一色薫の生態(2)
「お茶とコーヒー、どっちがいい? ココアもあるぞ? あ、悪い。レモンティーはちょっと売り切れだ。この前、先生に淹れたのが最後だったみたいだな」
「あんた……。どんだけ馴染んでるのよ」
生徒指導室。鍵が閉まっていたドアを慣れた様子で、何故か鍵が開いていた窓から手を差し込んで開けた彼は、これまた慣れた様子でてきぱきと本当にお茶の用意を始める。
そんな彼の様子を見て、ここってこの学校の生徒指導室よね? 不良も恐れる学校の治安維持施設よね? 喫茶店じゃないわよね? ……と、この訳の分からない光景に戸惑いながら、私は悪態突きながら「……ココアをお願い」とボソリと告げた。その三択ならお茶かココアしかない。私、苦いのも苦手で、そもそもコーヒーとか飲めないから。あと甘いものが好き。……悪いかしら?
「了解。言っておくが、これは一応不法侵入だからな? この前、反省文を書いたときにこっそりそこの窓の鍵を開けておいたからこうして入れているが、お前ひとりの時はやめておけ」
「言われなくてもやらないし、そもそもあんたみたいな頻度で生徒指導室に通い詰めるような生徒は、あんた以外にいないわよ。……ありがと」
とても不本意な注意を受けたので、心外だと眉をひそめて言いながら、彼の差し差すインスタントココアの紙コップをもらう。紙コップだからちょっと熱くて、こぼしてしまいそうになってしまった。
「そうか。まあ、ここは不定期に開店する俺と先生の喫茶店みたいなもんだから、暇なときはいつでも来るといい。その時はレモンティーも用意しておく」
それはそれでどうなの……。というか、その開店日ってあんたが反省文書いてるときでしょ? 普通は書かないように努力するべきじゃないかしら?
……と、当たり前みたいな顔でペラペラと軽口を宣う彼にしかめ面して、猫舌をココアでやられながら心中でツッコミを入れてみるけれど、その反省文の内容についてどこまでが理不尽でない内容なのかと考えると、ズキリと胸が痛んだ。
一色薫の生態、その四。
彼の行動は大体誰にも伝わらない。理解されない。そしていつも誤解され、彼は何かの咎を負う。そしてその罰を与える相手は被害者でも先生でもなく、他の誰でもない彼自身だ。
誰もが知っている絶対の正しさという基準でもって、弱い自分を裁き続ける。終わりなく、傷つき続ける。
「っ……そう。だったら、その時はそこにあるオセロでもしましょうか? こう見えて私、手加減してもらえば菜月にだって勝てるんだから」
胸の痛みと、彼を傷つける社会の理不尽への行く当てのない、けれども湧き上がって来る怒りをココアの甘ったるさと共に飲み込んで、彼の望む軽口を返す。
一色薫の生態、その五。
大体いつも軽口を言う。そしてちょっと口が悪い。というか言い方が凄くテキトー。雑。ぶっきらぼう。だからいつも誤解されるのよ! 不器用すぎるでしょ! 人のこと言えないけど⁉ ……ごめんなさい。ちょっと感情が溢れちゃって。半分くらい……いえ、七割がた私も人のこと言えないってことは分かってる。でも、それでも彼はよっぽどだと思うわ! ねえ⁉
「いや、手加減してもらえばそりゃ誰でも勝てるんじゃ……いや、相手は菜月か。それならたしかに凄いな。あいつのおかげで俺は桃華の対戦相手をクビになった」
感心したように言っていた彼の表情がしゅんと悲し気なものになった。
「シビアな世界ね……」
一色薫の生態、その一。
彼の一番はどんなときでも変わらない。桃華さんのためだけに生きている。
この人はどんな理不尽な嘲笑も罵倒も軽蔑も今みたいに軽口を叩いて受け入れてしまうけど、妹の桃華さんのことに関してだけは悲しがったり悔しがったり、まるで普通の人みたいに感情を表に出す。……いえ、なんかこの言い方だとちょっとあれだけど。ほら、この人はアレだから……アレ。あと、普通というには少し過剰かもしれない。普通の人はそもそもこんなにシスコンじゃない。……ほんと、めんどくさいわね。
「ほ、ほら、私が相手をしてあげるわよ。私も友達いないし、菜月とだといつも手加減させてしまって悪いし」
その普段の彼とのギャップに戸惑いつつ母性のようなものがくすぐられ、私は励ますように言った。
すると、彼はそんな私の言葉に何故か「ああ、やっぱりか」と納得したように頷いて、
「やっぱりお前、菜月以外に友達いなかったんだな」
「そっちじゃないでしょ⁉ てゆうか、今はそんなことどうでもいいでしょ!」
何度も言っているけど、私は菜月がいるからボッチじゃない。友達はいないけど親友はいるし、そもそも友人というのは沢山いればいいというのではなく、本当に心から大切な人が一人でもいればそれでいい。私には一生の親友がいるので、だから私はボッチじゃない! てゆうか、べつにボッチでもいいじゃない!
せっかく励ましてあげようとした私の想いに仇で返した彼に憤って言いながら、でも実はちょっと、いつも菜月と話す時のようなこの雰囲気を心地よくも感じていた。
そんな私に、しかし彼は、今度は軽口を返すことなく、
「……そうか。まあ何となく分かってはいたが。お前、やっぱりボッチだったのか」
「うっさい……っ‼」
困ったように眉根を下げて慈しむように言った彼に机に身を乗り出して抗議しながら、ちょっとだけ自分でも認めてしまいそうになった。




