連れ出すにあたって銀狼族だと知れないようにと、ティアナを館から連れ出す条件として父や長兄から出されたためにヴァルトが用意した物だ。
「悪いけど、ティアナが銀狼族だってことは、もうしばらくは外には内緒にしないとダメみたいなんだ。
なので、外出時にも言ったけど、それを被って耳を隠しておいてもらうことが町を散策できる条件だからね。気に入らないかもしれないけど、当面は我慢して着けておいてほしい」
「むぅ……なんで内緒にしないとダメなの?」
「ティアナを攫って連行していた者たちが居たでしょ。騎士団が彼らを捕まえて背後を吐かせ、その背後を潰しに動いてるらしいけど、あいつらの仲間がこの近辺に潜んでるかも知れないからね。その対策のためらしいよ」
ヴァルトのその説明に、ティアナが理由がわかったからか少し納得したのか、不承不承そうな様子で若干機嫌を直す。
「ま、もっともティアナの場合は耳が隠れてても、髪も銀色で特徴的な上に、もともとの顔立ちが可愛いし綺麗だから、銀狼族って知られてなくてもそういう奴らから狙われやすいかもしれないけど」
そう言って少し歩いたところで、ヴァルトはそれまですぐそばを歩いていたはずのティアナが数歩後ろで立ち止まり、なにやら身体をぷるぷると震わせていることに気が付いた。
「あれ、どうしたのティアナ?」
「か、かわっ――――っ! んっ、んんっ、んっ!」
ヴァルトが彼女の傍へ戻ってそう声を掛けると、ティアナは何か口走りかけたのを慌てて止めて、そのままヴァルトから視線を逸らすかのように、慌てて顔を横に向けている。そんな彼女の視線が向く先へヴァルトも目を向けると、そこは木材を主体とした指輪やペンダントなどの装飾品を主に取り扱う露店のようだった。
「んー、へぇ、なかなか凝った意匠の物ばかりだね。ティアナはこの店が気になったのかい?」
「えっ、あっ、う、うんっ、そうしよっ」
店頭の商品を見て、そこそこ以上に凝った作品が多いのを確認したヴァルトがそう尋ねると、ティアナがなにやら慌てた様子を少し見せたものの、勢いよくコクコクと頷いていたので、ヴァルトはティアナの手を引くようにしながらその露店へと近づいた。
「おー、木彫りなのに彫りが細かいなぁ」
陳列されている商品を手に取って、ヴァルトがじっくりと観察してみると、ひとつひとつの装飾品が手仕上げで加工されている様子だというのに、割れや反り、曲がりなどといった加工失敗の様子がほとんど見受けられない。それどころか装飾として彫られた細い溝の角については、すべてきちんとやすりがけが為されてトゲが無くつるつるした手触りになるようにと、細やかな加工処理が施されていた。
さらに装飾としてところどころに赤や黄といった原色の色彩が溝に沿って塗られているが、それも派手すぎずワンポイントになるように抑えられているため、品のある装飾となっていた。
「わぁ、綺麗……これなんて小っちゃいのにすごく細かく草花の装飾が彫られてる。すごいね」
ヴァルトに少し遅れて露店の商品を見たティアナも、商品の出来の良さに一目で魅了されたのか、明るい声でそう言って絶賛する。彼女が手に取ってみていたのは、一本の樹をくり抜いて作られた指輪で、一つだけ飾りとしてつけられた青い宝石を花を真上から見た時の中心のイメージで装飾が施されており、さらにその花から伸びた蔦や草が輪になって指輪となっているという意匠で作られていた。
「本当にすごいな。これだけの装飾を彫り込もうと思ったらけっこう大変な作業量になると思うけど、ここにある品は全部同じように細かく作られてて一切の手抜きが見受けられないし」
ヴァルトがそう驚嘆を隠さずに言うと、店主らしき青年がやってきて嬉しそうに声をかけてくる。
「おっ、坊主も嬢ちゃんも若いのに見る目があるなっ。その上、嬉しいこと言ってくれるじゃんか」
麻布でできたシャツを腰のあたりで緑色の布で縛り、短めの髪をこれまた同じ色の布でバンダナ状に覆ったその青年は、言葉通りとても嬉しそうに笑顔を見せていた。
「ここにある作品は全部あなたが?」
ヴァルトがそう尋ねると、青年が二カッと笑い、
「おうよ!一個一個、材料から選定し、俺が丹精込めて作った品ばかりだぜ!!
一つたりとも意匠から色合い、課題としたモノが重ならないように作ってある、世界に一つしかない品ばかりになってるぞ!」
と、自信満々に胸を張って自慢してくる。
けれど、実際に青年が自信をもって言うように、並べられている品々はひとつひとつが独特な意匠で作られていながらも同じものは一つもなく、それでいて全てが優れた芸術性のある作品ばかりであった。
「これだけの品を作るのにはすごく手間がかかっていると思いますが、工房はどちらにあるのですか?」
対外的な必要性から、優れた芸術作品が家に置いてあり普段から見慣れているヴァルトの目からしてみても、優れた作品ばかりである。だが、この町でこれほどの作品を作る工房があるとはヴァルトは残念ながら今まで聞いたことがなかったので、自然とそう尋ねてみると、青年はポリポリと頬を指で掻いて苦笑する。
「あー、工房は持ってねぇんだわ。さっき言ったように材料から選んでつくってってるからな。旅の中で気に入った木や創作刺激を受ける木を見つけては、ちまちまと彫って作ってるんでな」
驚いたヴァルトがさらに話を聞くと、この装飾具作りの青年はディカルトといい、一人で旅をしながら道端の木や石を拾っては加工し、路銀が少なくなるとこうして町や村で露店を開いて作品を売っては、また旅に出るという暮らしをしているとのことであった。
「……すごいですね。町から離れると、獣や魔物、時には山賊などがいるというのに、そんな世界を一人旅して暮らしているのですか」
前世の地球、それも日本のような国と異なり、この世界では旅をすることは危険と隣り合わせである。そのため、人によっては生まれた町から一歩も外に出ずに一生を過ごすという人も決して少なくはない。仮にほかの町や村まで移動する必要があったとしても、商隊と一緒に行動するか、護衛を雇って移動するか、冒険者と呼ばれる者たちのようにパーティーを組んで集団で移動するのが常識である。そうでなければ安心して食事も睡眠も取れなくなってしまうからだ。
さらに身の危険という点を除いても、旅をするには食料や燃料、寝起きするための品々など多くの品が必要になり、それらを持ち運びするのも一人では大変になってしまうのだ。
「ま、最初は大変だったし苦労も多かったけど、慣れたらそう大変でもないからな。
それに他の人と一緒に旅するとなぁ……気に入った樹があっても、それから材料を採る時間を許してくれなかったりして怒られたりするのが嫌だったからなー」
ディカルトはどうやら根っからの芸術家であるらしく、そういった装飾品作りに関する細々とした事柄で他の人と意見が合わなかったり衝突してしまったりすることが多く、そういった面倒くささが嫌で一人で放浪しながら作品を作っているらしかった。




