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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
2章 愛しい日々は戻らない
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本物を知った者(1)

『貧困で苦しむ子供達を救うために、自腹で一億円、寄付します!』

『おおー‼』


 職員室に備え付けられたテレビの中から、インフルエンサーの宣言に黄色い歓声が上がる。


「すごいですね、一億円自腹でなんて。こんなに優しい人がいるなんて思いませんでした」


 それを眺めながら、感心したように同僚の教員がほおと感嘆のため息を漏らす。


「僕なんてコンビニのお釣りを寄付するのだってためらうのに。やっぱりできた人は違いますね」


 そんな彼女に同意する様に、インスタントコーヒーを淹れて自席に戻ろうとしていた教頭先生が言った。


「いや、そこは上司の余裕見せて下さいよ。私たちより断然、お給料もらってるんですから」

「いやいや、僕のお小遣い月額いくらか知ってる? 缶コーヒー買うのだってギリギリなんだから」


 可愛らしく言った若い女性教員のいじりに気を良くした教頭は、定番の『嫁の尻に敷かれた夫ジョーク』で自虐してみせる。

 毎朝ご自慢の輸入車を見せつけるようにして駐車場の一番人目につく場所に停めている彼のそんな冗談に、周囲の教員達はどっと笑う。


『これだけの大金を見ず知らずの子供たちのために寄付するなんて、まさに聖人君子ですね!』


 アナウンサーが良く通る可愛らしい声で言うと、


『いえいえ、貯金のほんの一部ですから』


 言いながらカメラに向かってドヤ顔すると、彼はそれから自分が出演しているドラマの番戦や出版した本の宣伝を、お決まりのように始めた。



「やっぱり、優しい人っているんですねえ~」


 テレビの向こうの彼のその爽やかな笑顔に目を奪われながら、隣に座る同僚の先生が同意を求めるように言ってきた。


「……そうですか」


 それに私は短く答えながら、どうしても嘘くさく思えてしまうテレビの中のインフルエンサーの笑顔から目を逸らした。



 *



「合コン?」

「はい! 今日来ることになってた友人が突然風邪を引いてしまって、代わりの人を探しているんですよ」


 昼休みに職員室の自席で昼食のため来る途中コンビニで買っておいたサンドイッチを頬張っていた私に、後輩の坂本先生が焦ったように言って来た。


「安桜先生、まだご結婚されていませんよね? 毎日カップ麺やコンビニ弁当ばっかりですし。どうですか? そろそろいい年……というか、ちょっと遅すぎるくらいかもしれませんけど、本格的に結婚を考えては? 先輩こんなに美人なのに、このままじゃただ腐っていくだけでもったいないですよ!」

「……ド失礼だな、君は」


 何の悪気もなく言う彼女を本気でビンタしてやりたい衝動に駆られつつ、しかし先輩としてぐっとこらえる。こういう今時の若者然とした後輩は苦手だ。


「あいにく今日は生徒たちの課題を採点しなければならない。また今度誘ってもら」

「ええ~、いいじゃないですか、そんなのいつだって。どうにもならなくなったら自己採点って言って配っちゃえば、授業も時間が埋まりますし、そっちの方が楽ですよ」


 名案です! とばかりに自信満々に言う姿からも、その職業意識の高さがうかがえる。


「っ……本気で言っているのか?」


 そんな彼女のあまりにもあんまりな態度に、少し苛立ちを孕んだ声で問うた。しかし彼女は一向にそれに気づいた様子もなく、


「? もっちろん! わたし嘘つくの嫌いなので、いつでも正直に生きてるんですよ」


 本当に何も伝わっていないのが分かるのほほんとした顔で、「個性って、そういうものですよね?」と笑顔で続ける坂本先生。


「……そうですか。あなたはそうでも私はそうではないので、他を当たってください」


 これ以上付き合いきれないと机に向き直って、さっさと昼食を食べて次の授業の準備に取り掛かろうとした私に、しかし何を思ったのか坂本先生は突然「あっ」と閃いたように膝を打って。


「それなら私が次の授業中にやっておきますよ。どうせ今回の授業も班ごとになって談笑するだけの自習みたいなものですから」

「っ! そんなわけにはっ」

「ではこれもらっておきますね~。べつに助け合いですから、気にしないでください。その代わり、放課後はお願いしますね?」


 あまりの無責任さに声を荒げそうになった私の話も聞かず、坂本先生は勝手に私の机から今日、家に帰ってやろうと思っていた漢字の練習課題の束を雑につかんで自分の席に帰って行った。


 …………。


 そんな彼女にまるで理解できない存在に出会ったような何とも言えない感情を抱きながら、どうしてあの子はこの仕事を選んだのだろうという純粋な疑問に目をまわした。


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