彼女の心(3)
「っ……ちょっとあんた! なんでそいつが一緒にいるのよ!」
何故か今日に限って菜月に強引に昼食に誘われた俺は、無理矢理に席に移動させられた後、思った通り菜月の友人である古谷友美に睨まれていた。……だから言ったのに。
「まあまあ、美少女は多ければ多い方が楽しいじゃん。トモちゃんが人見知りなのは知ってるけど、メメちゃんはすっごくいい子だから」
「っ違うわよ! たしかに天ノ目さんともほぼ初対面だけど、そっちじゃなくて!」
「うんうん、私が他の可愛い子にデレデレしてるから嫉妬しちゃったんだよね? 大丈夫。私は二人とも同じだけ愛するから」
「だっ…からそうじゃなくて――」
古谷ってこんなに声を荒げる奴だったんだなと菜月と古谷とのやり取りをボーっと眺めながら思った。
それにしても、なぜ普段は俺の頼んだ通り教室ではあまり話しかけてこないようにしてくれている菜月が、今日こうして昼食に誘ってきたのか心底謎だ。しかも俺だけ、若しくは俺と天ノ目だけを誘うのではなく、わざわざ友人である古谷との昼食に俺達を招いたのか。
長いこと幼馴染をやっているが、今の菜月の行動の意味はまるで分からない。
「あ、あの……まずはお弁当、食べませんか?」
そんな二人を呑気に観察していた俺とは違って、時計に目をやりながら、やんわりとそれ以上二人の会話が過熱するのを遮るように昼食を促す天ノ目。
「うん、そだね! 早く食べないとお昼ご飯の時間終わっちゃうもんね!」
「っ……ごめんなさい天ノ目さん。少し興奮していたわ」
ケロッとした顔で言う菜月と、自分の行いを恥じるように声をすぼめる古谷さん。しかし謝るのであれば一応俺にも迷惑をかけていると思うのだが。……まあ、そのすべての原因はアホ面でお弁当箱を開けているうちの幼馴染だけどな。
「あれ? 薫ちゃん、今日はお弁当、自分で作って来たの?」
何とも言えない気まずさを覚えつつ、とりあえず飯でも食おうと弁当箱を開けた俺の手元を無遠慮に覗き込んでくる菜月。なんでちょっと残念そうなんだよ。
「ああ。桃華は最近、勉強を頑張っているからな。自分のことは自分でするように、少しずつ家事の分担を始めているんだ」
これまでは家事のほとんどを桃華に任せきりにしてしまっていたが、これから学校に通うことを視野に入れて頑張り始めた桃華の負担を減らすべく、俺も頑なに家事を譲ろうとしない桃華から頑張って分担をもぎ取っている。
「へえ、そっか。それはいいことだね! 桃華ちゃんのお弁当が食べられないのはちょっと残念だけど、ここは薫ちゃんの手作りタコさんウィンナーで我慢しとくよ!」
そう言って、勝手に俺の弁当箱から、俺が今朝、丹精込めて作って来たタコ足のウィンナーを奪っていく菜月。
「バッカお前、俺がそれをマスターするのにどれだけタコの足を犠牲にしたか分かってんのか? せっかくだから一番うまくできたやつを弁当箱に入れて楽しみにしてたのに」
ちなみに失敗した足の少ないタコさんたちは朝食で美味しく頂いた。
そんな話をしていると、突如、俺の隣人が「ブフッ」と笑いをこらえきれずに吹き出した。
「ふ…ふふっ……す、すみません。頑張ってタコさんウィンナーの足を作っている一色さんの姿を思い浮かべたら思わず……っ」
言いながら笑ってんじゃねえか。
「ふふっ、だよねだよね! こんな見た目のくせに薫ちゃん、そういうとこすっごい女子力高いから、なんか笑っちゃうよね?」
隠そうともせずケラケラ大笑いする菜月。こいつ……後でデコピンしてやる。
「この際だから、メメちゃんも何か欲しいやつとかあればもらっときなよ! 代わりに私にこの肉じゃがちょーだい?」
「ええ、どうぞ構いませんよ。昨日の残りものなのでお口に会うかは分かりませんが。……で、ではその、私もタコさんウィンナーを一つ……」
天ノ目の弁当箱から肉じゃがのジャガイモを一つ菜月がもらうと、天ノ目は俺の弁当箱から三匹しかいないタコさんウィンナーのうち、二匹目を遠慮がちに持っていく。
「おれのタコ……。……べつに構わないが、菜月、お前は許さない。おとなしくその唐揚げを」
「うっま⁉ 何これすっごい美味しいよ⁉ 薫ちゃん、こんなのごちそうになったの⁉」
タコの復讐とばかりに唐揚げへと伸ばした俺の箸はスカッと見事に空を切り、大事そうに弁当箱を抱え込んだ菜月に妙な迫力で詰め寄られる。
「ま、まあ、頂いたと言えば頂いたな。……言っただろ? さすがのお前でも天ノ目の肉じゃがには勝てないって」
「むむむむ~っ……たしかにこれはちょっと敵わないかも。ねねっ、メメちゃん今度作り方教えてよ!」
美味しさに頬を緩めながら悔し気に言った菜月は、思いのほか素直に負けを認めた。
「そ、それほどでもありませんが……あはは。ええ、構いませんよ」
…………。
初めてだったからだ。教室でこんなに誰かと話したのは。気を緩めてしまったのは。
二人の表情がいつも通りだったからだ。普段うちにいるときに見せる、飾り気のない純粋な笑顔だったからだ。
だから失念していた。本来、俺という生徒が他のクラスメイト達からどんな風に見られているのかということを。
「あ、あんたたち……。そんなに仲良かったの?」
まるで理解できないものを見るような、怪訝な表情の古谷さんが俺達を見ていた。
「っ!」
その目に一瞬で我に返った俺は、急いで周囲のクラスメイト達に目をやる。そして、
「なあ今、天ノ目さんの料理を食べたって」
「ああ。それに、あんな顔で笑ってるのなんて初めて見たぞ」
「ね、ねえ、あの二人ってやっぱりあの人と……」
「ばっ……そんなわけ」
「紗月ちゃん……」
部屋に残っているクラスメイト達のほぼすべての視線が俺たちに注がれていた。その軽蔑交じりの視線は、俺にとっては見慣れたものだ。日常のありふれた景色の一部だ。けれど、いま彼ら彼女らの向けるその視線は俺だけでなく、俺なんかとつるんでいるのかという意味合いを含んで、二人にも向けられているのだということが何となく分かってしまった。
「っ……悪い。やっぱり俺――っ」
遅いとは思いつつ、それでもこの場から離れる以外の方法が思い浮かばなかった。
しかし、逃げるように立ち去ろうとする俺の腕がぎゅっと掴まれた。
「待って。……薫ちゃん。もう逃げないで向き合おうよ? 桃華ちゃんは前に踏み出したよ?」
「っ!」
初めて見る真剣な目だった。これがあの幼馴染だとはとても思えないほど、普段のおどけた雰囲気など一切まとわない菜月がそこにいた。
「私の一番は、どんなときも変わらない」
「っ」
同じだと思った。俺が桃華に向ける目とそっくりな目だった。
「っ……それは――」
そんな菜月を見て、天ノ目が目を見開いて驚いていた。おそらく天ノ目も思ったはずだ。以前、俺が天ノ目の家で美華さんに言ったときと同じ目をしていたから。
「―――」
「っ」
周囲のざわつきも逃げようとする俺も一切無視して、古谷の耳元で何かを呟いた菜月。
「ごめんね薫ちゃん。でもきっと、大切なことだから」
だから逃げないでねと、そう目だけで続けて、そしてニッコリ笑うと、
「今度の日曜日、遊園地行こうよ!」




