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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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本物を知った者(2)

 合コン……というものに行ったのは大学の時に一度きり、しかもその時も今日のような友人の代役だったはずだ。

 結局、一応約束通り本当に課題を採点してきた彼女の頼みを断り切れず、流されるまま強引に合コンに参加させられてしまった。


『よろしくお願いしま~す』


 自分よりいくつか年下の男女が数人集まったイタリアンレストランの個室で、坂本先生の陽気な掛け声ととともに始まったそれに、私は隅の席で場の雰囲気を壊さない程度に皆と同じように軽く手元のワイングラスを掲げて見せる。


『先輩は普通に座ってるだけでいいんで、適当なタイミングで頷いたりしといてください』


 という適当というかテキトーすぎる指示を受けたあと。彼女は真っ先に真ん中の席に陣取って、昼間教室で見せるものとは比べようもないほど真剣な目で相手の男性陣を観察する作業へと取り掛かってしまったため、どうしていいか少し心配していたが、目立ちたがり屋の彼女が注目を集めていたため特に私に話が振られることもなく話は進んだ。

 若い彼女たちが盛り上がっている横で、つまらない顔で座っているのも少し腹立たしいので、せっかくならば私も楽しもうと彼女たちの会話を無視して美味な食事に舌鼓を打つ。

 このようなお洒落な雰囲気の場所で一々食事をとるのが面倒だと考えてしまう性分なため、あまりこのような店に自分から入ることはない。そのため、どのような料理が出て来るのか期待していたが、想像以上に美味しいものばかりで驚いた。


「あの」


 私が隅の席で一人、料理に舌鼓を打っていると、ふと前の席に座る男性に声をかけられた。


「はい?」

「あ、すみません。さっきからあまり会話に参加していない様子なので、少し気になって」


 盛り上がる坂本先生たちの方に視線をやって、声をすぼめて言う男性。


「ああ、いや、すまない。今日は同僚の友人の代役なので、あまり出しゃばらない方がいいかと思って。悪気はないんだ、ただ性分に合わないというだけで」


 たしかに彼の方からしたらせっかくの合コンの場で、目の前の女がずっと食事に夢中というのも面白くはないだろう。


「私のことは気にせず、財布持ちとでも思ってくれ」


 彼も周りの男女も年下ばかり。空気を悪くした詫びに、会計くらいは持つと伝える。


「いえ、そういうわけでは。ただあまり楽しんでいない様子だったので、もしかしたら僕と似た立場なのかなと。じつは僕も、今日は友人の代役で参加していまして」


 何とも爽やかに言いながら、きっちりとした正装に身を包んだその男性は微笑交じりに言って、


「ちょっと場違いに思っていましたけど、同じ立場の人がいて気が楽になりました」


 と可愛らしく笑う。

 その笑顔は何とも愛嬌があり、ペットショップで客に愛想を振りまくワンコのようだ。


「そうか。私も似たような気持ちだ。お互い、強引な友人や同僚を持つと苦労するな」


 似た境遇にあるということも相まって親しみを覚えた私はそう言って、面倒ごとの元凶である坂本先生に呆れ混じりの視線を送りつつ言う。すると彼は愛想のいい笑いで同意しながら、ちょっと上目遣いに、遠慮がちに言った。


「あはは。……あの、もしよければお名前を伺っても? その、先ほどの自己紹介の時には聞き逃してしまいまして」

「ああ、……安桜一美(あさくらひとみ)だ。高校の教員をしている。……こちらも、君の名を尋ねても構わないかい?」


 名を尋ねられた以上、こちらも尋ね返すのが社会人のマナー。料理を楽しむ手を一旦止めて尋ねると、なぜか彼は少し困ったように頬をかいて。


「ええと……、毒島(ぶすじま)一色(ひいろ)といます」


 っ!


「すみません、あんまりこの名字にいい思い出がなくて。よければ名前で呼んでいただけると嬉しいです」


 慣れた様子で愛想よく、しかし少し思うところがあるのだと分かる困ったような顔で言った彼に、しかし私は全く別のことを考えていた。


 ひいろ……


「すまない、ひいろという漢字はもしかして」

「あっ、一に色という漢字で一色です」

「っ……そうか」


 それを聞いて、思わず言葉に詰まった。懐かしい名だ。もう何年も前のことなのに未だに色濃く記憶に残るその文字列は、言いようのない温かさと同時に、大きな悲しみを抱かせる。

 そんな私の様子に首を傾げる彼に「いや、すまない」と返しながら、


「……ふふ、好印象だよ」


 名前一つで頬が緩んでしまう自分が、妙に情けなかった。



 *



「ほお、芸術家を目指しているのか。それはなかなか勇敢な挑戦だな」


 それから少々食事の傍ら彼と話し込んだ私は、彼が芸術家志望の若者で、一昨年(おととし)、美大を卒業した後はなかなか芸術家として芽が出ず、バイトと大学時代の先輩の手伝いをして暮らしているのだと知った。


「あはは、無謀な挑戦なのは分かっているんですけど、どうしても夢を諦めきれなくて……」


 謙遜したように言う彼の言葉はその通りで、無謀もいいところな博打にも似た挑戦なのだが、しかし若者の夢を追い続ける姿勢というのは自然と応援したくなるものだ。


「まあ、続けていればいつか報われる日がくるだろう。頑張りたまえ」


 微笑を投げかけ、「応援するよ」と告げると、


「ありがとうございます」


 素直にぺこりと言われてしまうと、無謀だから早く定職に就くべきだというありふれたアドバイスはできなかった。



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