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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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優しい彼女は訪れる(2)

「た~だいま~っ!」


 勢いよく言って我が家の玄関のドアを開ける菜月。


「あっ、おかえり菜月ちゃん。お兄ちゃんもお帰り!」


 ぱたぱたと玄関まで駆けて来た桃華。俺はついでなんですね……。


「ああ、ただいま」


 菜月は桃華とリビングへ直行。

 俺は脱ぎ散らかった靴を揃え、鍵を閉めて後を追った。



「ねえねえ菜月ちゃん。今日はこれ! このゲームしよ?」

「ええー、それ私やったことないんだけど。それよりこの前にやったやつにしない? 前はモモちゃんに全敗しちゃったからね! 自分で買って練習してきたんだよ!」

「えっ? ……わたしそれ、ちょっと前に世界ランク一桁になったからやめちゃったよ?」

「……え?」


 リビングに着くとすぐ、ソファーの上に荷物を放り出し、テレビの前でそれぞれの手にゲームディスクの入ったケースを抱えた桃華とともに、早速ゲームを始めようとする菜月。


「……まったく。ゲームの前にまず外から帰ったら手を洗え、菜月。あと桃華、ゲームは一日二時間までだ。今日は構わないが、あまり長い時間やりすぎるなよ」

「あ、はあーい! ごめんねモモちゃん。薫ママに怒られちゃうから行ってくるね。って薫ちゃんっ⁉ じょ、じょうだんだって! じょうだんだから猫みたいにうなじつかんで連れてこうとしないでよっ!」


 ふざけたことをぬかす菜月にイラっとしたので、いつも桃華にするような運び方で洗面所へと連行する。可愛げの差で少し乱暴になってしまったのはご愛敬だ。



「二人ともー、晩飯できたぞ」


 キッチンから、白熱するレース勝負に熱中している二人に声をかける。いつもは料理も桃華が作ってくれているのだが、今日は菜月が来ているので俺が請け負った。だいたい菜月が家を訪れたときは俺が料理を担当している。始めの頃はあまりうまくいかず、黒焦げで出してしまうこともあったが、桃華に不味いものを食べさせるわけにはいかないのでこそこそと研鑚(けんさん)に励み、涙を飲んで菜月に教えを請いながらそれなりの腕になった。


「おほほお~~っ! カレーか~。美味しそうだね、薫ちゃん♪ また腕上げた?」


 連敗が続き、桃華に反則だのと騒いでいた菜月は、俺の声を聞いてぱたぱたと慌ただしくキッチンに駆けてくると、鍋に顔を近づけてクンクンと香りを嗅ぐ仕草をしながら言う。

 桃華に頼まれた今日の献立はカレー。初めて菜月に教わった俺の得意料理だ。


「おかげさまでな。悪いが食器並べるの手伝ってくれ。大体いつもの場所にあるはずだ」

「りょーかい♪ ……なんか、今の会話ってちょっと夫婦っぽくなかった?」


 手慣れた所作で食器を並べながら、菜月はふと思い出したようにニヤニヤと目元口元を緩めてほざく。


「バカ言ってないで手を進めてくれ。あっ、桃華は座ってていいぞ。たまには菜月のアホにも役にたってもらわないとな」


 手伝ってくれようとしていた桃華に言って、お兄ちゃんポイントを稼ぐ。


「ちょっと~。薫ちゃん、私の扱い雑過ぎない? 私一応、お客様なんですよ⁉ お、きゃ、く、さ、ま!」


 もちろん、菜月がここぞとばかりに反論してきた。

 それに俺は軽口を返しつつ、菜月が用意してくれた食器に白米とカレーをよそう。


「菜月はラッキョウ派だったよな?」

「うん♪」

「相変わらず変わった奴だな。カレーには福神漬け一択だろ?」

「そんな決まりはありません~! てゆか、薫ちゃんこそ、いっつもカレーの上にチーズかけてるじゃん! しかも、真っ白になるくらいたっぷりと」

「チーズは必要だろ? ラッキョウは当たり外れが激しいから苦手なんだよ。……ほらこれ、ラッキョウ入りだ。こっちが桃華の分な」


 よそった皿を菜月に渡す。


「ありがと♪ ……あいかわらず、モモちゃんの分は言われなくても分かるんだね」


 菜月が渡された皿を見て、若干引いたように言う。


「当然だろ? 桃華の好みは完璧に把握しているからな。米とルーの割合から福神漬けのバラつきまで狂いはない」


 自分の分をよそいつつ得意げに言うと、大きなため息を吐いた菜月はそれ以上何も言わず、桃華の待つ食卓へと向かった。



「さて、――じゃあ、いただきます」

『いただきます」


 席に着いて俺が言うと、二人もそれに続いて合唱とともに挨拶した。


「んっ⁉ おいっしい~♪ さっすが薫ちゃん、教えた以上のできだよ!」


 早速カレーを一口食べた菜月はそう言って絶賛した。


「大袈裟だな。そんなに褒めてくれても、まだまだお前たちにはかなわない」


 自分でもそれなりの出来だとは思うが、それでも普段から料理をしている二人と比べたら、まだまだ切り方にばらつきのあるニンジンなど、不慣れさが目立つ。


「そんなことないよ! すっごい美味しいよ⁉ メチャクチャ嫁にしたいもん‼」

「まったく、バカなこと言ってないで早く食え」


 いつもの狂言に呆れつつ、さっさと食事を進める。


「んん~、ほんとに美味しいのに……。ねねっ、モモちゃんもそう思うよねっ?」


 しかし俺の態度が不満なのか、桃華に話を振る菜月。


「ん? どうしたの? モモちゃん。そういえば、さっきからずっと静かだったけど」


 話を振られた桃華はしかし、何か考え事でもしているのか返事がない。


「――え? あっ、ごめん菜月ちゃん。ちょっと考え事してて」


 菜月に言われて慌てたように言う桃華。


「どうしたんだ? 桃華。さっきから妙に静かだと思ったが。……もしかして、あんまり美味くなかったか?」


 だとしたらまずいな。俺の完璧な桃華専用レシピをもう一度研究しなおさなければならない。


「いや、そうじゃなくて。お兄ちゃんのカレーはすっごく美味しいよ? わたし、お兄ちゃんの料理大好きだもん」


 満たされそうだ。


「ちょっ、ちょっと薫ちゃん、戻ってきて! 幸せなのも、モモちゃんが本気で迎えに来た天使に見えるのもメチャクチャ分かるけど! まだ旅立つには早いよ!」


 ――はっ! 菜月に言われて正気に戻る。危うく昇天するところだった。


「ふふっ」


 そんな俺たちのやりとりを見て、突然桃華が笑い出した。


「どしたの? 私たち、なんか変なこと言ってた⁉」


 恥ずかし気に言う菜月だが、心配するな。お前の言っていることは大概変だ。


「ううん、ごめん、そうじゃなくて。……ふふ。なんか、お兄ちゃんと菜月ちゃんがすっごく仲いいから。夫婦みたいだなと思って」

「っ! な、なに言ってるのモモちゃん⁉ わ、わたしと薫ちゃんが夫婦って、違和感ありまくりだよ! ねえ⁉ 薫ちゃん!」

「ああ、まったくだ。俺にだって相手を選ぶ権利ぐらいはあるぞ」

「はあっ⁉ ひっどい、薫ちゃん! 私のどこが不満だっていうの⁈」


 キャンキャンとうるさくかみついてくる菜月犬。


「ふふ、……でもわたし、菜月ちゃんが本当のお姉ちゃんになってくれたら、嬉しいなあ」


「「っ……‼」」


 瞬間、俺の将来が決まった。


「よし菜月、結婚しよう!」

「……今世紀最低のプロポーズだよ、薫ちゃん」


 そうして我が家の食卓はいつになく、にぎやかで楽しい時間となった。


「それじゃあまたね、薫ちゃん」

「ああ、今日はありがとうな。桃華も喜んでいたし、久しぶりに楽しかった。桃、買っていって正解だったな」


 夕食を食べ終え、三人でひとしきりレースゲームで勝負を楽しんだ俺達は、そのあと桃華が眠ってしまい、俺は菜月を家まで送った。


「ふふっ、こっちこそ、今日は楽しかったよ。相変わらずモモちゃんはすっごく可愛かったし、これは次会う時が楽しみですね~」


 菜月の家の前。今日の礼を言って帰るだけなのだが、名残惜しさのためか少し話し込む。


「ああ、桃華は見る度に愛おしくなっていくからな。このままいけば近い将来、天使になるな。お迎えがくるとき天使が桃華なら迷わず付いて行ってしまうが、……困ったな」


 俺が割と本気の目で言うと、菜月は呆れたようにからからと笑った。


「でもほんと、元気そうで良かったよ。また次も会いに行っていい?」

「もちろんだ。桃華も、お前ならいつでも歓迎すると思うぞ」


 菜月は一見、自由奔放で我の化身のような奴だが、実は人一倍気を遣う質だ。家に来るのも、桃華の負担を気にしてか週に一回ほどだし。


「……そっか。でも、それなら今日、泊めてくれても良かったんじゃない?」


 俺の言葉に安心したように言って、気を取り直すようにからかい交じりに言う菜月。


「流石にそれは無理な相談だな」

「っ…そ、そっか。……なら、逆に薫ちゃんがうちに泊まってく?」


 俺がきっぱり断ると、少しムッとしたような顔をして、ちょっとだけ寂しそうに、それを振り払うように自分の家の玄関を指さして、軽口を叩く菜月。


「お前はバカか? 自分の年を考えろ。もうお互い小さな子供じゃないんだぞ」

「?」


 俺の言っている意味が分からないのか、きょとんと首を傾げる菜月。

 ……まったく。こいつは少し警戒心がなさすぎるキライがあるな。


「女の子が簡単に、男の家に泊めろだとか、泊まっていけだとか、言うんじゃねえよ。……桃華のこと関係なく、俺もお前ももう男と女だ。少しは警戒心を持て」

「ほえ……」


 俺の言葉に間抜けな声を漏らした菜月は、突然ボンッと爆発したみたいに頬を染め、


「~~っ⁉ か、かおるちゃん! ええと、そのっ……そ、それじゃあ、また今度ね‼」


 珍しく余裕のない様子で、頑張ってそう言って、菜月は家の中へと入って行った。

 俺はそれに聞こえないだろうなと思いつつ、「ああ、またな」と返す。

 玄関の扉が開いた拍子、こっそり外を覗き見ていた菜月のお母様と目が合ったので、ついでに会釈しておいた。ニコニコと手を振り返してくれる。お茶目なウィンクまでサービスだ。

 ……相変わらずそっくりだな。



「……まったく、柄にもないこと言うんじゃなかった」


 帰り道。少し火照った体を数回の深呼吸とともに静め、わずかな後悔と緩みそうになる頬を、手の甲をつねって引き締めた。


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