それでも彼は気づかない(3)
「ねえ、私と付き合ってよ?」
いつもと変わらない調子でそう言った幼馴染の目は驚くほど真剣で、今にも泣きだしてしまいそうだった。僅かに震える手が、これがいつもの冗談なんかじゃないということを伝えてくる。
「お前、俺のこと好きだったのか?」
あまりにも予想外だったため、目をまん丸にして何とも間抜けな返事をしてしまった。
「……はあ。やっぱり、なーんにも気づいてなかったんだね。分かってはいたけど、ちょっと虚しくなってくるよ」
さっきまでの緊張はどこへやら。呆れたような顔をして、そして一つ息を吐いて言った。
「私の片思いは、それはも~う長いよ? 迷子の迷子の子猫ちゃんだった私を家に連れ帰った小っちゃいオオカミさんに、まんまと十年も引っかかってるんだから」
「っ……そう…か」
おちゃらけたように言ってはいるが、一度だって彼女は嘘を吐いていないのだと、逸らすことなく俺の目を見つめ続けるその瞳が、伝えてくる。
考えたこともなかった。けれど考えなければならない。
菜月はすごく魅力的な女の子だ。こいつの笑顔に、俺達は何度も救われた。心から幸せになってほしいと思う。
けれど……。
リビングを見渡して、いつも桃華の特等席だったソファーを眺めながら思う。
桃華が学校に行けたのも、外に出られるようになったのも、すべて菜月や天ノ目のおかげだ。二人がいなければ、結局俺は桃華を学校に通わせることはできなかっただろう。
あれだけ願ったことのはずなのに、桃華の成長を初めて感じた時、俺が胸に抱いた感情は『寂しい』だった。今も、言い訳もできないくらい思っている。以前なら、俺が帰宅したらすぐに駆け寄ってきてくれたとか、朝は必ず「いってらっしゃい」と言って送り出してくれたとか、もっと甘えてくれたとか。そんな身勝手で恥ずかしい思いがずっと胸の中にある。
俺だけが、妹離れできていない。
手のひらを見る。
大きくてごついだけの、平凡な手だ。傷つけるだけの、何も守れなかった俺の手だ。それが俺だ。俺は平凡で、誰も幸せに出来ない男だ。
だから、告白の答えは最初から決まっている。
菜月には心から幸せになってほしい。そして、理想とは程遠いこんな俺なんかでは、菜月を幸せにすることはきっとできない。
だから答えた。
こんな俺をずっと想い続けてくれた幼馴染が、きっと幸せになれる選択を。
「すまない。俺は――」




