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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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果てしなく、その背中には届かない

「具体的に、あなたの誤解ってどんなものがあるの?」


 放課後。

 もうすっかりお決まりになった生徒指導室に今度は四人で不法侵入して、それぞれレモンティーとココア、コーヒーを片手にオセロを楽しんだあと。

 菜月と天ノ目さんの頂上決戦。

 手に汗握る駆け引きの嵐に一色くんと共に胸を熱くして見守って、ついに奇跡の引き分けで握手を交わした両者に、心から拍手と称賛を送った私たち。

 それから、思い出したように言った菜月の、


「そういえば、何しに来てたんだっけ?」

「「「………あっ!」」」


 その一言に、我に返った私たちは何とも間抜けな声を漏らした。


 そんな一連の流れを終えて、ふと尋ねた私の問いかけは、やっぱりというか予想していた返答というか。……聞くまでもなかったというか。


「どんなものがあるのと言われても、それは逆に俺も聞きたいんだが」

「「「……はあ」」」


 ふむと考えた後、キョトンと首を傾げた彼に、私たちは揃ってため息を重ねた。……まったく。バカね、ほんと。


「私は、……菜月以外にそんなに知り合いいないから、あんまり具体的には分からないけど。それでも休み時間とかに聞くあなたへの流言はなかなかのものよ。不良だとか、どこかで喧嘩をしていたとか。この前は、下級生にカツアゲしていたというのも聞いたわね」

「……あはは。大槻さんたちの印象も……まあ、似たようなものです」


 思い出しながら、眉間に皺が寄るその流言を床に視線を逃がして告げると、苦笑いを浮かべた天ノ目さんも似たような表情で言った。


「そうか。まあ、だいたい間違ってないな。誤解と言えば誤解だが、事実と言えば事実だ」


 それを聞いて、一色くんは当たり前みたいに言う。そんな彼に堪らず、


「ちっがうでしょ⁉ 事実かもしれないけど、問題なのはあなたが何故そうしたのかという理由でしょ⁉」

 ――あなたは絶対に、理由もなく人を傷つけたりしないんだから!


 心の中で叫びながら、苛立ちをぶつける勢いで詰め寄った。


「っ! あ、ああ……」

「「………」」


 そんな私に彼は驚いたように目を見開いて、静かに喉を鳴らして答えた。天ノ目さんも菜月も、二人は何も言わなかった。静かに、私たちのやり取りを見守っていた。けど多分、抱いた思いは私と同じで。私と違って、二人はそんな自分勝手な想いを簡単に口には出せないから。()()()()()()()()()私しか、この思いを伝えることはできなかった。


「……てゆうか、噂の内容を今考えるよりも、どうやって誤解を解く場を作るかを考えるべきじゃないかな? 関わりはなかったとはいえ、半年も一緒にいたんだもん。みんな、噂の内容についてもそれなりに疑問を持ってると思うよ?」


 場を整えるように、菜月が言った。いつだってこの子は正解を示してくれる。

 正直、私一人ではまともなアドバイスができている自信なんてなかったから、二人が手伝ってくれて助かった。二人が手伝ってくれるなら、一色くんがクラスに馴染むなんていう今年一番の無理難題もきっと……多分、おそらく……maybe……大丈夫だと思う。

 そう思った。彼の助けになりたいという気持ちと、けれど自分では何の役にも立てていないという事実。

 これが他人と責任を共有することで安心を得ようとする人間の心理なのだと心の奥では分かっていたけれど、それでも彼の助けになれるなら。それはきっと正しいことだと思った。

 だけど、


「そうか。ありがとう、参考にさせてもらう。だからお前は、これ以上は、」


 そこから、言い方を選ぶように数舜考えた彼は――

 ……最も残酷な言葉を口にした。


「――これ以上は関わるな」

「「っ!」」


 ………は? いま、……何を言ったの?


 言葉の意味を疑った。本当に彼の口から出た音なのだと理解するまで数秒かかった。


「ちょっと、あんたっ」


 理解した瞬間、私は怒鳴りつけるように彼に叫んだ。しかし、それを遮ったのは、


「トモちゃん!」

「ッ……菜月……」


 菜月だった。

 まるで始めから分かっていたように、柔らかく頬を緩めた彼女は、その言葉を受け入れた。


「あんた、今、何を言われたかっ」

「分かってるよ。分かってる」

「っっ……」


 正気を疑うように問いかける私に、何でもないみたいに菜月は笑った。


「……悪いな、菜月。もっと早く言うべきだった」

「っ…あんた――ッ!」

「あっはは、そんなこと気にしなくていいのに。……ほんとに、気にしなくていいのに」


 でも、それが薫ちゃんだもんね。

 いつもと何も変わらない調子でそう言って、菜月はお調子者を装って、


「ハーレムだね、薫ちゃん! でも美少女が一人減っちゃった。残念だったね」


 痛ましさすら……覚えない、いつも通りの笑みだった。


「ああ、残念だ。……それでも、俺は――ッ。……いや、何でもない」


 軽口のあと、何かを言いかけて、言うべき資格を持ち合わせていないと気づいた彼は、すぐにそれ以上の言葉を吞み込んだ。

 そんな彼に、やっぱり菜月は微笑んで見せて。その笑顔を見て、この子はきっとその先の言葉を知っているんだと気づいた。


「ふふ、大丈夫だよ。薫ちゃんが自分で選べるようになったら、その時また、答えを聞かせてよ」


 菜月のその一言に、一色くんは「そうか」と短く返した。


「待ってください! そんなのっ、そんなの間違っています! 違います! っごめんなさい……っ‼ 私です! 私じゃないですか⁉」


 部屋から立ち去ろうとする菜月に、席を立って天ノ目さんが叫んだ。私と同じように彼の言葉に驚いた彼女はしばらく何かを考え込むように二人の話を聞いていたけど、彼が何かを言いかけた辺りでハッと何かに気づいて、その表情が青ざめた。


「関わるべきでないのは私です! ごめんなさい! 私がっ……私はっ」


 天ノ目さんのその真に迫る叫びは、初めて聞くものだった。いつも穏やかな彼女のそんな様子を、私は初めて見た。

 だけど、そんな天ノ目さんの言葉に菜月は、


「違うよ、メメちゃん。私がここにいることが、私のわがままだったんだよ。この生徒指導室に入って二人のお節介を焼いたことが、本当は間違いだったんだよ」


 そう言って、静かに首を振って見せた。


「………」


 二人のやりとりを、一色くんは何も言わず、あるいは何も言えず、黙って聞いていた。


「っ……菜月さん」

「ふふ、それにまだだよ。ここからだよ。クラスに打ち解けることが終わりじゃなくて、そこから初めて、始まるんだよ」


「「っ」」


 最後にそう言って、菜月は部屋を出て行った。その言葉に天ノ目さんと二人で声を詰まらせて――

 ……ッ!

 やっと私は、彼の言葉の真意を理解した。


 なぜ一色くんは私に相談したのか。

 天ノ目さんには言えるわけがない。だってそれは彼にとって、「お前のために、クラスに打ち解けようとしている」という気持ちの悪いエゴになってしまうから。

 彼の優しさ(在り方)を知っていれば、彼女に相談できない理由はすぐに分かった。

 そして、

『信じられないかもしれないが、あいつは俺を――』

 菜月の気持ちを知った彼が彼女に相談できない理由も、私は分かっていた。あの時彼の言葉を聞いて、分かったつもりだった。


 甘えていたのかもしれない。

 親友だったから?

 いつも助けてくれるから? 

 強くて優しいことを、知っていたから?


 ……だから、つい失念していた。天ノ目さんだけではなく、いやむしろそれ以上に、菜月に手伝ってもらうこと自体が、何よりも残酷な頼みであるのだと。彼女の気持ちを踏みにじった、その優しさを利用した、彼が決して許さない―――甘えであるのだと。


 だから彼は一度も、それについて菜月とだけは話さなかった。

 名前を覚えた時も誤解を解いた方がいいと気づいたときも、菜月から提案されることはあっても、軽口や冗談以外で、彼が菜月と話すことはなかった。

 オセロで誤魔化して、私をからかって。

 二人の会話だけが、本題ではなかった。


 言えるわけがない。

 頼めるわけがない。

『天ノ目さんの傍にいるために、クラスメイトと打ち解けたい』

 なんて。

『そのために手伝ってくれ』

 なんて。

 口が裂けても、言えるわけない。


 ッ――ああ、やっぱり……


 呆れてしまうほどに優しい彼も。それを分かったうえで、この場で冗談を言って笑っていた彼女も。

 どこまで行ってもその背中は果てしなく。

 表面を取り繕っただけの偽物なんかでは、決して届かないほどに。

 知れば知るほど、手を伸ばせば伸ばすほど、届かないという事実ばかりが分かってしまって。どこまでも、遠い存在(ヒト)なのだということが分かってしまって。

 そんな二人を見ていると、自分の弱さをつくづく思い知らされて。優しくなれない自分の未熟さを、嫌って程に理解して。そしてたまに、こういう時、挫けそうになって。

 っ……それでも、私はどうしても一緒にいたいと思うから。

 二人のことが大好きだから。

 だから願わせてほしい。願うくらいは、許してほしい。

 優しくも強くもなれない、不器用でポンコツな私だけど。二人に助けられた数なら、誰にも負けない自信がある。憧れの深さも、愛の重さも、菜月の言う通り私は相当ヘビーな自信がある。……誰よりも、二人が大好きな自信がある。だから、


 いつか二人に並び立てる日が来ることを、遠い背中にそっと願った。



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