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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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もしも救いがあるのなら

「古谷……」


 先生の揺れる瞳と震える声が、悲しみに染まるその心と重なった。


「お久しぶりです、先生。……こんなところで会うなんて、驚きました」

「っ……あ、ああ。私も驚いた」


 お互いにさっと視線を逸らして、言葉を選びながら間を埋めた。

 私が何故この場所にいるのか、先生は聞かなかった。

 先生が何故この場所にいるのか、私は聞かなかった。


 ついさっき、私が声をかけなければ。


 そんな最悪な想像と極めて現実的なif(もしも)の世界なんて、考えたくもなかった。


「お元気そうで何よりです。少し……やつれましたね」


 久しぶりに会う恩師との会話。数分前までの記憶を遠ざけて、冗談交じりにそれを装った。


「……問題児が多くてな。まあ、君たちの時ほどではないよ」


 一瞬の間の後、先生も私の意図を察して、柔らかく冗談を返してくれた。


「年は取りたくないものですね」


 微笑(びしょう)とともに皮肉交じりに言うと、今度はふっと微笑んで、


「言うようになったじゃないか。重ねた年の数だけ、人は深みが増すのさ。分かるかい、小娘?」

「っ…んん……さすが先生。相変わらずキレキレですね」


 先生が担任だった時から、少しだけこの人は私に似ていると思っていた。

 先生は大人で、カッコ良くて、私なんかとは比べようもなく立派な人だけど。

 ちょっとひねくれてるところとか、皮肉を交えて話すところとか、そういうところが私と似ていて。だから昔から、勝手にだけれど、親近感みたいなものを抱いていた。

 それでもやっぱり先生には敵わない。そんな称賛と少し悔しさをにじませた私の言葉に、先生は穏やかに首を振った。


「いいや、……薄っぺらい人間だよ、私は」

「――ッ!」


 穏やかな声で告げた先生の言葉に、それが先生の純粋な、本心なのだと思った。この人はもうすべてを手放そうとしているのだと、手放さなければ壊れてしまうほどに、絶望の淵に立たされているのだと。言葉の端々から伝わってくる。

 やっぱり、この人は私に似ている。

 この人が否定しているのはすべてなのだ。

 先生自身だけでなく。理不尽で、残酷で、悲しみばかりの、何も救われないこの世界を。

 彼を失ったこの世界を。

 彼を失っても当たり前のように続いていく、耐えがたい痛みを。

 彼のいない、この世界(現実)を。

 この人はずっと否定している。否定したくて、否定できなくて、そしてついに耐えられなくなって、否定してしまった。

 先生の気持ちが、痛いほど分かった。

 私も彼を失ったあの日から、ずっとそれと戦ってきたから。菜月や天ノ目さんも、みんな戦い続けていることを、知っているから。


「こんな大人に、なりたくなかった」

「っ、先生……」

「! ……いや、すまない。……すまないっ」

「ッ……」


 何と声をかければ、私はこの人を救えるのだろう?

 あなたは立派な人だと、尊敬できる大人だと、本心を伝えたところで、きっと意味なんてないのだと分かっていた。

 私たちが否定したいのは自分なんかじゃなくて。自分なんて本当はもう、どうでもよくて。

 私たちが本当に否定したいのは、()()()()()()()そのものなのだから。この世界、そのものなのだから。

 この世界は悲しみばかりで、本当に優しい人ほど、正しい人ほど傷つき続ける。正直者ほど馬鹿を見る。

 私たちが生きる世界はそんな理不尽に溢れていて、残酷で、本物(救い)なんてないのだと。()()()()を失ったのだと。

 そんなこと、認めたくなくて。

 認めてしまったら、もう生きる理由がなくなってしまうから。

 だから先生は、()は、必死に罰を探したのだ。

 彼の死が自分のせいなのだと罪を背負うことで、世界に希望はあるのだと思いたかった。

 自分を責め続けなければ、もう――


 私は誰よりも、先生(この人)の気持ちが分かった。

 同じく罪を背負うことで生きる意味を見出そうとした私たちは、けれど一つだけ違う部分があって。

 先生は大人で、誰にもその心の内をさらけ出せず、寄りかかる術を持たなかった。

 私は子供で、何も持たない半人前だけど、私には菜月がいた。天ノ目さんや桃華さんがいた。寄り添える、相手がいた。


『――だったら、責任を取ってよ』


 そう思った時、ふいに菜月の言葉を思い出した。私を苦しみから救ってくれた、ヒーローの言葉だった。

 ああ、そうか。

 私に誰かを救えるなんて、そう思うことそのものが間違いだった。だって彼は一度だって、そんな傲慢な思考を認めたりしなかったから。

 似た者同士の私では、先生をその悲しみから救うことはできない。同じ悲しみを背負う私には、それを取り払うことも、代わりに引き受けることも、何もできない。

 だから、

 私がどうするかではなく、彼なら、菜月なら、()()()()()()()()私なら、どうするのかを考えるべきだった。

 私と同じくらい不器用で、それなのにどこまでも優しい彼なら。

 ずっと一緒にいてくれた親友で、ずっと助けてくれた、強くて優しい彼女なら。

 そんな二人に憧れて、いつか並べる人になりたいと願い続けた私なら――……

 私ならきっと、


「実は私、菜月や天ノ目さんの他に友達いなくて。強がっているけど、本当はちょっと寂しく思っていたんです」

「……え?」


 脈絡もなく言った私に、驚いて先生は目を見開いていた。何だか、そういう困った時の反応がどこか彼に似ていて。思わず頬が緩んでしまう。

 首を傾げる先生に、歩道橋の上。

 ゆっくりと目を覚まし始めた朝日の下で、私は抱きしめるように言った。


「よければ未熟者同士、友人候補から始めてみませんか?」


 餅は餅屋に。

 一人じゃ何にも出来ない私は、人一倍、助けてもらい方を知っている。

 彼には言えなかった一言を、今度は勇気を出して、言葉にすることができた。


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