彼女から見た修学旅行 古谷友美(2)
ざわざわと騒がしい二日目のバスの車内。
友禅染コースを希望した私は菜月たちと別れ、友禅染グループのバスに乗り込んだ。
本当はこのコースの説明を受けたときから菜月に「一緒に八ツ橋づくりしようよ!」と誘われていたけど、……まあ、諸事情あってこちらを選んだ。秘密を着飾って女は美しくなるもの。だからいつも恥ずかしがってつい見栄を張ってしまう私は、きっと将来素敵なお嫁さんになれるはず……よね?
バスの車内。
クラス区別なく、二年生全体の中でこのコースを希望した生徒たちが乗るバスなので、知っている顔は少ない。……というか、ほとんどいない。ちなみにクラスにもそんなに知っている人はいない。正直、菜月がいてくれないと私はボッ……まあ、菜月がいるから違うけど。うん。いえ、私は大事にする人は選んでいるだけだから? べつに話しかけてきてくれないとか、いつも無駄にクールぶってしまうせいでちょっときっかけがつかめないとか、そういうわけではない。……わけではない。
……だから、見栄を張って菜月の誘いを断ってしまった時はちょっと、いやかなり……すっごく焦った。だって私、友達いないから。……開き直ったけど、それが何か悪いかしら?
クラスメイトにさえまともに知り合いのいない私はもちろん他クラスに友人なんていないから、菜月以外で知っている人と言えば本当に片手どころか腕の数で事足りる。そして、その大切な一本である天ノ目さんは菜月と八ツ橋づくりコースに参加すると言っていた。
せっかくの修学旅行で知らない人たち(※ 学友です)に囲まれて一人で作業するというのは、これがべつに香道体験や陶芸体験であったとしても、どう考えても楽しくなる予感はしない。
もう余計な見栄なんて張らないで素直に菜月と一緒に八ツ橋づくりを選べばよかったなんて考えて、希望コースの提出のときに菜月にからかわれるのを覚悟でもうこっそり八ツ橋づくりと書いてしまおうとも一瞬思ったけれど、やっぱり当日になって一緒にバスに座った時の菜月のニマニマ笑顔を思い浮かべたらどうしても耐えられなくて。
結局、私は八ツ橋づくりを選ばなかった。
そして学活の時間、希望コース選択の用紙を出席番号順に回収し始めた教室で本当の本当にどうしたらいいか困っていた私に、すれ違いざま、こっそり天ノ目さんが教えてくれた。
『一色さんは友禅染体験を選んでいましたよ?』
……私は迷うことなくシャープペンシルを走らせた。
「あら、あなたもこのコースなのね?」
本当にこの周囲だけ予約席になっているのかしらと思えるくらい、ビックリするほど埋っていないその席に近づいて、緊張を隠すように平然を装って声をかけた。
しかし、目の前で声をかけたはずなのに彼はこちらに一瞥もくれることなく、知らんぷり……というか、気付いていないふりをする。
「……ねえ、聞こえないの? あなたに話しかけているんだけど」
何だかそんな態度をとられるとムッとして、不服さをアピールする様に彼の視界に割り込むように詰め寄って、今度はしっかり視線を合わせて言う。
すると彼は一瞬驚いたように目を見開いて、そしてあたかも不機嫌そうな雰囲気を装って言った。
「……どういうつもりだ? こんな風に俺に話しかけることがどう周囲に見られるか、分からないわけじゃないだろ?」
さっきから、私が彼に話しかけた時から耳に入って来る周囲の生徒達の囁き声に顔をしかめた彼は、わざとその普段から目つきの悪い目を更にきつくして、周囲の生徒たちを睨みつけた視線をそのままこちらにも向けて来る。
これが遊園地で彼のことを知る前だったら凄く酷い人に見えていたけれど、彼のことを知った今なら、その行動が自分と関わることで生じる周囲の生徒達の心無い悪意の目から、私を守ろうとしてくれているのだと分かる。
っ……。
そんなことを考えて、その彼の睨みつけるような視線を受けて、しかしすぐにそんな思考に至った自分に、自分でも驚いた。
だって本当に見た目は以前と変わらず怖いのだ。真っ赤な髪もそうだし、愛想の欠片もない鋭い目つきもそうだし。……おでこの傷跡もそう。
それなのに、彼の本質を知ってしまった今なら、今すぐ彼が私に怒鳴り散らしても、きっと誰かを助けるためなのだと、それが優しさなのだと思えてしまう。
……まるでDVの被害者みたいね。前に菜月にも言われたけど、たしかに変な男に引っかかりそうでちょっと自分の将来が心配だわ。
そんなバカげた思考でもして誤魔化さなければ、とてもその自分の変化を受け入れられなかった。
だって本当に何一つ。頑張って話しかけたのに無視されて、もう一度話しかけたら睨まれる。
こんなに酷い態度にも関わらず、本当に私には今、彼に対して『怖い』とか『酷い』とか『関わりたくない』とか、そんな思いが全くなかったから。
ただただ、また一つ彼のことを知れたというちょっとした喜びと、そして……これが彼の日常なのだというキュッと胸の締め付けられるような感覚と、一つの気づきがあっただけだった。
前々から疑問には思っていた。
彼は確かに校則違反の髪だし目つきは悪いし言葉遣いはぶっきらぼうでおよそ愛想の欠片もないけれど、それでもだからと言ってそれだけの理由でここまで露骨に周囲から避けられているというのには違和感がある。私は過去のことがあったからにしても、それでも髪が赤かったり多少態度が悪かったりするくらいで……という理由にしては過剰な煙たがられ方だ。まあ、ろくでもない噂が流布しているのも一つだと思うけど。
けれど、今の彼の態度を見て気づいた。
この人はどうしようもなく優しくて、そしてどうしようもなく不器用なのだ。不器用代表みたいな私が言うのだから間違いない。
「どうして目つきが悪くて髪を赤く染めているくらいでここまで周囲から疎まれるのか、前々から不思議に思っていたけど、納得がいったわ。あなたの態度や行動にも、少なからず原因があるのは間違いないわね」
呆れ交じりに、きっとこれまでも彼はこんなことを繰り返してきたのだと考えてチリと痛んだ胸の痛みの腹いせに、思ったことをそのまま口に出して伝えた。
すると、彼はよく分からないみたいな顔をして、
「何が言いたいのか分からないが、席が埋まらないうちに早く他の席に移動した方がいいぞ」
可哀想な人だと思った。それと同時にどこまでも優しい人だと思った。
それでもやっぱりちょっと腹立たしくもあった。だから、
「そんな心配はいらないし、あなたがどういう人なのか私はもう知っている。あなたに私の行動に対してとやかく言われる謂れはないわ」
ついきつい言い方になってしまったけれど、でも私はあなたと仲良くなりたかった。助けてもらった恩返しがしたかった。
「……そうか」
きっぱりと言った私にそれ以上何か言うことはなく、ふいと照れくささを隠すように彼は窓の外に視線を逃がした。しかし、さっきまで肘置きにかけていた左腕は下ろされて、代わりに窓側の肘置きに右腕を立てて頬杖ついて、少しだけお尻をずらして隣のスペースを広げてくれる。
――ふふっ。
そんな彼の不器用すぎる気遣いに思わず頬が緩んで。その彼がちょっとだけ広げてくれたスペースに腰かけようとして、今更になって、そういえば男の子の隣に自分から座りかけるのは初めてだと気づいてちょっと緊張してきて。でも何故か彼の隣は不思議な安心感があって。たぶん、少し菜月に似ているからだと気づいて。
私は隣に菜月や天ノ目さん以外のクラスメイトがいることに不思議な感覚を覚えつつ、
「……あー、今更だが、窓際じゃなくて良かったか?」
チラとこちらに目をやって、そんなことを尋ねて来る彼の真っすぐな目を見て――
いつかこのぎこちない距離が、友人と呼べる関係になってほしいと願わずにはいられなかった。
*
「……なかなか上手な出来ね」
完成した彼のTシャツを見て、素直な感想を口にする。
「お前は本当に不器用なんだな」
「っう、うるさいわね。これはこういう芸術なのよっ」
「そうか。たしかに爆発してるもんな」
「っっ」
つい強がって適当なことを言ってしまったけれど、自分でも少し……というかまあ、大いに問題のある作品だということは分かっているため、それ以上返す言葉が見つからず、恥ずかしさを誤魔化すように下唇を噛み締めてプイッとそっぽを向いた。こういうとき、ぐうの音も出ないってホントなのね。
友禅染体験は原画がプリントアウトされたTシャツを渡され、そこに自由に色を載せていくという作業だった。周りの生徒達は困ったりもしながら、それでも何となく上手いこと出来ていたけれど、正直、すごく難しかった。そもそも私、普通に紙に絵を描くのも苦手なのに、こんな服の上に絵を描くなんてできるわけないじゃない。……なんか、我ながら開き直った下手くそほど救いようのないものはないわね。
「……お前、本当に不器用なんだな」
「うっさい……っ!」
もう一度私の作品を見つめてしみじみと言った彼に憤って言いながら、思った。
あんたにだけは言われたくないわ‼




