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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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遊園地(2)

 不思議だった。何であの男なのか。

 信じられなかった。今目の前にいるのが、本当にあの男なのか。


 遊園地にいる間、私はずっと彼を観察していた。


 ――例えば彼の視線。

 彼はずっと妹の桃華さんを見ていた。本当に大切なものを見守るような温かい視線だった。そしてそれは妹さんだけでなく、たまに菜月や天ノ目さんにも向けられていた。……そしてそれは私にも。

 チラッと、安全確認のためだけの他意を含まない視線が、周囲の遊具やお店を眺めるふりをしてさりげなく向けられる。不思議と不快感はなかった。


 ――例えば彼の言葉。

 不愛想で素っ気なく、遠慮のない物言い。


『速いぞ。……もう少しゆっくり歩いてくれ』

『人が多くて酔いそうだ。混んでいるから、はぐれないように気を付けろ』

『ううっ……あんな乗り物の何が楽しいんだよ。……まあ、楽しそうで何よりだ』


 ――例えば彼の行動。

 遅れている人がいると、立ち止まって靴紐を結びなおす。誰かの疲れを察すると、真っ先に休憩を提案する。熱中症予防だと勝手に飲み物を押し付けて来て、私がお化け屋敷が苦手だということを察して、言い出しやすい空気を作ってくれる。


 ……なんで?


 観察していて最初に思い浮かんだのは疑問だった。

 分からなかった。すごく不器用だけれど、彼の言葉にも行動にも、その裏には気遣いがあった。優しさがあった。

 私にあんなことをしたこの男が、なんでこんなに優しい行動ができるの?



「古谷さん、だよね?」

「え?」

「菜月ちゃんのお友達、……なんだよね?」


 人気のない日陰のベンチ。

 彼と天ノ目さんがトイレに行ってしまったあと、私と菜月と彼の妹の桃華さんの三人で待っている時間。さっきまで菜月と話していた桃華さんが突然、私に話しかけて来た。


「え、……ええ、菜月の友人よ。あなたは一色君……の妹さん、なのよね?」


 何と答えていいか分からず、つまらない返事をしてしまう。


「うん。……今更だけど、一色桃華です」

「確かに今更ね。古谷友美よ」


 ぺこりと挨拶されたので挨拶を返す。菜月との約束があるからあえて気にしないようにしていたけど、彼女の方から話しかけてきた場合は大丈夫よね?


「ふふ、偉いねえモモちゃん。トモちゃんは私の親友で、すっごい重たい子なんだよ?」

「えっ、そうなの? そんなに重たそうには見えないけど……」

「ちょっ、違うから! 愛が! 愛が重いってこと……って、べつに愛も重くないし! 普通だから!」


 大変な勘違いをされそうだったので慌てて訂正する。


「……なんか、最初のイメージと違ってけっこう面白い人なんだね?」

「そうそう。こんなにクールビューティーな雰囲気なのに、実はけっこう面白い子なんだ」

「あ、あんたたち……っ」


 菜月のせいで桃華さんに変な印象を持たれてしまった。……なんか最近、親友のせいで損ばかりしている気がするわ。


「……ねえ、少し聞いてもいいかしら?」

「トモちゃん」

「っ……分かってるわよ。妹さんのことじゃないわ」


 鋭くなった菜月の視線に、本気なのだと肌で感じる。深入りしようと踏み込めば、きっと菜月は本気で怒る。

 ――でも、私だって本気であんたを心配してる。


「ありがとう菜月ちゃん。お兄ちゃんから少し話は聞いてるけど、きっと私のことでいろいろ気を遣ってくれたんだよね? ……でも、今ならちゃんと向き合える気がするんだ」

「っ……うん。トモちゃんはすっごく重い子だけど、すっごく優しくていい子でもあるから。きっと大丈夫だよ」


 それにニッコリと笑みを返した桃華さんは私に向き直って、真剣な表情で言った。


「私は学校でのお兄ちゃんを知らないけど、ちょっとだけ聞いてるんだ。……古谷さんは、お兄ちゃんが嫌い?」

「っ」

「……あはは。たしかにお兄ちゃん、不器用だから勘違いされやすいよね。目つきも悪いし、それに……っ」


 その続きに何を言いたいのか、すぐに察することができた。

 けれど彼女はそれ以上の言葉を飲み込んで、意を決したように、ずっと被っていたパーカーのフードを脱いだ。


「っ……モモちゃん」

「菜月ちゃん。……お兄ちゃんに怒られちゃうかな?」


 不安そうな目で菜月を見る桃華さん。


「……ううん。モモちゃんの決めたことなら、薫ちゃんは全部喜ぶよ」

「ふふ、そうだといいな。……古谷さん、ごめんね。ずっとこれを知られたくなくて避けてたの」


 周囲に人気が無いことを確認して、恐る恐る緊張の見て取れる仕草で、桃華さんは帽子を脱いだ。


「っ――!」


「……古谷さんは、お兄ちゃんの髪が赤いから、お兄ちゃんのことが嫌いなの?」

「っ! いや、ちがっ」

「ごめんね、変なこと言っちゃって。……ただ、お兄ちゃんが髪を赤く染めた理由をどうしても知っておいてほしくて……っ」

「モモちゃん、いったん帽子かぶろ?」


 他人にその髪色を見られることに強烈なストレスを感じるのだとすぐに分かるほど、帽子を取った後の桃華さんの表情は青ざめ、身体は震えていた。

 菜月に言われて、小さく「うん」と頷いた桃華さんは帽子を被りなおす。


「……ごめんね。私のせいなの……っ。全部、私がお兄ちゃんを変えちゃったの。お願い……っ。お兄ちゃんのこと、嫌いにならないで……っ!」

「っ!」


 泣いていた。でもそれは悲しくて泣いていたんじゃなくて、悔しくて泣いていた。


「わたしが外に出られなくなって。おにいちゃんに、髪の色が違う私は……っ……きもち悪いのって、聞いたことがあって……っ」


 桃華さんの話を聞きながら、それ以上聞くまでもなく、彼がなぜ髪を染めたのかを理解した。


「そしたらお兄ちゃん、次の日とつぜん髪を真っ赤にしてきて。オレは学校でモテモテだって。気持ち悪くなんかないって……っ」


 私は間違っていた。きっと彼は優しい人だ。だってそうじゃなければ、こんなに誰かに好かれるわけがない。……でも、そうじゃない。


「だから、だからお兄ちゃんのこと、嫌いに……え?」

「違うっ。……私は彼の髪が赤いから、彼のことが信じられないんじゃない! 私はっ」



 **



「全員分レモンティーにしたけど、良かったよな?」

「ええ、大丈夫でしょう。レモンティーが嫌いな人なんていませんから!」


 トイレから出た天ノ目と自販機で飲み物を購入した俺達。なぜかレモンティーを推してくる天ノ目に流されるまま全員分それにしたが、流石に嫌いな人がいないなんてことはないと思う。

 それはそうと、トイレから出てきた女の子に「長かったな」は、他意がなくてもありえないそうだ。あの天ノ目に本気でおでこにチョップされたからな。まだちょっと痛いぞ。何がいけなかったんだ? あれか、「便秘か?」まで言わなかったからか? まったく、乙女心は複雑だな。……まあ、体調が悪いわけじゃないのならべつにいいが。


「……ん? なあ、なんかちょっと揉めてないか?」


 みんなが待っているベンチまで戻ってくると、遠くからでも桃華と古谷さんが何か話しているのが見えた。ただ事じゃない空気だ。何事かと小走りに近づく。


 たとえ菜月の親友でも、万が一にも桃華を泣かせるようなら――


「私は昔、あの男にナンパされたの‼」


 …………。


 古谷さんが叫んだと同時、全員の視線がこちらを向いた。



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