(20) ドナドナ
結局、あの後は、この日の講義は流れることになってしまった。
「これは画期的な発見なのですよ!」と興奮したエスメファルティナが、まるで思いつくままといった様子で、さまざまな魔法について連続発動させる実験を行い始めてしまったからだ。
そして、彼女が実験をするその間、ヴァルトはずっとは実験結果の記録係として強制的に従事させられ続けることになってしまった。
とはいえ、彼女の魔法実験の記録係として従事したことにより、これまではまだ教えてもらえていなかった魔法の術式についても、いろいろと実践形式で知ることができたことは、ヴァルトにとっても得るもののほうが多い価値ある時間ではあったのだが。
そういう意味では実のある時間でもあったのだが、それでもさすがに3時間近く思いつきのように作り出される様々な魔法式について、一つ一つを正確に羊皮紙に羽ペンで急いで記録するという行為は少々気疲れさせられてしまう行為でもあった。
――なお、その間ティアナはというと、ずっと放置状態でひたすら、魔法を行うのに必要な構文の書き取りを延々とさせられ続けていた。
どうにもそういった単調作業はティアナにとって生理的に苦手な作業らしく、エスメファルティナの講義時間から解放された頃には、彼女は疲労しきった状態にまでおいこまれていた。
「おーい、ティアナ……そろそろ食堂につくぞ」
領主館の食堂までぼんやりとしたまま手を引かれてついてきていたきていたティアナにそう声をかけると、彼女の目に少し生気が戻ってくる。
「うぅ、もう同じ術式文を延々と書き続けるのヤダ……」
「まぁ、仕方ないよ。
魔法は魔力で術式文をきちんと記述しないと、正しく発動してくれないんだから」
「……ヴァルトが羨ましかった。
ずっとエスメファルティナ先生といろいろして遊んでたし」
ジト目で見てくるティアナに、ヴァルトは苦笑して否定する。
「遊んでない、遊んでない。まぁ、とりあえず昼食を摂って少し食休みしたら、約束通り練兵場で稽古に付き合うから」
ヴァルトの言葉を聞いて、ティアナが尾をゆらゆらと左右に揺らして機嫌を直す。
「じゃあ、早くお昼を食べよう。そして練兵場へ」
そんなティアナの様子に苦笑しながら、食堂へと足を踏み入れる。
食堂ではちょうど次兄のアイギスが先に来て食事を摂っているところだった。
「お、ヴァルトにティアナちゃん。なんだ、ふたりもこれから食事か?」
食堂に入ってきたヴァルトたちの姿に気づいたアイギスがそう声をかけてきたので、軽く頷いたヴァルトたちは彼の座っている席の向かい側に腰かける。
「ええ、さきほどエスメファルティナ先生の講義が終わったところです」
席に着いたヴァルトがそう言うと、アイギスが何か納得したような顔で苦笑を漏らす。
「なるほど、それでか。やけに爆発音が頻繁に聞こえたりしてたのはそのせいだったんだね。
今日はいったいどんな授業だったんだい?」
「あー……ちょっとエスメファルティナ先生がいろいろと思いついた魔法の実験をしてたので、たぶんそのせいでしょう」
ヴァルトが苦笑しながらそういうと、それを聞いたアイギスが笑う。
「エスメファルティナ先輩、魔法に関してはのめり込むこと多いもんねぇ。
王都の学園でも、兄貴と一緒に居るとき以外は学園の図書室で魔法を調べてるか、魔法の実験室で練習してたってくらいだったし、卒業時には教授陣がうなるほどの魔法関係の論文を18本出したってことで、学生としては歴代最多の卒業論文数ってことで、いまだにその記録は抜かれてないらしいね」
「そういえば、アイギス兄さまは王都の学園ではグレウス兄さまやエスメファルティナ先生の後輩として一緒に過ごした時期があったんでしたっけ」
ヴァルトが言ったところで、メイドがヴァルトとティアナの前に昼食の料理を配膳してくれる。
どうやら今日の昼食のメニューは、黒パンと、ごろっとした根菜類を中心にしたスープ、それに葉野菜の盛り合わせと川魚を焼いたモノのようだった。
「うん、兄貴とエスメファルティナ先輩は俺が学園に入った時はまだ在学してたからね。
二人とも学園ではけっこうな有名人だったし、勉強や人間関係の構築ではあの二人にはすごく助けられたよ」
そう言いながらアイギスが、当時のことを思い出したのか笑みを浮かべる。
「あの二人は学園でも常に成績上位の上、人望も厚かったからね。
エスメファルティナ先輩が国の魔法師団から望まれてたのはヴァルトも知ってると思うけど、実は兄貴もウチの次期領主としてじゃなければって、王宮にかなり強く望まれてたりしたんだよ」
「へぇ、それは初耳ですね。
エスメファルティナ先生のことは聞いてましたが、グレウス兄様までそういう話があったとは」
「実際、兄貴だけじゃなく親父にも説得するようにと打診があったようなんだけどな。けど、親父は兄貴が自由に判断したらいいって何も干渉しなかったんで、兄貴は戻ってくるほうを選んだんだし」
「ふむ。どうしてグレウス兄様は王宮じゃなくこっちに戻ることを選んだんでしょう?」
ふと、そのことが気になったので尋ねてみる。
長閑な田舎であるこの領地よりも、王都でのほうが刺激あるイベントや流行のモノなどが確実にある。
さらに国の上層部から望まれていたのであれば、エリートコースに乗って自分を試すことができたことだろう。
「俺もそのあたりのことを不思議に思って、兄貴が卒業して帰る日に尋ねてみたことがあったんだ。そしたら、その答ってのがさ……」
にやにやとした笑みを浮かべアイギスが語ろうとしたところで、食堂の入り口から冷たい声音で言葉が挟み込まれた。
「たいした理由じゃありませんよ」
「げ、兄貴」
しまった、といった顔でそちらを見たアイギスの言葉にあるように、食堂の入り口にはこめかみのあたりを抑えながら、ジト目でアイギスたちへと視線を向けているグレウスの姿があった。
「そのことについては、だれにも言わなくていいと言っておいたはずでしょう。忘れたのですか?」
つかつかと速足で近づいてきたグレウスは、そう言いながらアイギスの隣の席へと腰を下ろした。
「あ、あはは……け、けど別にとくに悪い理由とかじゃないんだし、別に話しても良いと思うんだけど」
「悪い理由とかではまったくないことでしょうが、知ることで気にしてしまう人がいるかもしれません。
そうである以上、話さなくてもいいことです」
ぴしゃり、とそう言い放ったグレウスの様子を受け、アイギスが「う……」と口ごもってしまう。
「それにアイギス、王宮から誘いがあったのは私たちだけじゃなくあなたもだったはずでしょう。
王都の剣術大会で2年連続優勝したあなたのことを、騎士団が見逃していたはずがありませんからね」
さらに追撃のようにグレウスが言った事実は、これまたヴァルトの知らなかった事実だった。
「へぇ、アイギス兄様、剣術大会で優勝してたのですか」
そう言ってアイギスの顔を見ると、照れているのか頬を赤くしてそっぽを向きだした。
そして剣術大会ということで興味が惹かれたのか、それまで黙々と食べていたティアナが話題に参戦してくる。
「でも昨日の騎士団での稽古、それほど他の人たちより強いって感じじゃなかったですよね。むしろ騎士団長の方が強く見えましたが……?」
それはヴァルトも気になっていた点である。
騎士団の屯所での訓練を見ている限りでは、他の騎士たちよりアイギスの剣の腕前が、そこまで大きく抜き出て高いとは思えなかった。
むしろ模擬戦訓練などでは、苛烈な攻めが得意な騎士団長の攻めが常に他を圧倒しており、アイギスの場合も防戦一方になっていることが多く見受けられる。
「まぁ、そう思ってしまうのは仕方ないことでしょう。
アイギスの剣の場合、本領を発揮することができるのは、攻めよりも防御についてですから」
「グレウス兄様、そうなのですか?」
「ええ。なぜならアイギスの剣は、攻めの剣ではなく護りの剣ですから。そのため、一対一の剣術大会のような場面では、たいてい相手の攻撃をひたすら耐えきり、相手が攻め疲れて隙が生まれた時に打ちのめす手法で勝ち進みました。
一方、騎士団長の場合は剛の剣ですからね。多少の防御はそもそも強引にでも押し切ってしまいます。
さらにアーノルド騎士団長の場合、彼はアイギスの剣の師匠でもありますので、アイギスの癖や手の内のほとんどは知っています。だから、アーノルド騎士団長の方が強く見えてしまうというのは、別に間違いではありません」
そんなグレウスとティアナの会話を聞いて、ヴァルトはいつもの騎士団での訓練試合について思い出してみる。
たしかにアーノルド騎士団長が攻め立て、それをアイギスが弾いたり捌き続けている試合内容がほとんどだ。
さらに付け加えると、騎士団の試合ではアーノルド騎士団長の剣と刃を幾度も交わし続けられる騎士自体、騎士団にはほとんどいなかった。大半の騎士は最初の一撃で防御した剣ごと吹き飛ばされていたし、一撃目を防ぎきったり躱せた騎士も、たいていは一撃目で体勢を崩されたところに、二撃目を撃ち込まれて決着をつけられてしまう。
そういったことを思い出していた間にも、グレウスによるアイギスの腕前に対する言及は続けられていた。
「……なので、アイギスの剣はパッと見では華もないですし、アーノルド騎士団長のような豪快さもない堅実的すぎる剣なのですよ。そのため、どうしても高く評価されにくい部分はあります。ですが一方で、見る人が見れば高く評価される玄人受けする剣だという訳です」
たとえば、王の近衛騎士団長などが高く評価していたことを知っていますよ、とグレウスが付け加えると、そっぽを向いたまま照れで頬どころか顔まで真っ赤に染め上げていたアイギスが、恥ずかしさに堪りかねたらしく、振り向きざまに叫んだ。
「お、俺の剣は兄貴や親父、領地のみんなを護るための剣なんだから、それでいいんだってっ。
それに団長の場合、ありゃヒト族っつーより鬼族じゃないの?って顔や身体つきなんだし、しょうがねぇじゃんっ!……あ゛っ」
そして、叫んだと同時に、アイギスは自身がそっぽを向いていた間に、食堂の入り口からグレウスの傍までやってきていた人物の姿に気がつき、硬直してしまった。
「ほほう……いやはや、ワシが鬼ですかぁ……そういえば、たしかに坊には護りの技はとことん仕込みましたが、攻めの剣はそこまで仕込んでなかったことですし、ここはひとつ、今後はそっちの技も仕込んでさしあげましょう」
にこにこと微笑みながらグレウスの傍で直立したアーノルドがそう言ってはいるのだが、こめかみがひくひくとしてるし目が笑っていないので激怒していることは確実だろう。
子爵領の騎士団内ではけっこう知られていることだが、アーノルドはそのガチムチな鋼の肉体と強面で凶悪な面構えなどの外見のために、子爵領騎士団長という役職にありながら子どもや女性に怖がられてしまい、結婚どころか女性との交際すら未だ一度もないことを悩みにしている。そのため、そのあたりのことを本人に対して言うのは禁句となっていたのだ。
「あ……いや…………その……」
「おお、ちょうど食事も終えられている様子ですし――午後はしっかりと指導して差し上げますよ、アイギス坊」
アーノルドが、言い終わると同時に、むんず、とアイギスの首根っこを掴んで出口へと向かって歩き出す。
引きずられる形となったアイギス兄は、ひーあー!という悲声を残して、そのまま退場することになってしまった。合掌である。
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