本物のヒーロー(2)
本当に優しい人間がいるのなら、それはきっとこんな人物なのだろうと思った。
本当に正しい人間がいるのなら、きっとこんな人物なのだろうと思った。
優しくて正しくて……。
でもずっと、その優しさを否定したかった。否定するべきだと分かっていた。
だってそれはどこまでも残酷なものだから。
いつまでも、どこまでいっても、彼は傷つき続けると分かっていたから。
けれど、どうしても否定することが出来なかった。
だって彼はいつも正しいから。本来、正しさを教える立場である私なんかよりもずっと、究極的なまでに正しいから。
ッ……言えるわけ、ないじゃないか……っ。
人間の尊厳は不可侵です。人権は何よりも尊ばれるべき人としての権利です。
何人も決して、それらを侵してはなりません。
転じて――
人の痛みを考えなさい。人を気遣える人間になりなさい。優しい人になりなさい。
教科書にもそう書いてある。そう教えるべきだと、育てるべきだと、誰もが口をそろえて説教臭く語る。
私もそれが正しいと思って生きて来た。そんな人間に育ってほしいと願い、教えて来た。
そんな私たちが、本当にその通りに生きる彼を見て、
『君の優しさは間違っている。人権にも優先すべき順番があって、最優先するべきは君自身だ。だから人のことよりも自分のことを優先して、誰かの痛みなんて気にせずに、自分の損得だけを考えて、自分自身のために生きなさい。自分を大切にしなさい』
なんて、上から目線で彼を否定する。そんな……っ。そんな無責任なことが、どうして言える?
それを否定してしまったら、では何のために私たちは、生徒たちに指導してきた?
何を信じて、何を思って。
彼らに優しくなれと、正しくなれと、言いつけてきた?
上辺だけの綺麗ごとを並べて。指導した気になって。優しく育てた気になって。
そんなの……っ、ただの自己満足じゃないかっ!
っ……ッッ。
傷つけたくないから、正しくなってほしかった。傷ついてほしくないから、優しくなってほしかった。幸せになってほしかった。
それなのに、本当に正しくて優しい人間が傷つき続ける姿を見て、それは間違っていると否定したいと思ってしまう。
どうしたらいい?
どうしたら、私は彼らを正しく導ける?
どうしたら彼を――……
そして私は理解した。おそらく心のどこかではもうずっと前から気付いていて、それでも気づきたくなかった。知りたくなかった。
教育の尊さも、教師としての誇りも、立場も、それらすべてを否定することになってしまうから。
これまでの私の教育のすべてを否定することになってしまうから。
それでも、もう自分を偽ることなどできなかった。
心の内でさえ、彼を否定することなんてできなかった。
きっと私は――
私は彼から、本物を教わったのだ。




