人一倍、古谷友美はポンコツである(2)
「じゃあ、今度は俺の番だな。ええとそれじゃあ……ここにしとくか。白白白……四枚だから、四人分だ」
生徒指導室でオセロをひっくり返しながら、向かいに座る一色くんがこっそりクラスの教卓からくすねて来た席順が書かれたA4用紙を私に見えないように片手に持って、言う。
「うぐっ。ええと……田中……さとし? それから……中谷……太郎?」
「おい、一人目から間違えてるぞ。田中雄介、修学旅行のとき班員になってくれた奴だ。それから中谷喜一、こいつも班員だったはずだぞ。困ったらとりあえず太郎っていうの、思ってるより正答率低いから気を付けろ」
テスト問題のコツや対策を教えてくれる先生みたいに、プリント片手に言う一色くん。何だか補習を受けている生徒の気分だ。
「っ……に、ニアミスね。いやあ、惜しかったわ。でも名字は二人ともあっていたわけだから、実質一人分は正解よね?」
「……そうか。ならあと三人分だな。頑張ってくれ」
悔し紛れに誤魔化すように言った私に、彼は呆れたようにため息を吐いて言う。
「っっ……っ」
心外だわ。とても、とてつもなく心外なのに、何も言い返せない。悔しい!
ムキーっと心の中で真っ赤な顔をしたお猿さんをイメージしていると、ふと天啓が下ったように妙案が浮かんだ。心の中のお猿さんもポンと平手と拳を合わせて膝を打っている。
「ふ、ふふーん、いいわよ。三人分ね? ええと……」
そして私は、
「まず杉原菜月、そして天ノ目……紗月? そ、それから一色……か、かおる……///」
得意げに言いながら彼の名前を呼ぼうとして妙な気恥ずかしさに襲われ、ついプイと視線を逸らしてもにょもにょと縮こまって言ってしまった。
そんな私の冴えわたる回答に、やっぱり彼は呆れたように肩をすくめさせ、
「ルール的にはセーフだけど、もともと知っている奴を言って何になるんだ?」
「あっ……」
その一言に何とも間抜けな声が漏れ、心の中のお猿さんはその真っ赤な顔を両手で覆った。
クラスメイト・オセロ
これは対コミュ障用に開発された遊戯であり、その威力は計り知れない。
……と、何となく彼の軽口を真似て適当な紹介をしてみるけど、要するに普通のオセロだ。石をひっくり返しされた分だけ、事前に暗記しておいたクラスメイトの名前を氏名共に正確に言わなければならない。
何故オセロなのかというと、ただ単調に単語(※クラスメイトの名前)を暗記していくのもつまらないので、先日言っていたオセロで、ゲーム感覚で楽しみながら覚えるのはどうかしら? という、私の名案に彼が同意してくれたのだ。いえ、確かにちょっと彼とオセロをしたかったといのもあるけど。菜月以外の人とやったことないし。
ただ、私が提案したことなのだけど……
「……というか、頼んでいる立場で何だが、なんで俺よりお前の方が名前覚えられないんだよ。そもそもオセロも弱いし。お前……何ができるんだ?」
三戦三敗。
あまりにも負け続け、しかも一向に名前を覚えられない私に、呆れた……というのをもう既に何段か通り越して、心配そうな目で労わるように言われる。
「っ! こ、今度こそ勝つわよ! というかあんたが強いのよ! 菜月とやった時はハンデをもらえばいい勝負だったんだから!」
涙目になって、「そんな目で見ないで!」と詰め寄る。正直、自分でもちょっと驚いている。
「ちなみに、それはどんなハンデをもらったんだ?」
最後の希望を見せてくれという、祈りに近い眼差しだった。
「そうね。……その、私の番の時だけ二回打たせてもらえる……みたいな?」
「よし古谷、お前はもう菜月に養ってもらえ」
「ちょっと‼ 勝手に人の将来決めないでよ! 何か私でも出来ることがあるかもしれないじゃない⁉」
菜月と対戦するときの手加減内容を聞いて即決した一色くんに、「お願いだからあきらめないで!」と縋りつく。
「大丈夫だ。あいつだったらきっと愛犬みたいに可愛がってくれる。三食飯付き、菜月付きだぞ」
「それもう社会復帰、諦めてるじゃない⁉ 見捨てないでよ! 一緒にクラスに打ち解けようって言ってよ‼」
その提案にちょっといいかも。むしろ最高の未来予想図なんじゃないかしら? なんて思い始めて、いやいやダメだダメだと首を振りくって言った私に、
「なんというか……。ここまで不器用でポンコツだと、それはそれである意味魅力的に映るから不思議だな。ポンコツ……愚か……愚か可愛い――」
そして彼は閃いた、とばかりに人差し指を顔の前に立てて、
「愚可愛いってやつか!」
「愚かしいのはあんたもよ!」
一色薫の生態、その八。
基本的に嘘はつけない。誰かの為ならどんな嘘でも突き通すけど、こういう時は大体本心だ。思ったことをそのまま軽口として口にする。
………。
万が一の時は菜月に嫁入りしようと、私はそっと決意した。




