修学旅行 二日目(3)
「これが鳥居か。なんというか、壮観だな」
「はい。すごく綺麗で、圧倒されますね」
「ええ、感動して動けないわ」
「三人ともっ、それ参道の鳥居だから! 人ごみ見ただけで諦めないでよっ!」
さすが京都。街にいるときから思っていたが、観光施設ともなるとそれ以上だ。
本当にここは日本か? 日本人より外国人の方が多いのではないかという噂は、あながち間違いではなかったようだ。
「もうっ、インドアっ子たちめ。ちゃんと私についてきてね!」
人ごみ苦手勢である俺達のしかめっ面に呆れっ面した菜月が頬を膨らませて言うので、俺達は仕方なく少し遅れてその背中を追った。やっぱり根は真面目な奴だ。
「おおー。話には聞いてたけど、実際に見るとほんとにすごいねっ、薫ちゃん!」
「……ああ。正直驚いたな。何本あるんだこれ?」
「バカだなー薫ちゃん。千本鳥居なんだから、千本に決まってるじゃん!」
「バカはあんたよ。千本というのは実際に千本あるという意味ではなくて、数えきれないほどという意味で、実際の数はそれより少し少ないくらいだと言われているらしいわ」
鳥居の中を歩きながら、得意げに言った菜月がスマホで調べたらしい古谷に呆れられていた。そうか、千本無かったのか。ちなみに稲荷山全体での総数は1万基を超えるそうだ。
「あの、一色さん」
「何だ?」
菜月や古谷のあとに続いて歩いていると、後ろを歩く天ノ目に呼び止められた。
「すみません、靴紐が」
申し訳なさそうに言って足元を見下ろす天ノ目。
「ああ……。悪い、二人とも先行っててくれ」
サクサク歩いて行く二人に少し声を張って言うと、振り返った二人は引き返して来ようとしたものの、周囲のでかい外国人観光客たちに押されてそのまま流されて行ってしまった。一応菜月がOKマークを両手で作っていたので大丈夫だろう。
俺たちはいったん鳥居の外に出て、天ノ目が靴紐を結び終わるのを待つ。
「すみません一色さん。人ごみに慣れていなくて」
「気にするな。俺もあまり得意じゃないし、桃華に頼まれた依頼をこなすいい機会ができた」
「え?」
言うと、俺は鳥居をバックに靴紐が結び終わってこちらに視線を向けた瞬間の天ノ目の写真をパシャリと撮った。
「ちょっ、突然撮られると恥ずかしいのですが」
「おお、見て見ろこれ。すげえいい写真が撮れたぞ。俺の腕がいいのか素材がいいのか……残念ながら素材がダイヤモンドだもんな」
恥ずかしがる眼福の天ノ目をあしらって写真を確認すると、想像以上に見栄えのある写真が撮れていた。
「そ、そんな恥ずかしいことをよく平然と言えますね。……その、せっかくですしもう一枚、今度は一色さんも一緒に撮りませんか?」
旅の恥は掻き捨てとでもいうように、もじもじしながら天ノ目が言った。
「ほ、ほら、桃華ちゃんも一色さんが楽しそうにしている写真が見たいと言っていましたし」
「よし、撮ろう」
パシャリ
「……ふふ。写真で見ても、やっぱり目つきの悪さは変わらないんですね?」
「うっせえ、余計なお世話だ。そういうお前は写真で見ても実物見ても、どっちも綺麗だな。やっぱりさっきの写真は素材が良かったんだな」
「っ……どんな顔して言ってます?」
「こんな顔して言ってるな」
ツーショット写真なんて初めてだったが、こんなに映っている人間の愛らしさに差があるものは初めて見た。
片方は真っ赤な髪をした目つきの悪い不良。もう一方はどこか恥ずかしそうに頬を赤らめた圧倒的美少女。これ印刷してまわったら、半分だけ破かれそうだな。
……それにしてもこの写真。
パシャリ
「ん?」
「ふふ、不愛想で目つきの悪い一色さんでも、こうして笑っているとカッコいいですよ」
そう言って天ノ目が差し出してきたスマートホンの中には、ニヤケ面でさっきのツーショット写真を眺める不良の姿があった。
「……きもち悪い写真だな」
「あとで菜月さんたちにも送ってあげますね!」
ウキウキ笑顔で言う天ノ目を見て、急いで瞼でパシャリとシャッターを切った。
菜月たちには悪いが、この写真はそっと俺の記憶にしまっておこうと思った。
*
「やっと来た。遅いわよ」
鳥居をくぐり抜けた先、少し開けたところで古谷が待っていた。
「五分や十分遅れたくらいでうだうだ言う女はモテないぞ? 菜月はどうした?」
「う、うるさいわよっ! それにこれがデートだったら何時間だって待つわよ!」
たしかに古谷ならいつまでだって待ってくれそうだ。それでデートのことをすっかり忘れていた彼氏に後日平謝りされて、それでも憎めないから許してしまって……。そういう未来が容易に想像できてしまう。なんか男運悪そうだしな。
「あんた、何か失礼なこと考えてない? ……ん」
ジトリとした視線を向けて来る古谷がその視線をそのまま横にスライドさせて、顎でクイと合図を送って来る。何かあるのかと俺たちもその視線を追った。
「あれは……菜月か? 向かいに立ってる男は誰だ?」
「あんた、クラスメイトの顔くらい覚えておきなさいよ。同じクラスのたな……田中? 田辺? ……た、たぶん田辺君だったはず」
「おい、俺と大差ねえじゃねえか」
お返しとばかりにこちらもジト目を向けてみると、プイッと顔を逸らされた。可愛いなこいつ。……本当に知れば知るほど面白い奴だ。
「ええと、クラスメイトの渡辺悠希くんですね。午前中の八ツ橋づくり体験で同じ班だった方です」
さすが天ノ目。人の名前をちゃんと覚えましょうという常識をきちんと持っている。
「おい、どっちもちげえじゃねえか」
「い、いいじゃない。どうせすぐに忘れるんだから」
まあ、そう言われたらそうだな。確かにあいつの名前なんてどうでもいい。
「それで、何でその渡辺くんと菜月が一緒にいるんだ?」
「……あんた、あれ見てまだ分からないの?」
心底呆れた目をされてしまった。
「修学旅行、いい感じに人気の少ない場所、男女二人きり……」
なるほど。そう一つ一つ列挙されれば流石に察しが付く。
「一年のとき、同じクラスになったときからずっと笑顔が素敵だなと思ってました! 好きです、俺と付き合ってください!」
ここまではっきりと聞こえる大きな声でそう言って、彼は右手を差し出した。その声は震えていて、遠くからでも渡辺君の緊張が伝わってくる。
「「っ……」」
どうして何の関係もない古谷や天ノ目まで緊張しているのだろう。下手すれば菜月より興奮気味だ……主に古谷が。……というか、いくらなんでも人様の告白現場をそんなに食い入るように見るのはどうなんだ?
「……あんたは何とも思わないの?」
「何がだ?」
なぜか内緒話をするように俺の耳元に手をやって小声で言う古谷。しれっと聞き返すと、古谷がぎょっとした顔で、
「はあっ⁉ だからっ……あんたは、菜月が告白されてるのを見ても、何とも思わないの?」
一瞬何かを言いかけて、けれど慌てて何かに気づいてぐっと飲み込んで、言葉を選びながら古谷が言った。見れば、その隣で天ノ目もどこか真剣な目で俺の答えを待っている。
「そう言われてもな。俺はただの幼馴染だし、菜月が誰に告白されていようと付き合おうと、俺がそれについてどうこう言う道理も理由もない」
「そ、それはそうだけど……っ」
「………」
何と答えるのが正しかったのかなど俺には分からない。俺の答えに二人とも何か言いたそうな表情で、けれど何かを堪えるように言葉を飲み込んだ。
もしかしたら、菜月のことがどうでもいいと言っているように聞こえたのだろうか。
「もちろん相手があきらかに酷い奴だったら全力で止める。でも、見たところ渡辺君はいい奴そうだし、菜月が選ぶのなら俺は素直に応援するぞ」
菜月は幼馴染の俺から見ても魅力的な女の子だ。というか、あいつが魅力的だということは他の誰よりも知っている。だからあいつが誰かに好かれるのは当然だと思うし、誰を選ぶのも菜月の自由だ。
ただ、……たしかにあいつが告白されている今の状況を見て、何も思わないわけではない。
けれどそれは俺の勝手な感情で、寂しくなるだとか家に来る機会は減るだろうなだとか、そんな俺の都合などあいつには何一つ関係ないことだ。
「あいつが幸せになれるなら、俺は素直に嬉しく思う」
本心だった。本当に心から菜月には感謝している。幸せになってほしいと心底思う。
渡辺君と菜月を遠目に眺めながら、俺は胸を張って答えた。




