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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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彼女の強さと祝いの季節(2)

 それからすぐに、彼女の言葉は真実になった。


「うっせえぞ! 泣いてないって言ってんだろ!」


 昼休みの教室。

 廊下に出てしばらく壁に背を預けて中の様子を伺い見ていると、一際大きな声が。初めて聞く、一色のテレ混じりの怒鳴り声が廊下にまで聞こえてきた。


 十二月に入り、人肌恋しい季節が深まってきた頃。一色の周囲の様子が明らかに以前と変わった。どんな風に変わったのかというといまいち上手い表現をしかねるが、杉原の言っていたように、少しずつ周りに頼ることを受け入れ始めたような。周囲の天ノ目や杉原や古谷を頼りにすることを、完全に否定しなくなったような。そんな風な印象を抱いていた。


 そして今日。

 古谷たちの尽力の結果、ついに彼はクラスメイト達の誤解を解くことに成功した。

 薄ドア一枚隔てた教室の中には、以前までではとてもは考えられなかった、彼が他のクラスメイトたちと打ち解け、笑いあっている(笑われている)光景があった。


「っ……まったく、どれほど不器用なんだ」


 そんな光景を見て、つい悪態交じりに漏れ出たため息。目元の雫をそっと拭って、ふっと頬を緩めて息を吐いた。

 入学式で生徒指導室に呼び出したあの日。誰よりも短い自己紹介を彼がやってのけてから一年半。それだけかかって、やっとクラスに打ち解けるとは。

 長かったような、短かった……とは全く言えないが。しかしあの日、まさかこんな日が訪れることなど露ほども予想できなかったことを考えれば、やはりこれは本当に奇跡のような瞬間なのだ。

 これまでのことを思い出しながら、この瞬間がいかに待ちわびたものだったかと思うと。

 まるで子供の成長を見届けたような、手のかかる我が子が母の日にこっそりお小遣いで買ったカーネーションをプレゼントしてくれた時のような、そんな何とも言えない感慨深さがこみ上げてくる。

 ……まったく。

 ランドセル背負ったピカピカの一年生だって、友達百人出来るというのに。

 そんな軽口交じりの皮肉とともに、溢れ出てしまいそうな喜びを噛み締めていると、教室の中が一瞬、それまで騒がしかった空気がシンと静かになった。


「?……」


 何かあったのかと心配になり、小窓からそっと中を覗こうとした。その時――


『菜月、天ノ目。……クリスマス、家でパーティーやらないか?』

『っ⁉』


 …………。

 何とも彼らしくないどころか、本当に今すぐにでも空から隕石が落ちて来るのではないかと不安になってくるような躊躇い交じりの彼の言葉に、一瞬、教室の時間だけが止まったように全員がピタリと動かなくなった。

 それから、十秒、二十秒、体感でその約十倍の密度の時の流れを感じたあと。

 誰かが口火を切ったわけでもなく、一斉に、……そう、爆発だ。


 ――何かが爆発したように、生徒たちの絶叫が校舎に響き渡った。


「……ふふっ」


 「リア充爆発しろ」だの「ふざけんな」だの「おめでとう」だの「俺の初恋を返せ」だのと口々にクラスの男子生徒たちに詰め寄られる一色と、「二股なの?」「どっちが本命なの?」「最低だよね!」」「うーん、どっちもまったく別のベクトルに魅力的過ぎて、ちょっと気持ち分かるかも」「あれ? 古谷さんは候補じゃないの?」などと女子生徒たちに質問攻めにあっている天ノ目たち。あの杉原でさえ、少し困ったように戸惑っている。


「ふふっ……ふふふふ」


 そんな彼らの様子を見て、もう堪え切れなくなって、周りの目も気にせずに笑い出してしまった。

 ああ、まったく。本当に困った生徒だ。不器用で不愛想でひねくれていて、そのくせ変なところで真っすぐで。いや、ずっとずっと真っすぐで。いつだって真っすぐで。

 本当に君はまったく。本当に……愛おしくてたまらない。


 鍋で湯を沸かしたときのように、沸々と胸に浮かんではまた別の想いに吞み込まれ、心の奥底をかき回すように次々と湧き上がっては混ざり、また別の想いが生まれ、それが重なってはたまらなく愛おしさが増す。そんな何とも支離滅裂で滅茶苦茶な感情の渦。

 そんな不思議な感覚を楽しむように頭を抱えて涙目になって、とことん笑って。それから、


「っ……まったく、本当に退屈しないな」


 まさに波乱万丈。どうやったらそんな人生を歩めるのか不思議なくらい、一色薫という男の物語(人生)は本当に退屈しない。

 それでも、やはり何事も始まりがあれば終わりがあり、終わるからこそまた新たな何かが始まるものだ。

 悲しみばかりの序章が終わって、それがやがては喜びに転ずる。今日はその先駆けだろう。


 ハッピーエンドで終わらない物語りなんて、私は望まない。信じ続ければいつかは報われて、優しい人はきっと幸せを手に入れる。


 そうでなければ、そんな世界はあんまりだ。何のためにあるのかさえ分からなくなる。

 だから笑おうじゃないか。これほどの喜劇も他にない。

 秋風に乗ってやってきたこの祝いの季節に、私も彼らとともに歓喜した。



「……さてと、」


 ふっと息を吐いて、背を預けていた壁から身を起こす。

 では神聖な校舎内で不順異性交遊を助長するような発言を堂々とかましたあの阿呆を、生徒指導室にしょっ引くとしよう。


 ガラリと大袈裟に音を立ててドアを引きながら、ふと思った。

 傷つけ傷つきあった彼の物語が、やっとハッピーエンドに向かい始めたのだ。

 っっ……。

 そんなことを考えて、どうしようもないほどにこみ上げてくるこの喜びをぶつけるように。


「反省文は束がお好みだったかな?」

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