(19) エスメファルティナ
「遅いのです。
ヴァルトには、今日は今月教えた全ての魔法の連続発動を課題として与えることにするのです」
講義室に入ったヴァルトたちに、唇を若干尖らせたエスメファルティナが最初に告げた台詞がそれだった。
「本気なのですか?」
「本気なのです」
おもわず彼女の口調を真似て問いかけたヴァルトに対し、こめかみを若干ぴくぴくさせながら、すごく満面の笑顔をしたエスメファルティナが間髪入れずに肯定の意を伝える。
エルフの血が祖母の代から混じっているというエスメファルティナの満面の笑みは、平常時ならその線の細さや整った顔立ち、若干の背の低さなどから愛らしさすら感じられるものなのだが、この時ばかりは愛らしさより彼女の怒りの深さを強く感じさせるものであった。
「ヴァルトくんは、ここ数日、急に制御が上手くなってきたみたいですし、魔法式の構築も早くなったのです。
なので、今度は連続して魔法をどれだけ早く、正確に発動させることができるようになったのかを見てみることにするのです」
そう言ってエスメファルティナが今月に入ってから教えてくれた魔法の一覧を羊皮紙に書き出す。
炎の球体を作り出して撃ち出す<炎弾>や、大気中の水分を圧縮してから圧力をかけて一方向に撃ち出す<水槍>、地面の状態を操作して穴を作り出す<陥没>、風の流れを操り風向きを変更させる<風流>、これら4つが課題として指定された魔法だった。
「ひとまず、それらすべての魔法について5回連続で失敗することなく適切に発動を成功させることが、今日のヴァルトくんの課題なのです。
ティアナちゃん、あなたにはヴァルトくんが課題を達成するまでの間に、昨日一昨日と教えたことを復習してもらうのです」
そう語るエスメファルティナの声と、「わかりました」というティアナの声を聴きながら、ヴァルトは与えられた課題について魔法式の構築を進め始めた。
ひとまず、まずは<炎弾>の魔法を処理しようと考え、ヴァルトは的となるエスメファリアが生み出した土壁に向けて、魔法を発動させるための基本となる魔法円を魔素を魔力に変換して眼前の空間上に構築する。
魔法というものは必ず、この魔法円の内部にその魔法がどのような魔法であるのかを定義し、その魔法円に魔力を注ぎ込んで発動させることで、現実に要望することを反映させる技術である。
数日前までは、属性や効力範囲、威力・形状・大きさ・速さ・終息させるのか拡大させていくのか、どういう順序で展開されていくのか、つぎ込む魔力の量は、継続させる時間はどれだけなのか……等々、多種多様な魔法を発動させるために必要な条件を構築術式文を用いて設定していく。
それら構築術式文を魔法円の内部へと記述し配置させていくのがこれまでは一苦労であり、それをどれだけ早く実施できるのかということが、普通の魔術士にとっての腕と頭の見せ所ではあったが、ヴァルトは覚醒した日以降、女神アスファリアからの加護のおかげかほとんど意識をすることがなく、こんな感じで、と想うだけで自動的に処理されて、ほぼ一瞬のうちに魔法の発動準備が整えられていく。
「えっ、もうできたのです?」
普通なら早くても20秒、遅ければ1分以上はかかる魔法の発動準備を、ヴァルトが2秒とかけずに整えたことにエスメファルティナが驚きの声をあげた。
通常であれば、後はこのまま必要な魔力を魔法円の中に充填させて発動させると、定義された魔法が発動し、その代わりに魔法円が消滅する。
そのため、今回の課題のように何度も繰り返す必要がある場合は、その回数分の作業を繰り返さなければならない。
けれど……ヴァルトは前世のプログラミングの知識から、ふと、
(こういう同じ処理を一定回数繰り返すのなら、この魔法式に|ループ構文《条件を満たすまで同じ処理を繰り返させる命令》を付け加えられたら楽だろうな)
……と考えてしまった。
そして、そう考えたヴァルトの意を受けてアスファリアから受けた加護の力が無意識のうちに発動する。
先ほどの<炎弾>の魔法円の外側に、その魔法円より1周りは大きな魔法円が生み出される。
そして、その新たに生まれた魔法円にヴァルトが知らない構築術式文が勝手に定義されていく。
(え?)
意識してやったわけでなかったため、その光景に思わずヴァルトはあっけにとられてしまう。
その間にアスファリアからの加護がさらに発動し、二重になった魔法円へと、魔力の充填作業を開始していく。
「なっ!? なにをしてるのですかヴァルトくんっ!」
一つの魔法円の外側に別の魔法円を定義するなど、エスメファルティナとしても初めて見た光景であったからか、彼女も驚きのあまり一瞬硬直してしまう。そして硬直が解けた直後、慌てた様子で彼女が制止の声をあげたのは、ヴァルトが生み出した魔法式に魔力が充填し終わり、魔法が発動する瞬間のことだった。
加護により改変された<炎弾>の魔法が発動する。
その結果として発生したのは、本来ならば1つの炎弾を魔法円から撃ち出し、役目を終えた魔法円が消えるという手筈であるというのに、炎弾を撃ちだした魔法円がその場に残り続けそのまま連続して5つの炎弾を撃ちだしてからやっと消滅するという、この瞬間までこの世界に存在していなかった動作で発動した<炎弾>の魔法であった。
しかも、連続して撃ちだされた炎弾の威力・速度・形状・大きさなどが全て同一の物である。
そのことを示すように、的となった土壁には、正確に一点を撃ち抜かれた跡だけが残されていた。
そんな魔法の処理結果に、ヴァルトとエスメファルティナの両者が目を点にして固まってしまう。
なお、これがどれほどの意味をもつのかわからない、魔法を習いたてのティアナは、二人が固まってしまっている理由がわからずにきょとんとした顔でそんな二人のことを眺めていた。
やがて、硬直が解けたエスメファルティナが、その両肩をフルフルと振るわせると、ヴァルトに飛びつくようにして彼の襟元をつかみ取り、
「な……なんなのですか今のは!
連続して<炎弾>を撃ち出すとか、あんな小さな魔法円じゃ容量的に不可能なのです!
仮に可能にしようと思えば構築術式文をさっきの5倍は組み込める大きさの魔法円でやらないと不可能なはずなのですよ!?」
と、ヴァルトの首をがくがくと前後に震わせる勢いで詰問し始める。
とはいえ、ヴァルトにとっても意識して行ったわけではないので、答えには詰まってしまった。
かといって、何もわからないというわけでもないので、エスメファルティナからの尋問から解放されるためにも、現状で彼にとって理解る範囲のことだけを口にしてみる。
「いや、ちょっと思い付きで繰り返しの術式になればなぁって思って、魔法円を魔法円で包み込んでみただけで……」
「魔法を魔法で包み込む!?」
「は、はい。
魔法式って、ほら、引き起こさせる現象がどんなものなのかを定義した現象でしょう?
なので『内容を指定し終えさせた魔法円という現象』を、指定回数その場で反復させるように定義した魔法式で包んで実行、ってさせてみたらどうなるかなー、って思っただけなんですけど……」
それがあの二重の魔法円のうち、外側にできた魔法円とそこに刻んだ魔法式の意味だと、前世のプログラミング知識を基に分析したそれらしいことをヴァルトが言うと、エスメフェルティナが目を大きく見開き硬直した。
そしてどうやらそのまま家庭教師モードから魔法師としての研究者モードに突入してしまったらしい。
「なるほど、それなら……」「けど、そうすれば必要となる魔力量は……」などと一人でブツブツと口ずさみながら検証し始める。
この女性魔法師が時折、魔法に関して新たな閃きや発見、検証事項などを見つけた時に、このような自分だけの世界へと入り込んでしまうことがあることをヴァルトは知っていた。
一方、そんなことを知らないティアナからヴァルトは、エスメフェルティナをそんな風にしてしまったことを責めるかのように、ジト目で見据えられ、
「ヴァルト……どうするのこれ……」
と尋ねられてしまうのだった。
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