終わりから得たもの(3)
「お兄ちゃん、もうすぐクリスマスだね」
リビングのソファーに寝転がってザッピングしていた桃華が、クリスマスケーキのCMを見て、そういえばと言う。
「ああ、そうだな。今年はケーキどうする?」
去年は調子に乗って特大のクリスマスケーキを注文して、菜月を呼んで三人でなんとか完食した。出来れば今年は普通に食べきれるものにしたい。
「ごめんね。わたし、今年は友達の家でクリスマスパーティーするのに呼ばれたから」
「……そうか」
俺の中で今年はもう終わった。
「あっ、暇なら菜月ちゃんたち誘って、三人でやったら? 二人ともきっと喜ぶよ!」
「っ……そうだな」
桃華の口から菜月と天ノ目の話題が出て、思わず言葉に詰まった。それを悟られないように、必死に洗い物に集中していたという雰囲気を装う。
「? どうしたの?」
二人に告白されたことを、桃華には伝えていない。きっとそんなこと夢にも思わないだろう。何の役にも立たなかった不甲斐ない兄貴を、あんなにも魅力的な女の子たちが好いているなんて、思うはずもない。
菜月も天ノ目も俺を好きだと言ってくれた。何かの間違いだと思いたいところだが、それがどれだけ彼女達に失礼なことか、分からないほど愚かでもないつもりだ。
二人は俺を優しいと言う。でも、何度も言うがそれは違う。
お節介にも天ノ目のストーカーを務めているのは助けてもらった恩返しだし、菜月を幼い頃助けたのは偶然だ。この先も同じように二人を助けられるとは限らない。二人の期待を裏切ってしまうことがあるかもしれない。
その時、彼女たちは気づくだろう。本当の俺がどういう人間なのか。
俺はそれが――……ほらな? 何度問い直しても変わらない。俺は臆病で、とてもヒーローなんかにはなれない。
「あのさ、お兄ちゃん」
気づくと、いつの間にか洗い物をする俺のすぐそばに立っていた桃華が、同じ皿を持ったままボーとしている俺の顔を覗き込みながら、もったいないからと言葉には出さずに水道の蛇口をひねって水を止めた。
「っ……悪い。話があるのなら、少し待ってくれ」
「ううん……いいの、そのままで。あらためて面と向き合うと、ちょっと恥ずかしいから」
「っ」
照れ混じりの声が聞こえたかと思うと、洗い物を再開した俺の背中に、ぎゅっと抱きしめられたような温もりが伝わってきた。
「……久しぶりだな、こういうの」
「うん。……ごめんね。寂しい想いさせちゃって」
「っ……バカ。何言ってんだ。やっと手のかかる妹が巣立って行って、心底ホっとしてる」
「……うん」
背中越しに、桃華の体温が伝わってくる。震える手から、緊張が伝わってくる。
いつからかこうして俺に甘えてくることもなくなっていた桃華。久しぶりの兄妹のじゃれあいは随分ぎこちないもので、以前はどうやっていただろうかと不思議に思った。
震えるほど嬉しかった。お兄ちゃんだから、決して口には出さないけれど。……寂しかった。
「もしかしたらさ。お兄ちゃんは、自分のことがあんまり好きじゃないかもしれないけど。ダメなところばっかりだって、思ってるかもしれないけど。でも、それは違うんだよ?」
「……え」
まるで語り掛けるように、洗い物を終えた俺の手にタオルをかけて、その上から自分の手でぎゅっと包み込む。
「ずっと守ってくれてありがとう。傍にいてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。他にもいっぱい、本当にありがとう」
「桃華……」
「ふふ、そんな顔しないで」
柔らかい声で話す桃華を見て、瞼の奥から熱い何かが押し寄せて来た。でも、それを流す資格は俺にはないから。いつからか決して流れなくなったはずのそれを、必死に堪える。
違うだろ。お前じゃない。お前が何をした⁉ 菜月や天ノ目のおかげだろ⁉ お前は――
「いつも助けてくれた。守ってくれた。今日まで私は、あなたのおかげで生きてこられた」
必死に己を戒める俺の心を見透かすように、目の前の黒髪の少女は、
「私はもう、大丈夫。みんなのおかげで、未来に進む勇気を持てた」
「っ……ああ…っ」
涙があふれた。その目は、俺がずっと求めていたものだった。二年間、祈るように願い続けてきた、未来を望む力強い眼差しだった。
「だからお兄ちゃんも、一緒に前を向こうよ? 大丈夫。私が保証する。あなたは、」
抱きしめられた。
「っ」
「あなたは優しくて、優しくて優しくて……誰よりも優しくて。強くてカッコよくて大好きな、私の自慢のお兄ちゃんなんだから」
俺はあの日以来、桃華の前で初めて泣いた。




