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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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彼女から見た修学旅行 安桜一美 (3)

「すまない。君たちの班は少し残ってくれ」


 朝、ホテルのロビーで全体に指示を出した後、これから京都の町に乗り出そうとしている一色たちに声をかけた。何やら話し込んでいた様子だったが、少々急を要する案件だったため会話に割り入ってしまった。どうか大目に見てもらいたい。


「天ノ目のことで少し話がある」


 言うと、彼の班員たちは皆足を止め、私の言葉の続きを待つように静かに私を見つめる。

 そんな彼らにこれから嘘を吐くのかと思うと胸のあたりにモヤモヤとした思いが募るが、しかし私には彼女の嘘を真実にして伝える以外の彼女を傷つけない方法が分からなかった。


「彼女は今朝から少し体調を崩してしまったようで、残念ながら今日はホテルで休むことになった」

『っ……』


 告げた瞬間、やはり班員たちは驚きに目を見開き、顔を伏せ、どう反応していいのか分からず動揺を隠し切れない様子。

 そんな中、真っ先に口を開いたのは意外というかやはりというか。


「……あいつは大丈夫なんですか?」


 その目には一点の曇りもなく、ただ彼女の具合を心配している、どこまでも純粋なものだった。

 班員が一人減って今日の予定が狂ってしまうとか、彼女と思い出を作れないことが悲しいとか、そういう他の班員たちが皆胸に抱く当たり前の思いよりも早く、彼女の痛みを見ようとする。

 本当に、君らしい。


「ふふ、真っ先に彼女の心配をするところが実に君らしいな」


 思わず胸に浮かんだそんな言葉が、漏れ出た微笑に乗ってうっかり声に出てしまった。

 そんな私の言葉に首を傾げる彼に何でもないと首を振って、


「心配ない。べつに熱があるわけではないし、おそらくは慣れない集団旅行で疲れがたまっていたのだろう。まあ、大事をとっての外出禁止という判断だ」


 さっき考えた仮病の言い訳のような話をさらりと言って、何か予定に変更がないか確認した後、


「……まあ、彼女がいないのは残念だが、それでも学校生活最後の修学旅行だ。精いっぱい、楽しんできなさい」


 言いながら、ふとそれは彼女にも当てはまることなのではないかという思いが脳裏をよぎった。

 それでも、ならば彼女を無理矢理にでも今日参加させるべきだったのか? と、己に問い直し、そして結局、その答えは出ない。

 彼女が望んだことだからと誠実ぶったどこぞの政治家のような、清濁併せ呑んだ、実に公務員らしい言い訳で解答欄を埋めて、私は彼らに向き直る。


「時間を取らせて済まない」


 そう言って、何でもないようにその場を去った。罪悪感から逃げるように。己の無力さを隠すように。



 彼らに背を向けた後、生徒たちが各班に分かれて京都の町に乗り出していく姿を静かに眺める。


『――精一杯、楽しんできなさい』

「ッ……」


 ふいに脳裏をよぎったのはついさっき自分で生徒たちに投げかけた一言だった。

 天ノ目紗月も。杉原菜月も。古谷友美も。田中雄介も。中谷喜一も。そして一色薫も。

 彼らもまた私の大切な生徒だ。もちろん彼らだけでなく、学校に通うすべての生徒に対してその幸せを願っている。

 けれど、

 本当に私は平等に、彼らのことを見ているだろうか?

 例えばいずれ視力を失う彼女を。

 例えばいつも明るく笑顔を絶やさず、いつだって自分の想いを呑み込んで、平凡な日常を演じ続ける彼女を。

 例えば、そう……例えば。

 平凡で、不器用で、不愛想で、およそ器用とも多芸とも言えない才能乏しい彼を。

 悪意にも痛みにも敏感で、どれほど些細な苦しみにだって気づけてしまう。気づけてしまったら、気付いてしまったら、もう目を逸らすなんて選択肢が始めから存在しない。その為なら自分が傷つくことも厭わない。……そんな、傷つき続ける彼を。


 っ……だって――っ。


 仕方ないじゃないか⁉ 私だって人間だ! 特別なんだっ。……大切なんだっ!

 どうしてあんなにいい子たちが、優しい子たちが、こんなに傷つかなければならない……っ⁉

 もしも神様がいるのなら、私がぶっとばしてやる! ふざけるな……‼


「っ……なんでっ……なんで……っ」


 世界の理不尽なんて、生きていれば嫌ってほど味わう。大人になればそれにも慣れる。慣れたつもりだった。っ……それでも、


「なんでだ……っ」


 唇を噛みしめて、拳を握った。

 けれど、食い込んだ爪の痛みも噛み締めた下唇の刺激も。

 この世界の運命に弄ばれ続ける生徒達の痛みに比べれば、己の無力さを自覚してこみ上げてくるこの胸の疼痛に比べれば――


 少しも痛くはなかった。

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