アメ色の世界(1)
何度も読み返したそれを私は今日も手に取って、パラパラと適当なページをめくっていく。
もう随分と古いその本は、一目で何度も繰り返し読まれたことが分かるほど、所々傷んでいる。
『月の影』
時の文豪、『柴崎郁三郎』の傑作。
母の好きだったその本を、二人で一枚一枚ページをめくりながら、母に読み聞かせてもらうのが、子供の頃、私の楽しみだった。
『――美しいものは、あなたと見るから美しいのね』
いつも本を読み終わった後、母は柔らかく微笑んで、そっと幼い私の頭を撫でながら、優しい声音でそう言った。
美しいものは、誰と見ても変わらず美しい。
一人で見ても、二人で見ても、春の桜を美しく感じる心は常にある。秋の紅葉も、富士の眺望も、地平線の彼方に見える虹も。特別なことでなくとも、夜、ふと空を見上げて見える星空や、夕暮れ時、坂道を上って振り返った先、パッと見惚れた夕陽。どれもこれも、いつ何時、誰と見ても同じように美しい。
なればこそ、誰かと見ることに、一体どんな意味があるのだろう?
……そんなことを嘯きながら、けれど誰もが知っている。それが間違いだということを。
知っているからこそ、目を逸らす。知らないふりをして、わざと間違える。
そして言うのだ。そう、いつもの痛々しい、不敵な笑みで、
「美しいものは、誰とみても美しい。あなたとみても、一人でみても、変わらないから美しいのよ……」
これは、この本の主人公の恋人が、彼に贈った優しい言葉。
その一節を指でなぞりながら声に出すと、ぼやけた視界の隅でポツリと零れた雫が本に染みを作った。
目を閉じて数回深く呼吸を繰り返した後、今度はゆっくりと目を開ける。
そうすれば涙は止んでいて、そして震える喉を強引に鳴らして笑顔を作った。
「もう二度と、私はそれを見られないのかな?―――お母さん……っ」




