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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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本物のヒーロー(4)

 私は昔から、どちらかというと現実的な人間だった。いつも少しひねくれてものを見る。


 幼い頃。テレビの中のヒーローを見ても、特にこれといって心湧き立つものは無かったし、クリスマスのサンタクロースだって、ずっと早い時期に両親の優しさだと気づいていた。

 大人になるにつれて、社会は理不尽なもので、真面目に取り組んだからといって正当な評価が得られるわけではないということも、それが仕方のないことなのだということも、そしてそれを受け入れて人は大人になっていくのだという……つまらないことも、時が経つにつれて学んできた。

 だから、おそらく私はこれまでの人生で、一度もそれを望んだことはなかった。信じたことも、頼ったことも、おそらくなかった。

 いつもいつも、誰かがピンチの時にタイミングよく駆け付けて、どんな困難も理不尽もカッコよく解決して見せる。悪を倒し平和を守り、人々の心にそっと希望の光を灯して見せる。そんな――

 ――都合のいいヒーローなんて、きっといないのだと決めつけていた。



 修学旅行が終わって週が明けた月曜日。

 とつぜん私を生徒指導室に呼び出した……いや、私が指導を受けるわけではなく、話があるから時間を取ってほしいと珍しく彼が声をかけてきたため、こうして生徒指導室で話を聞いている。

 もうお互いにすっかり慣れ切った生徒指導室。机に腰かけ向かい合って、しかし今日はいつものように彼と二人きりというわけではなく、彼の隣には我が校が誇る絶世の美少女であるところの天ノ目紗月を侍らせていた。そんな全校生徒垂涎ものであるだろうその定位置にあって、何の動揺も見せないこの男はまったく……。これが君じゃなかったら正気を疑うところだ。

 そんな普段とは少し異なる雰囲気が漂う生徒指導室で、机に腰かけ開口一番、彼は言った。


「今日から俺がこいつの眼になるので、俺のことは()()ちゃんと呼んでください」


 …………。


「そうか。では次回からの席替えでは、また君たちが隣になるように計らおう」


 彼の言葉を聞いて、すべてを察した。

 彼女が彼にすべてを打ち明けたのだということも。天ノ目の抱える痛みを知った彼が、どういう選択をしたのかも。

 天ノ目の幸せと喜びと悲しみと怯えと恐れと痛みをすべて混ぜ合わせたような、罪悪感に苛まれた表情の意味も。

 そして私は知っていた。これが、()()()()()()()()()()運命だということも。他でもない、私が仕組んだ、どうしようもなく彼に甘えた、残酷な行為なのだということも。


「……すまないな、一色。いつも君の優しさに甘えてしまって」


 彼女の為だった。彼女を救えるのは、彼しかいなかった。……そんな、不誠実で、無責任で、欺瞞に満ちた、無理矢理に自分を肯定しようとする浅ましい言い訳を胸に募らせる自分の醜さを恥じ。それでも彼はきっと私をそんな目で見ることすらないのだと分かっていて。だから心の奥底では安心もしていて。

 そんな、とても先生と呼ばれるに値しない自分に赦しを求めるように、薄っぺらい口だけの謝罪で目を伏せる。そんなどうしようもない私に―――彼は言った。


「よしてください。俺はただ、恩を返しているだけです」

「っ!」


 それから、本当に何でもないことのようにふっと笑って、


「それに先生にだって、返せていない恩はいくらでもありますから」


 っ――……


 本当に驚いた。目をまん丸にして、パチパチと瞬きを繰り返した。


「君は――聖人君子か?」


 思わず笑ってしまった。なんで自分が笑っているのかも分からなかった。皮肉交じりに軽口を返した自分のことも信じられなかった。

 いつもの調子で言った彼のその一言は、私の悩みも苦悩も価値観も、何もかもをすべて吹き飛ばしてしまうような――……


 ああ、そうか。

 きっと神様なのだ。この人は。


 何も救わない神なら、私はもう信じない。

 誰かに委ね、託し、願うだけの救いなら、私はもう祈らない。

 正義を語り、善性を説き、偶像を誉めそやすだけの偽物には、もう縋らない。

 その代わり……いや、だからこそ、


『私は君を、心の底から敬愛します』



 ヒーローはいないと思っていた。

 ご都合主義の偽善者なんて、そんなものをヒーローと呼んで称賛するなんて、恥ずかしいことだと思っていた。そんな偽物はいらないと思っていた。

 けれど、

 何もできない私に代わって、世界の理不尽にさらされ続ける彼女を救った。一切のためらいもなく、残酷な運命に立ち向かった。

 その平凡な彼の底抜けに温かい背中が――


 私にはヒーローそのものに見えた。


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