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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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始まりの日(2)

『――ただ一つだけ、一色薫という生徒を私の受け持つことになるクラスに配置してもらえますか? 同じく杉原菜月さんもお願いします』


 彼女を受け持つ条件……というのはあまり良い気分がしないので、お願いと言い換えておきたいが。

 私がそう提案した時の校長先生の反応は、それはもう可笑しかったなと、美少女転校生が隣にやってきたという特大の幸運を得たにもかかわらず、さっさと適当な挨拶を済ませて教室から逃げて来た問題児を壁に背を預けて眺めながら、思わず頬が緩んだ。


「先生。……なに勝手なこと言ってくれてんですか。ああいうの、結構気まずいんですよ?」


 突然声をかけた私に一瞬驚いた様子を見せた彼は、先ほどの教室でのことを、恨みがましい体を装いつつ言う。


「まったく。それでもうほっぽりだしてきたのか? 君はもう少し情のある男だと思っていたんだがな」


 そんな彼の軽口に、つい私も冗談交じりに返してしまった。本題ではないのだが、彼と話しているとついつい無駄話をしてしまう。


「ほっぽりだしたって。……むしろ俺がいた方があいつに迷惑ですよ。それにあいつだったら、きっとどうとでもなりますよ」


 ……ああ、やっぱりこの子は変わらない。ずっとそういう『正しさ』でもって自分がどう周囲に見られているのかを正確に自覚していて、『優しさ』でもって誰からも距離を取ろうとする。一年の時と同じ。生徒指導室ではあんな風に私に親し気に話すくせに、少しでも誰かの目があると、決してこちらに踏み入ってこない。すっと目を逸らして、他人のふりをする。

 本当に変わらない。いつだって彼には人の痛みが見えている。


「ふふ、まあ今はそうだろうな。けれど、君は必ず彼女と関わるようになるよ。君が髪を赤く染めた理由を考えれば、君はきっと彼女と関わらざるを得ない」


 思わず、つい芯を突いた話題をそのまま出してしまった。何でもないことを装おうとカッコつけようとして、彼の優しさを肯定したくて。だから彼が最も自分を責める話題を出してしまった。


「ッ! ……あまりその話はしないでくださいと伝えたはずです。それに、言っている意味が分かりませんよ」


 つい先ほどまで飄飄としていた彼のその真剣な目と筋張った頬に、私はすぐに自分の失言を恥じた。姿勢を正して、心からの謝罪をする。


「……すまない、少し配慮に欠けていた。軽率に扱ったつもりはないんだ。不快な思いをさせてしまったなら悪かった」


 私と彼の間にはもう一年間の積み重ねがある。彼が周囲にどう見られるか承知のうえでなぜ髪を赤くしているのかも、私は知っている。私だから教えてくれた。信頼してくれたから話してくれた。その信頼を裏切る行為を、私自身が許せなかった。どうしても、彼にだけは失望されたくなかった。

 ……けれど、やはり私は君を頼ってしまう。許してくれ。弱い先生(わたし)を。君にしか頼めない。君にどうしても頼りたい。

 私は先生然とした態度を装いながら、それでも心の中ではまるで小さな子供が母親に甘えるときのような言い訳をして、出来る限り誠実に、私の君への深い信頼が伝わるように、彼に頼み込んだ。


「なあ、頼むよ一色? もう少しだけ、彼女のことを気にかけてやっていてくれないか? 別に深く関われとか、世話を焼けというわけではない。ただ少し注意して見ていてもらえるだけでいい。頼むよ、一色」


 本当に自分勝手な頼みですまない。君が断れないと最初から分かっているのに、誠実さなんて欠片もないのに、それでも彼女のことを救えるのはやっぱり君しかいないと、私は思うんだ。


「……まあ、気にするだけでいいんなら」


 フイっと照れくさそうにそっぽを向いて、ぼそりとこぼすように言う。


「ああ、よろしく頼んだぞ、一色!」


 私は胸の内側から溢れ出て来るこの言いようのない感情をぐっとこらえて、その勢いを手のひらにのせてバシンと彼の背を叩く。

 恨みがましい目で叩かれた背中をさする彼に、緩みそうになる頬を引き締めながら、私は颯爽と廊下を後にした。


 ……これが虐待と何が違うというのだ。


 そんな、この不誠実で、欺瞞に満ちた最低な行為を自覚する、己の正しさから逃れるように。


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