月夜の告白(1)
「まさか、菜月があの時の迷子だったとはな」
菜月の話を聞いて、ぼんやりとだがあの時のことを思い出すことができた。そして思う。縁とは本当に不思議なものだと。
ホテルを抜け出して立ち寄った夜の公園。幼馴染の顔を思い浮かべながら、月光浴に興じる。運よく今宵は満月。地元から遠く離れた地の名前も知らない公園から見ても、相変わらず月は美しく、そのことに不思議と安心感を覚えた。
修学旅行にホテルを抜け出して、というのは青春イベントの定番だが、俺の場合、部屋に居場所がなくて時間を潰すために出てきているだけなので、そういった甘酸っぱさ的なものは微塵も無い。むしろ十月の夜風は肌寒く、人肌恋しいくらいだ。ああ、俺の場合、それはいつだって変わらないな。
「……一色さん? 一色さんも、ホテルを抜け出してきたんですか?」
シチュエーションにあてられてか少しセンチメンタルになっていたおかげで、自分で言った自虐に割と本気で落ち込んでいた俺に、驚いたように声をかけてきたのは今日初めて見る天ノ目だった。体操服にカーディガンを羽織っただけの簡単な格好。
「っ……お前、体調は大丈夫なのか?」
「ふふ、真っ先にそこを心配してくれるところが、本当にあなたらしいですね。ご心配をおかけしました。体調の方はおかげさまで落ち着いて、一日ホテルで退屈していたので、少し気分転換しようと思って出てきちゃいまいた」
安桜先生と同じようなことを言いながら、珍しく天ノ目はいたずらっ子のようなお茶目な顔で、えへへと人差し指を唇に当ててシーのポーズをする。普段の天ノ目ならこんな無茶はしないと思うが、修学旅行の夜ということでテンションが上がっているのだろうか。
いや、というよりこれは……
「なあ、何でお前、泣いているんだ?」
「……え?」
月明かりに照らされた彼女の頬にツウっと一条、流れ落ちる雫が見えた。生憎と今夜は満月だ。夜の闇も、その涙を包み隠せはしない。
「っ……いえ、これはべつに」
「まあ、言いたくないのならべつに言わなくていい。今日の京都めぐりに出られなかったのが心残りなら、またいつか来ればいい」
言うと、天ノ目は目を見開いて、そして静かに「はい」と頷いた。
――分かっている。
今日参加できなかったことが、彼女が涙を流す理由にはならないということくらい。
そんなに彼女の涙が安くないことくらい、俺にだって分かる。
「……べつに言わなくていいが、もし俺に何かできることがあるなら、遠慮なく言ってほしい。お前には感謝している。何か俺にできるなら、恩返ししたい」
本心からの言葉であり、少しだけ打算を含んだ言葉だった。
みんなで遊園地に行ったあたりからだ。こんな風に天ノ目と二人きりで話す機会は極端に減った。席替えで席が離れてしまったため、教室で話すことはなくなったし、家を訪れる頻度も夏休みのときから比べればずっと少なくなった。そして今日の様に、学校を休んでいたり、早退したりする機会も増えた。
以前からあった違和感が最近はより顕著になってきた。天ノ目は俺たちの恩人だ。今さら関わりを持って生じる迷惑を嘆いて見て見ぬふりができるほど、大人にはなれない。
踏み込みすぎかもしれない。煩わしい行為かもしれない。けれど天ノ目にはずっと助けてもらった。
俺なんかに何ができるか分からないが、それでももし恩が返せるのなら、どんなことでも受け入れるつもりだ。




