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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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終わりから得たもの(2)

「じゃあ、ここまでで大丈夫。送ってくれてありがとね、二人とも」

「いえ、今日も楽しかったです。また明日」

「ああ、またな」


 今日も家に来てくれた二人を見送りに外に出て、天ノ目と駅まで菜月を送った。にこやかに手を振って、改札を通ってホームに歩いて行くその背中を、何とも言えない思いで眺める。

 先日、告白を断ってからも、菜月は以前と同じようにこうして度々うちを訪れては夕飯の手伝いをしてくれた。家にいるときも学校でも、今までと何も変わらず、同じように接してくれて、変わらない日常を演じてくれた。

 その笑顔を眺めながら、十年一緒にいた幼馴染のことを俺は何も知らないのだと、今更になって思った。修学旅行で彼女の泣いている姿を初めて見たように、菜月はいつも笑っていた。いつも変わらずニコニコと。怒っていても拗ねていても、いつだって笑顔を纏っていた。


 十年だ。


 十年一緒にいて、積み重ねてきた時間があって。どうしてその笑顔の中には、心を偽っていたものもあったかもしれないと、どうして思えなかったのだろう。心を偽って、俺達に悲しい顔を見せないように、俺達が悲しい想いをしなくて済むように、痛みに耐えた優しさがあったかもしれないと、なぜ思えなかったのだろう。

 あいつは俺の恩人だ。菜月がいたから、俺は投げ出さずに今日まで不格好にでも生きてこられた。ずっと助けてもらった。とても大切な幼馴染だ。

 それなのに、なぜ俺はあいつの痛みに何一つ、気付こうと……いや、分かっているはずだ。結局、俺はそういう人間なのだ。


 桃華の時と変わらない。俺はまた、繰り返していたのか。


「一色さん? どうしたんですか、そんな顔をして。何かありましたか?」


 駅からの帰り道。黙り込む俺に不思議そうに首を傾げながら、天ノ目が言う。


「……それにしても桃華ちゃん、すっかり学校にも慣れてきたみたいで、安心ですね」


 返ってこない返事にしびれを切らして、話題を振ってくれる。


「……ああ、そうだな。ただ、」


 ――もう以前の様に甘えてくれることもなくなるんだろうと思うと、少し寂しい。


 そんな弱音がつい零れてしまいそうだった。自分の弱さなんてもうずっと前から知っていた。けれど、このモヤモヤとした感情の意味は分からなかった。

 それきり言葉が続かなくなった俺に、天ノ目は少し周囲を見渡した後、


「少し、休んでいきませんか?」


 そう言って以前、桃華のことを打ち明けた公園を指さした。



 **



 彼と彼女の様子から、きっと何かあったのだろうと思った。そして多分、桃華ちゃんも私と同じように二人の異変に気付いていた。


「……紗月ちゃん紗月ちゃん」


 玄関を出る前、ちょんちょんと肩を叩かれて呼び止められた。


「お兄ちゃんのこと、お願いしていい?」


 桃華ちゃんは内緒話をするような小さな声でそう言って、心配そうに二人を見つめていた。



 夏休み、初めて桃華ちゃんに会った日にこうして一色さんと二人で立ち寄った、うちのマンションの近所の小さな公園。自販機でココアとレモンティーを購入して、静寂を埋めるようにお互い一口飲んだ。


「残念だな。今日は月も見えない」


 公園に誘ったはいいものの、話のきっかけがつかめないでいる私に、一色さんはそう言って、空を見上げながら息を吐いた。十一月の夜は肌寒く、吐いた息は白く染まる。


「そんなことありませんよ。目立つ月ばかり見ていたから気づけなかっただけで、よく目を凝らして周囲を見渡せば、たくさんの星々が見えるはずです」


 私にはもうほとんど見えないけれど。


 そんなこと、もちろん言わなかったけれど、彼はきっと気づいてしまうだろう。夜に外を歩くときはいつも必ず隣に立ってくれる彼は、外灯の明かりでは真っすぐ歩くのがやっとだということも、こうして寄り道している今も、本当は真っ暗な視界な中、立っているのが恐くて仕方ないのだということも、分かってしまうだろう。


「……ありがとうな、天ノ目。桃華のこと。本当に」

「いえ、私は何も。桃華ちゃんや一色さんが頑張った結果です」


 脈絡なく、いや、星々から目を背けるように、俯き足元を見つめながら言った一色さんに、私はただ思ったことを言葉にして返した。

 私の言葉を聞いて、一瞬ぐっと何かを噛み締めるように彼の身体が強張った。ペコリと、彼の持つココアの缶が音を立てて凹む。


「っ……俺は無力だ。俺は、最低な人間だ……っ」


 月明かりもないこんな夜の公園では、私の目には、今の彼がどんな顔をしているのかさえ分からない。ただ、震えるその声は苛立ちを含んでいて、初めて桃華ちゃんに会ったあの夜の、自分を責める痛々しい声と重なった。


「結局、何も変わっちゃいなかった。口だけだった。桃華を幸せにするなんて言って、いざそうなってみると寂しいだとか悲しいだとか……っ。結局、お前や菜月に頼りきりで。肝心な時に何もできなくて。っ……あいつの気持ちにさえ、気付けないくせに。助けてもらってばかりで。俺は、……俺はっ」


「――優しくて、少し不器用で。頼りになってカッコいい、私の自慢の友人です」


「ッ――!」


 見えなかった。彼の顔も。涙も。夜の闇に包まれて、何も分からなかった。

 分からなくてよかった。聞きたくなかった。見たくなかった。彼が自分を責めて泣いているところなんて。私たちが、……私が、どれだけあなたに救われたかも知らないで。どれだけあなたを好きかもしらないで。私たちがあなたを助ける理由なんて、大好きだから以外にないのに。そんな私たちの好意を、傷つく理由にされることが凄く腹立たしかった。


 この人は何も分かっていない。


 桃華ちゃんが兄離れを決心したのは、あなたの幸せを誰よりも望んだから。

 菜月さんがずっとあなたを支えてきたのは、あなたのことが誰よりも大切だったから。十年傍にいてその気持ちの欠片にさえ気づいてもらえなくても、それでも一緒にいたいと想えるくらい、あなたが大好きだったから。

 私が、私が病気のことを打ち明けてしまったのは。もう嘘を吐きたくないと思ってしまったのは。

 たとえ菜月さんに恨まれることになっても、それでもあなたに――


 分かっていた。病気のことを伝えれば、彼はきっと私の傍にいてくれる。恩返しだとかそんな理由がなくても、きっと彼は同じように私を助けてくれた。


『一色さんは大切な――』


 だって、そう言うしかなかった。彼女の気持ちを知っていたから。

 それでいいと思っていた。いつか失う私には、彼女の様に彼を求める資格はないと。

 ……でもっ、耐えられなかった。


 ごめんなさい。ごめんなさい……っ。


 あの夜から、何度も何度も心の中で謝った。痛くて仕方なかった。屈託なく笑いかけてくれる彼女の顔を、真っすぐ見つめ返すことができなかった。

 大切な友人に嘘を吐きたくなかった。それなのに、大切な友人に嘘を吐いて、後ろめたさを感じながら、それでも怖くて言えなかった。それでも、傍にいて欲しかった。


「っ……あなたは無力なんかじゃないです。だって、もしあなたが無力なら、私はこんなにあなたを好きにならずにいられたのですから」


 ゆっくりと足元からこちらに視線を移した彼は私の目を見て、


「………え」


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