結末はいつも、ハッピーエンドでは終わらない
光あるところに影あり。
怒りも悲しみも、日常に潜む石ころと同じ。日々の生活に当たり前のように寄り添っていて、まるでオセロの表裏みたいに、喜びや幸せの裏側にいつもそれは潜んでいる。
それでも、白が優勢の時もあれば黒が優勢の時もある。
いつだって幸せだけの人はいないし、悲しみだけの人もいない。
だってオセロは表裏一体でないとゲームにならないのだから。それならいっそ囲碁をやるべきだ。
だからきっと、この悲しみも終わると思っていた。あの幸せが終わってしまうなんて、想像もしていなかったくせに。
オセロは白も黒も表裏一体。幸せがあれば悲しみもあり、喜びがあれば不幸も続く。矛盾があるからこそ人生なのだ。
だからきっと、幸せを失って黒に染まったこの世界は囲碁石なのだろう。
*
話し合いの場を設けるための根回しにはすごく苦労したけど、話してしまえば予想よりはるかに簡単に、彼はクラスに受け入れられた。本当に、来年までかかるんじゃないかと思っていたから。……いえ、まあ、元が元だっただけにね? 正当な予想だったと思うわ。
決して菜月に頼れない私たちは、それはもう本当に、……本当に苦労したけど。それでも勇気を振り絞って朝のホームルームで彼と一緒に席を立って誠心誠意お願いしたら、みんな驚いていたけれど、お昼休みにはクラスのほとんどの人が教室に残ってくれていた。
「菜月、天ノ目。……クリスマス、家でパーティーやらないか?」
『っ⁉』
昼休みの教室。爆発する校舎。……比喩よ?
彼の衝撃の一言に校舎に響き渡ったクラスメイトたちの絶叫を聞きながら、彼らと共に叫びながら、そっと思った。
恩返しができると思って「助けさせて」と言ったけど、結局助けてもらったときと変わらない、抱いた思いは「ありがとう」ばかりで。
助けることも助けられることも、実はあんまり変わらないのかも知れない。
そんなことを思いつつ、緩む頬を引き締めながら。
変わり始めた日常に、祝いの季節を予感した。
*
――クリスマスだった。
毎年うちでは家族みんなでお祝いをしていた。
今年も、その予定だった。
高校生にもなって家族でクリスマスを過ごす。周囲の同級生たちの価値観を知るとちょっと気恥ずかしいけど、それでも私は楽しみにしていた。だって私、ケーキ好きだから。ちなみに苺は最後に食べる派。前に菜月と口論になって、何とか情熱で押し切った。論破よ論破。……まあ、そのとき菜月には、
「トモちゃんのは論破じゃなくてロンパだよ……」
と、珍しく呆れられていたけど。それでもロンパはロンパよ。はいロンパ。
お母さんに頼まれて、ケーキを買いに行った時だった。
人気の……ではなく、あんまり並んでいる人のいない、小さなケーキ屋さん。私、人ごみとか行列とか苦手だから。それに人気がないからって美味しくないわけじゃないし。正直……味とかそんなに分からないし。甘ければ大体美味しい。
イルミネーションで彩られた雪景色の中、そんなことを考えながら立ち寄った国道沿いの小さなケーキ屋さん。
「メリークリスマース。クリスマスケーキ売ってまーす」
バイトの人だろうか。大学生くらいの、クリスマス帽子を被ったお姉さんがマニュアル通りに呼びかけている。
「ホールケーキを一つ。……この大きいので」
「ショートケーキのやつですねえ。少々お待ちください」
つい欲望に流されて大きいやつにしてしまった。そういえば、お母さんがチキンダックを買って帰るといっていたけど……。まあ、お父さんに頑張ってもらいましょう。……この前、健康診断結果を見てお母さんが顔を引きつらせていたけど。っ……まあ、お祝いだし偶にはいいわよね? お小遣いが減らされちゃったらごめんなさい。
そんなことを考えながら待っていると、またお姉さんに声をかけられて、私は彼女からケーキの箱を受け取った。
使われているのはスポンジケーキとフルーツ、それからクリームくらいなのに、手渡されて両手に持ったケーキの箱は思っていたよりも重たく感じた。受け取る時にお姉さんが「一応保冷剤をお付けしておきますね~」と言っていたので、そのためかもしれない。
まあ、その気遣いはありがたいのだけれど。
クリスマス当日の今日は幸か不幸か今年一番の寒波が到来し、午後を過ぎたあたりから雪がちらついていて、午後十九時を回った今、辺りはまさにホワイトクリスマス。
空を見上げ、真っ暗な闇の中から次々と舞い落ちて来る白い結晶がイルミネーションの光に当てられて、赤や青、黄色や緑色など、様々な色を得てはやがて落ち。それが下に積もって白道となって、視界が白に覆われた景色の中、柔らかな光が街を彩るその景色は凄く神秘的で。
まさに聖なるという言葉に偽りない、美しい夜だった。……うん。すっごく綺麗だった。だけど、その分すっごく寒い。
あいにく家を出るときに手袋をしてくるのを忘れてしまったため、……いえ、まあ玄関でお母さんに「手袋していきなさい」って言われたのに取りに戻るのを面倒がってそのまま出てきてしまった気もしなくはないけど。……まあ、そういうわけで。
ただでさえ外気が寒くて、悴んでいた手を必死に両手でこすったり真っ白な息を吹きかけたりして融かしていたのに、手に持った保冷材の入ったケーキの箱はそれ以上に冷たく、母譲りの冷え性体質の私は軽く涙目だった。……ほんと、寒いのは苦手だわ。まあ、暑いのもそれはそれで苦手だけど。すぐ夏バテしちゃうし。エアコンないともう生きていけない。……きっと私は野生では生きていけないわね。
悪化する地球環境と退化する環境への適応能力に、プレゼントの前に失くしたものを取り戻す方が先じゃないかしら? クーリングオフを要求するために、今年のクリスマスはサンタの連絡先をお願いしようかしら。などと、どうでもいい突飛な思考で寒さを紛らわせつつ、それでもせっかく外に出たのだから、すぐに帰ってしまうのは何だかもったいないような気がして。
帰路の途中。歩道の隅に立ち止まって、まるで知らない街みたいな装いの、住み慣れたこの街の景色を眺めた。
それから少しの時間夜空を見上げて、その中のどれか一つ、落ち行く白埃(雪)の行く末をいくつか見守った後。
ふと我に返った私は、我ながらバカなことしていると気づいて、最後、目に留まった一つが誰かの足跡で雪が解け、その部分だけが剥き出しとなったタイルの地面に落ち、地面に染みを作るでもなく溶け消えた姿を眺めたあと。胸に抱いた妙な寂しさに似た感情に自嘲して、可笑しな感情をリセットした。
気を取り直すようにハアと息を吐いて、漏れ出た白い吐息が夜の街に消えるのを合図に思考を冷まし、現実に戻る。
……つい、いつもと違う雰囲気に浮かれてしまったわね。
そんな自嘲とともに気恥ずかしさを誤魔化しながら、誰にともなく言い聞かせるように、心の中で呟いてみる。
ロマンチストはここまで。お母さんたちがケーキを楽しみに待ってるし、早く帰らないと。
そう思いなおして、そのまま寒いし早く家に帰ろうと歩道を見回したとき、ふと黒髪の男性が目に入った。
一月ほど前から髪色を戻した彼に、ずっと赤い髪の彼を見てきた私としては違和感があったけど、最近はその違和感も薄れて来て、外で私服姿の彼にも気づけた。気づくことが出来てしまった。
「あら、一色くんじゃない?」
やっぱりまだ、さっきまでの不思議な高揚感は抜けていなかったようで。
聖夜の夜。彼に出会えた偶然に高鳴る胸に喜びを覚えて、思わず二ヤけてしまう頬を手の甲をつねって引き締めながら、精一杯平静ぶって声をかけた。
この一言が、盤上を真っ黒に変える悲しみへの一手だとも知らずに。
『……ま、もしもの時は――』
『ちょっと大丈夫!――』
『もううんざりなのよ!――』
『あなたのいない世界で、どうやってあの子たちは――』
『――一色くん!』
この時、声をかけなければ――……
私は生涯、この一言を悔やんだ。




