(26) 地理(周辺諸国)について
「――鉱物資源」
問いを投げかけられてからジッと簡易な地図を眺めていたヴァルトが、ぼそっとそう呟くと、講師役であるアイギスが「おっ」と驚きの声を漏らした。
「鉱物資源がウチの領ではどこで採れるのですか、アイギス兄様?」
ヴァルトが東西の山脈に視線を向けながら、これまでの話にでてこなかったことでそう尋ねてみると、アイギスが口元を緩ませながら答えを返してくれる。
「一応、東の山脈に少量の鉱脈があることは確認されているな。なのでごく稀に、そこから採取してくる冒険者たちもいるが、実際のところは採掘といえるほどの量で得られてるわけじゃない。東の森を通って運んでくるにも、魔物に襲われる危険も高いから、採算を取りづらいってのもある。かといって西側の山脈はといえば、こっちはめぼしい鉱脈がまだ見つかっていない上に切り立った崖が多く、足場にしようにも崩落しやすいってことで無しになった。てなわけで、ウチの領の弱点は鉱物資源の少なさが挙げられる」
「ではやはり、鉱物資源の少なさがウチの領の弱点なのでしょうか?」
ヴァルトがそう問いかけると、アイギスは軽く頷く。
「ある意味でな。ただ、これに関しては一応、他との交易により補填することが可能だ。
そういう点ではたしかにウチの抱える難点ではあるな。ただし、さっきいったように東側の開拓が進めば、それは解決できるかも知れない。なのでウチの抱える難点といえば難点ではあるが、それを回答とするなら60点といったところだな」
そう言われてしまって、ヴァルトはもう一度アイギスが書き込んだ地図を見下ろして考えてみる。
だが、生存に必要な水場や食料、物を作るのに必要な鉱物資源については、これまでの話からすると回答とはならないらしい。念のために尋ねてみるが、シヴァル河の氾濫などについてもそれほど多大な被害をもたらしたことはなく、それも違うとのことであった。
「ヴァルト、次であてられなかったら答え言っちゃうぞー」
アイギスがにやにやとそう言ってくるのが若干腹立たしい。
なので絶対にあててやる!と心に決めて問題としてのヒントであるアルシュタイン領の簡易地図を見据える。
(人が生きる上で必要な衣・食・住のうち、食に関しては問題ない。衣や住に関しても採取や森林資源などで賄えるし鉱物資源も交易で手に入る。エネルギー資源として必要なものも、この世界では魔核が使われ、それ自体は東の森で魔物を狩ることで一応得られてはいるらしいから、その辺もクリアできてるよな。
気候も穏やかで国の北部の方よりもはるかに過ごしやすいって話だったそうだし……ん、国?)
ジッと領内の地図を見つめながら考えているうちに、ふと気がついた。
「アイギス兄様、さきほどの問いかけは、ウチの"領内だけ"に関してで考えるべき問題ですか?」
ヴァルトが地図から顔を上げてアイギスのことを見据えながら、"領内だけ"という部分を強調してそう問いかけると、アイギスが気づいたか!とばかりに破顔する。
「おぉ、よく気付いたなヴァルト!
その問いかけに対する答えは"否"だ!!」
「ということは……ウチが抱えてる難点というのは、"条件が良すぎて他所から見て美味しすぎる土地"ということですね」
にやにやとしているアイギスのことを据えた目で見ながらヴァルトがそう言うと、アイギスがさらに問いかけてくる。
「それは何故だ、ヴァルト?」
「あまりにも美味しい土地となれば、欲しがる者は増えますよね。特に他の領の統治者や他国にとってみれば。
ウチは国の王都からみると国の南部に離れたほうなので、国内ではそこまで強くはないかもしれませんが、これをさらに規模を拡大して国外まで範囲を考えてみれば、この国の南側に接する隣国、エルクディア王国とは近領を1、2個しか挟んでない土地のはずですから。
そういうことから、恵まれすぎているために他所から狙われやすく、他国や他領から狙われたり、戦争が起きたりした際の戦略目標となりやすい、という問題を抱えている、というのが答えです」
ヴァルトが一気にそう答えると、アイギスがサムズアップで「正解!」と告げてくる。
そのため、ヴァルトとしては回答が間違ってなかった、ということよりも、
(あ、この世界でもサムズアップの仕草って肯定の意とかで使われてるんだ)
ということの方に意識が向きかけてしまったのは秘密である。
「ま、そういうことだな。
加えて言えば、さっきヴァルトが言ったように戦略的に見てもウチの領ってのはかなり重要な場所になっている。
南部方面に関して、東西の両山脈を超えて軍事行動を起こすのは厳しいが、その両山脈の切れ間であるウチの南端からなら北上するにしろ南進するにしろ軍を移動させやすい。さらにウチの平原地帯ではその場合、軍を展開し中継基地として活用するにはピッタリな上、さきほどから話してるように水にしろ食料になるものにしろ、各種の資源が豊富だからな。鉱物資源だけはどうにもならんが、それはウチの近領にいくつか鉱山を抱えるところがあったからそちらから運ぶもいいし、そうでなくても他所から持って来ればいいだけだからな」
アイギスはそこまで言うと、肩を軽く竦め、
「ま、現状のところ南のエルクディア王国とウチが所属しているヴォーレンシュタイン王国の仲は一触即発の雰囲気じゃないから、当面、そこまで危惧する必要はないだろうな。それにエルクディア王国と接してる近領には護国の鬼と呼ばれてる将軍の駐屯軍もいる。なので、ウチの抱えている難点とはいえ、そこまで深刻そうな顔しなくてもいいぞ」
と、のんびりとした口調で解説してから、軽く両手を叩き合わせて空気を朗らかにしようとする。
そして別の紙を用意して、今度はヴォーレンシュタイン王国と中心に書いた、縦長の簡易な国の簡略図を書き出した。
「ウチの国は南西部がヴァレン中海とリヴァン山脈に面してて、南部はさっき言ったエルクディア王国と、南南東から東南東に関してはカイバル山脈を境にエルクディア王国の隣国でもあるエルカリウス王国と接している。ちなみにこの両国は元が同じエルクリム国だったのが300年ほど前に王位継承の争いで東西に分裂したってのは前々回の講義で話したよな」
アイギスはそう語りながら、国家の簡略図の周辺にどんどんと書き加えていく。
「で、ヴォーレンシュタイン王国の東側はミルトン皇国だ。さっきのエルクリム国の東西分裂はこの国が仕組んだって言われるほどにエルカリウス王国上層部との関係が深い。んでもって、ウチのヴォーレンシュタイン王国と一番国境線をめぐっての小さな紛争が起きてるのもここだ。ウチの国が戦争することになるとしたら、たぶん現状だとこの国が一番可能性が高いだろう。とはいえ、同時に商業交流が一番盛んなのもこの国となんだよな」
その説明にヴァルトが疑問を憶えて問いかけてみる。
「紛争が多いのに商取引が一番盛んなのですか?」
ヴァルトのその問いに、アイギスは大きく頷く。
「あぁ、そうだ。この両国間の国境線沿いには、鉱山や大きな湖などが多くてな。
その所有権をめぐる両国間での紛争が起きやすい。近年は互いに国境線を下げあって緩衝地帯とすることで紛争を減らしているって兄貴が言ってたが、それでも時折小さな衝突は起きてるそうだ。
一方でヴォーレンシュタイン王国とミルトン皇国は、ともにそこそこ大きな国家な上に商人たちが行き交う大きな通商路もあるからな、商人は海上を通ってきた商品をヴォーレンシュタイン王国の港からミルトン皇国を通って大陸内陸部に売りに、逆に大陸内陸部で作られた品をミルトン王国からヴォーレンシュタイン王国の港を通して輸出したりしてるんだ。なので商取引は盛んだっていうわけだ」
そこまで言うと、アイギスは「通商路」と書いた道を大きく書き込んだ。
「この通商路は王都を通ってさらに国の北西部までつながっている。ヴォーレンシュタイン王国の北西部はジャルヴァント商業都市国家同盟と接してるからな。こちらはヴァレン中海沿岸の都市国家たちが共存共栄のために同盟を組んだ群国家といったところだな。一つ一つの都市国家自体はそれほど脅威ではないが、それゆえ他が倒れたら次は自分たちという意識が強い。他国との戦争時には強力な同盟力と商人同士の繋がりを使って圧力をかけてくる。まぁ、もっとも同盟として動くのは自主防衛のためとなってるので、基本的にヴォーレンシュタイン王国との仲は周辺各国の中では良好な方だ。たまに関税についてのことで揉めることがあるってのは兄貴も言ってたが」
アイギスはそこまで言うと簡略図の北西部に大きくジャルヴァント商業都市国家同盟、と書き込んだ。
「あとは北部から北東部にかけてだが、ここらは険しい山脈があり、その向こう側も大森林地帯になってるとのことで国家らしい国家は存在していないって話だ。どうもその森林地帯には強力な魔獣や魔物が多数生息しているらしい上に、冬は生きるのにも苦労する極寒の地だって話だからな。それに山脈部では竜が棲んでるっていう話だから、あまり干渉しにいかないようにするのが国の基本方針だということだ」
そう言ってアイギスはさらに簡略図に不干渉領域、とヴォーレンシュタイン王国の北側の領域を書きこむ。
「ま、こういったのがウチの領についてと、ウチの領を取り巻く環境についての現状だな。
基本的には現状、国内の近領の領主たちとはそこまで仲は悪くないから、ウチの領に関して外部の影響を考えなきゃいけないとしたら、エルクディア王国との間で戦争が起きないかどうかくらいだ。それもいまのとこ、そこまで危険視しなくていい状況だから、ウチは安泰ってわけだ」
アイギスはそう言ってニカッと笑う。
「周辺国のさらに外部についてはどうなっているのですか?」
ヴァルトがそう尋ねるとアイギスは少し慌てた様子で、「え、えっと……」と宙に目を逸らす。
しばらくして観念したのか、
「あ゛~、うん、そっちはその、次の講義で教える。
まぁ、その、あれだ、ウチは大陸の西部だからな、エルカリウス王国とかの南は群国家地帯になってて、戦争が絶えないらしい。ミルトン皇国のさらに東のほうは、いくつかの国を間に挟んで竜骨山脈っていうデカい山脈が大陸を北から南まで貫くようにあるらしいって話だな。あと、ミルトン皇国の北東のほうにはプロスト聖国っていうなんか変わった宗教国家だかがあるらしい」
宗教国家、という点にヴァルトは意識を向けざるを得ない。もしかするとその国でなら、アスファリアから調べてほしいと言われた神々についての情報が得られるのではないか、と思ったからだ。
「……って話はきいたことがあるが、俺はよく知らん」
だが、残念なことに、アイギスはその国のことについてはあまりよく知らないらしく、そのことを隠さずむしろ胸を張って答えてきた。
「なんでも聞いた話だと、唯一神だとか神王だとかが居て、それが治めてる国らしいがな。あんまり興味湧かなかったんで憶えてないんだわ。
しっかし、まぁ、それにしてもヴァルトはよく答えられたなー。
実は俺の場合はグレウス兄貴が教えてくれてたんだが、ほとんど全部答えられなくて兄貴が思いっきり頭抱えてたんだよなぁ」
あっはっはっと笑うアイギスではあったが、ヴァルトはそんな兄の様子をみながら、その様子を思い浮かべて思わずグレウスへの同情をしてしまったのだった。




