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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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彼女から見た修学旅行 古谷友美(3)

 優しいのに残酷という矛盾した表現がここまでしっくりくる人を、私は初めて見た。


 二日目の友禅染体験も伏見稲荷大社も凄く楽しかった。

 始めはぎこちなかった彼との距離も、ずっと縮まった気がした。

 彼は思っていた通り凄く優しい人で、そして思っていたよりもずっと親しみやすい人だった。言葉遣いや態度は相変わらずぶっきらぼうだけど、ふざけて冗談を言っているときも真剣な話をしているときも、その言葉の裏にはいつも気遣いがあって。幼馴染だからか、そういうところが菜月に少し似ていて。だから私も、彼の前では菜月と話しているときみたいに素の自分でいられた。

 何を言っても受け入れてくれて、照れて強がってしまった時も変に気を遣って休憩を言い出せなかった時も、何も言わなくても彼はすぐに察してくれた。当たり前みたいに助けてくれた。

 知れば知るほど、関われば関わるほど、見ようとすれば見ようとするほど、どこまでも本物なのだと突きつけられた。驚くほど不器用なのに、そのすべての行動に理由があった。誰かの為という、いつも変わらない理由があった。

 凄く、カッコいいと思った。だって彼は何も求めないから。それを当たり前みたいにやってのけるから。自分が損をしていることなんて何も考えないで、いつも『悪いな』と謝って、『大丈夫か?』と心配してくれるから。本物って、こういうことを言うのだと思うから。

 だから私はこんな人になりたいと思った。

 不器用でも口下手でも、平凡でも。そんなのまるで関係なくて。いつだって困っている人に手を差し伸べられる。

 特別、運動ができるわけでも勉強ができるわけでもない。

 そんなただの同級生を尊敬したのは、菜月と彼で二人目だった。



「――私は明日、薫ちゃんに十年分の想いを伝えるんだ!」

「っ」


 ホテルの露天風呂。

 不安や怖さを全部その笑顔の裏に隠して全力で笑って見せた親友に、私は言葉を失った。


 菜月が渡部……渡辺? ……クンに告白されているところを見て、彼の様子が気になった。菜月の気持ちを知っていたから。一度もその口から直接聞いたことはなかったけど、それでもこの子が彼をどう思っているのかなんて、考えるまでもなく分かっていた。以前は彼のことを誤解していたからどうしてもそれを否定しようとしていたけど、今ならその気持ちも少しは分かる。たしかに彼ほど純粋な優しさを……というか、彼ほど本物を体現する人は見たことが無い。二人の過去に何があったのかは知らないけど、それでもきっと私の時の様に菜月もまたあの人に助けられたことがあって、だからきっと――……

 そんなことはこうして言葉にされるまでもなく分かっていた。


 だから、本当に驚いた。驚いたというか、信じられなかった。信じたく、なかった。


 だってこの子の愛は本物なのだ。ずっとずっと、彼のことを想い続けてきたのだ。そんなこと、誰が見ても明白だ。私も相当重い方だけど、それでよく菜月はからかってくるけど、でも絶対人のことは言えない。それくらい、この子の世界の中心には彼がいる。

 それなのに、

 誰が見ても明白なのに、一色くんにだけは分からない。だって彼には妹の桃華さんしか見えていないから。……いえ、でもそうじゃない。

 彼には見えているのだ。そこにある痛みも、苦しみも。誰かの悪意も、世間の偏見も。社会に溢れる理不尽も。彼にはすべて見えている。

 ただ、人の気持ちだけが見えていない。分からない。彼が見ているのは桃華さんだけだから。だから桃華さんからの愛情だけは受け取れる。彼女の心だけは見えている。そして、それ以外の誰かの心は――……


 なんて、残酷な人だろう。

 優しさという皮を被った暴力……いや、彼は本物だ。彼の在り方こそが、優しさの形だ。

 彼を知ったあの日から、私にとって優しさの意味そのものが彼だった。だから本当は、

 優しさこそが、暴力なのかもしれない。

 っ……。

 そう思った瞬間、言いようのない感情が胸の奥からこみ上げて来た。それに乗ってやってくる胸を締め付けるような疼痛。嗚咽交じりの、苦しみを押し殺す声が漏れた。


 優しい人になりたかった。

 ずっと優しい人(菜月)に助けてもらって来たから。優しい人(一色くん)に救われたから。

 でも、何で誰よりも優しい彼が、こんなに私の大切な親友を傷つけているのか分からなかった。

 何で私の大切な()()()()を、彼自身を、傷つけ続けているのか分からなかった。

 正しいはずなのに。

 何よりも尊いはずなのに。

 どうして赤の他人(わたし)は救えるくせに、大切な人ほど苦しませてしまうのか、分からなかった。

 ……分かりたくなかった。



「あっ、そういえば忘れてた。やっぱり温泉と言えばあれだよね!」

 普段通りの明るいお調子者然とした調子でそう言って、修学旅行を楽しむ普通の高校生みたいに、楽し気に露天風呂から飛び出した菜月はくるりとこちらに向き直り、


「さあ一緒に、サウナ行こうよ!」


 優しい人の周りには優しい人が集まるのなら、残酷な人の周りには、それでも一緒にいたいと思える、一緒にいられる、強い人が集まるのかもしれないと思った。強くないと、一緒にいられないのだと思った。

 だから――……


 私も強くなりたいと、私の手を引いてサウナに突入する菜月を見て、思った。



 *



 何もできなかった。

 三日目の修学旅行。菜月が迷子になって、一色くんが探しに向かって。私はただ、待っていることしか出来なかった。

 菜月がいなくなったと分かってどうしていいか分からなくて、ただ「どうしよう、どうしよう」とかかりもしないスマホを鳴らし続けることしかできなかった。

 そんな私たちに一色くんが冷静に指示を出してくれて、私は不格好に荷物を預かって、彼は一人で探しに向かった。焦っていないわけがない。彼の心中だって、きっと私と同じくらい、不安でいっぱいだったはずだ。

 それなのに、私に落ち着けと言ってくれた。不安がる班員たちに的確な指示と役割を与えてくれて、本当に菜月を見つけてくれた。


「……ふふ、見ての通り、ビックリするくらい不器用な、ただの同級生よ」


 彼を待っている時間。班員の田中くん?……に言いながら、不思議と私は落ち着いていた。

 彼がきっと何とかしてくれるのだと、漠然とした安心があった。まったく根拠なんてないはずなのに、それでも彼ならきっと菜月を連れ帰ってくれる。そんな思いがあった。


 怖くて仕方なかったはずなのに。

 菜月に何かあったらと思うと、本当に身を裂くような痛みが胸を締め付けていたのに。


『俺が菜月を探すから――』

 彼がそう言ってくれた。それだけで、何故かもう救われた気がした。


 私は彼を尊敬していた。この修学旅行を通して彼のことを前よりももっと知って、その思いはより深くなった。

 そう、私にとって彼は、まるで物語のヒーローのような存在だった。

 だから、私は彼を心の底から――

 ……いえ、きっとそうじゃない。

 この感情はきっと『信頼』なんかじゃない。

 これを世間では、『甘え』と呼ぶのだ。



「遅くなって悪かった。迷子のアホ猫は無事保護したから、予定通りさっさと清水寺に行こう。早くしないと、桃華のために目を付けておいた土産屋が閉まっちまう」

「ちょっと~、薫ちゃんひっどくない⁉ 私さっきまで割とホントにピンチだったんだよ⁉」

「そう思うなら、とりあえずみんなに心配かけたことちゃんと謝っとけ。特に古谷は鼻水垂らして泣いてたからな」

「えっ、うそうそホント⁉ 写真、写真撮ってる⁉ あ、みんなごめんね。心配してくれてありがと」

「ちょっ、ばっ! 鼻水なんて垂らしてないわよ‼」

「そかそか、てことは、やっぱり泣いてくれてたんだね。もう~、やっぱりトモちゃんは可愛いな~」

「惜しかったな。あれは中々のシャッターチャンスだったぞ。荷物で手がふさがってなけりゃ逃さなかったのに」

「ホントだよ! 次こんな機会があったら逃せないね!」

「っ…あ、あんたたち」


 帰って来るなり早々、私たちの気も知らないでわちゃわちゃとそんなことを宣う二人に私も憤って見せながら、これがこの二人なりの、私たちに心配をかけないようにするための冗談交じりの気遣いなのだと分かっていて。



「まあ、本当に心配をかけて悪かったな。次からは首輪とリールでも付けとくから、安心しろ」


 清水寺へのバスを待っている間、あれからずっと菜月の傍から離れないようにしている一色くんがそっと私に言ってくる。


「ちょっと~、聞こえてるよ薫ちゃん。だったら責任もって面倒見てよね? 三食ご飯付き、可愛い子いっぱい用意してね!」


 そんな一色くんに、相変わらずバカなことを言って絡んでいく菜月。


「お前みたいな駄犬は願い下げだ。俺はプードルみたいな可愛いのがいい」

「はあっ⁉ だったら私ピッタリじゃん! ほら、すっごいプードルみたいに可愛いよ!」


 言って、犬の真似なのか「ワンワン」「キャンキャン」と言いながら一色くんの手にお手をする菜月。……まったく、こんな公衆の面前でバカな会話はやめてもらいたいわね。近くにいるだけで恥ずかしいわ。


「お前はどっちかというと……ブルドッグ?」

「薫ちゃん、私でも怒る時は怒るよ?」

「……ウ、ウス」


 冷え冷えとした菜月の微笑みを受けて思わず姿勢を正して頷く一色くん。

 正直、今のは傍で見ている私もちょっと怖かった。


 相変わらず続く二人のバカなやり取りに他の班員たちと呆れ交じりの温かい笑みを向けながら、思った。


 どうすればこんな風に強く、優しくなれるのだろう。

 私が二人を助けられる日は、あるのだろうか。



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