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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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修学旅行 三日目(3)

 迷子になってしまった。

 清水寺に行くためのバスでうっかり外国人観光客の集団に流されてしまい、二つ前のバス停で降りてしまった。

 すぐに追いかけないといけない。いや、とりあえず電話で無事を知らせないと。

 焦る思考で、なんとか今、取るべき行動を考える。

 けれど、ポケットの中にもどこにも、スマホがない。財布もない。


「っ…どうしよ。これじゃ誰もたすけに……っ」


 迷子とは言っても目的地は共有している。降りるべきバス停の場所も、地図を見たり周りの人に聞いたりしたら分かったかもしれない。でも、


「あ、ああ……。ど、どうしたら」


 知らない土地。初めての京都。

 行くべき場所の名前が分かっていても、そこへの行き方が分からない。スマホもないから地図アプリも使えない。人に聞こうにも、周りは外国人観光客ばかりで、誰に聞いたらいいかも分からない。財布もないから、バスにも乗れない。

 怖くて不安で、もう帰れないと思った。もう誰にも会えない。


「っ……薫ちゃん、薫ちゃん……っ」


 道の隅っこにうずくまって、あの時のように私は――……



「――やっと見つけた……っ」



「っ……か、かおるちゃん……?」


 息を切らせて近づいてきたその顔が、十年前の男の子と重なった。


「ハア…ハア……っ。まったく、手間かけさせやがって。……大丈夫か? 悪いな。ちゃんと見ていれば、こんな顔させずに済んだのに」


 いつだって助けてくれる私のそのヒーローは、あの頃と変わらないぶっきらぼうな口調で、けれどすっごく頑張って探し回ってくれたんだと一目で分かるくらい顔いっぱいに汗を流しながら、それでも私を心配してくれた。


「かおるちゃん……っ」

「ああ」

「っ……かおるちゃん」

「ああ。遅くなって悪かった。無事で何よりだ」


 私に手を差し出しながら、安心したようにホッと息を吐いた薫ちゃん。その普段見せない優しい目を見つめ返しながら、もうとっくに分かっていたはずなのに、私は心底この人が好きなんだなって改めて思った。



 **



「見つけた」


 あっちこっち走り回ってやっと見つけた菜月は思っていた以上に怯えていた。(うずくま)って身を抱くようにして、必死に何かを祈るように呟いている。近づいて声をかけようとして、その身体が震えていることに気づいた。それを見て、そういえばこの幼馴染が泣いている姿を見たのは初めてだなと思った。

 そして分かった。

 菜月は普通の女の子だ。そんな当たり前のことに気づかずに、俺はたぶん、今までずっとこいつに甘え続けていたんだな。



「……薫ちゃん、来てくれてありがと」


 古谷たちの待つ場所へと帰る途中、俯いたまま隣を歩いていた菜月がふとそう言ってこちらを見上げた。


「っ……ん?」


 そんな彼女の赤くなった目を見て、不思議と懐かしさのようなものを覚えた。いや、当たり前か。こいつは幼馴染なのだ。思い出くらい、それこそ数えきれないほどある。


「どうしたの?」

「いや、そういえば昔、似たようなことがあったなと思ってな。ずっとガキの頃の話なんだが、同じようにピーピー泣いていた迷子の女の子を……」


 どうしたんだったかな? 誘拐したのか拉致したのか、若しくはその両方か。


「っ……覚えててくれたんだ」

「あ? いや、覚えていたというか」


 ただふと今の菜月の顔を見ていると何かを思い出しそうな気がして。……というか、


「覚えてるってなんだ? ああ、お前も知ってる奴か?」


 そういえば俺より俺のことに詳しいもんなこいつ。


「っ違う。……違うよ、薫ちゃん」


 寂しさと嬉しさと懐かしさが入り混じったような目で、菜月は言った。


「わたしだよ。私がその女の子だよ。あのとき薫ちゃんに助けてもらった女の子は、私だよ」


 そして菜月は、


「ずっと言いたかった。でも、言えなかった」

「……そうか。あの時ダンゴムシを探していた変なガキはお前だったのか」

「そんなことしてないよ! ……ふふっ、やっぱり変わらないね薫ちゃんは。でもせっかくだから言わせてよ」


 立ち止まって一つ深呼吸。何かを決意した菜月は、


「久しぶりだね、薫ちゃん。あの時は助けてくれてありがとう。ずっとずっと――っ」

「?」


 ……何かを言いかけて、けれどそれ以上の言葉が続くことなく。


「――ずっと言いたかったんだ。薫ちゃん、全然思い出してくれないから」

「? ああ、悪いな」


 ぐっと何かを飲み込んだように見えたのは、きっと気のせいだろう。



 **



「それでね、薫ちゃんその時――」

「俺そんなこと言ったか? まあ、あの頃なら言いそうではあるが」


 ――ずっとずっと好きでした。


 並んで歩きながら、私はさっき言いかけた言葉を口の中だけでそっとつぶやく。

 言えなかった。

 昔、薫ちゃんが転校してくるよりも前に私たちが出会っていたことを知っても、全然表情が変わらない薫ちゃんに、それ以上何も言えなかった。

 気付いてしまった。きっといま告白しても、薫ちゃんが私を見てくれることはない。

 モモちゃんは確かに兄離れを始めたけど、薫ちゃんの方が、妹離れすることをまだ受け入れられていないから。

 子供の頃の思い出を興味深そうに聞いてくれる薫ちゃんに笑いかけながら思う。


 変わらないよ。ずっと変わらない。昔も今も、君はずっと変わらない。

 優しくてカッコよくて大好き。でもやっぱり君は………残酷だよっ、……薫ちゃん。


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