一色薫の生態(1)
「古谷」
修学旅行が終わって数週間が経ったある日。
廊下で一色くんに声をかけられた。
「珍しいわね、あなたが私に話しかけて来るなんて。何か用かしら?」
……いえ、わざとこんな態度をとっているというわけではないのよ? ただ、昔からこういう言い方しかできなくて。……嫌われたくないのに。
「ああ、……いや、ちょっと」
彼自身も自分の意外な行動に思うところがあるのか、戸惑ったように、ポリポリ照れくささを誤魔化すように頬をかいて、視線をさまよわせる。良かった。私も大概な自信はあるけど、彼も相当よね。というか、彼を見ているとちょっとだけ冷静に自分を見つめられるから、どちらかというと彼の方が大概なのではないかしら? ……ねえ?
「そういえば、最近なんだか菜月の元気がないような気がするんだけど、何か聞いてないかしら? まあ、気のせいだとは思うんだど」
菜月や天ノ目さんといるときはよく話すけど、こうしていざ二人きりになるとあまり話題がない。私たちの共通の話題と言えば必然的に限られて、そしてその中で最も共通する友人である菜月の話題を振ってみた。
お昼休みの廊下は食堂に向かう生徒や友人達と談笑を楽しむ生徒、その他……まあ、私は菜月以外に友達いないから、それ以外のバリエーションはちょっと分からないけど。廊下は人が多く、元が小声な私たちはちょっと声を張って話さないと聞き取れない。
「っ……そうか」
「?」
何気ない私の問いかけに、一瞬、彼は声を詰まらせ、そっとその視線をリノリウムの床に逃がした。最近になって分かって来たことだけど、彼は大体困ったら「そうか」と言って目を逸らす。菜月から入手した一色薫の生態、その三だ。……あらためて考えると何それ?
しばらく、お互いの間に静寂が続く。周囲が賑やかしいだけに、よりこの空間だけが薄寒く感じる。
しばらくして、菜月以外の人とあまり話したことのない私がどうやって会話を引き出そうかと必死になって思考を巡らせていると、意を決したように彼は言った。
「あー……、少し時間あるか?」
これだけ待って言った言葉がそれという何ともバカみたいな……まあ、私も大差ないどころか、私ならそもそも人に話しかけたりしないけど。
場所を代えて話がしたいという意味合いを含んで、「ここ、うるさいから」と一言言って彼が指差したのは廊下の隅の――生徒指導室。 ……何故? いえ、彼がよくあそこに出入りしているのは知っていたから、たぶん常連みたいになっているんだと思うけど。
……まあ、そんなことはどうでもいいわね。一色くんの頼みなら、私は婚姻届けにだって名前を書けるもの。唯一、菜月をくださいと言われればたとえ彼とて血で血を洗う壮絶な戦いを繰り広げることになるけれど。
こういう誘いをするのは彼も慣れていないのか、彼の表情には若干の不安の色があって。困ったように眉を寄せるそんな姿を見ていると、やっぱりちょっと親近感のようなものが湧いてきて。
「ふふ、お茶の誘いにしては減点ものね」
皮肉を返しつつ頷いて承諾の返答をしながら、何故か緩んでしまう頬が自分でも可笑しかった。




