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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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彼女の勇気と終わりゆく景色(2)

「お会計、六百二十円になりま~す」

「……っはい」

「ありがとうございました~」


 マンションから最寄りのコンビニ。

 目深に帽子をかぶった少女と店員とのやりとりを、お菓子売り場から覗き見る不審者。べつにトイレ脇の雑誌コーナーを覗いているわけではないのだが、しきりに少女と店員にチラチラ視線をやる様子はまさに不審者と言われても言い訳ができない。同じお菓子を棚から取ったり戻したりしながら、その目線だけは決してレジから逸れないその不審者っぷりは、万引きGメンが今にも「ちょっとあなた」と声をかけてきそうなほどだ。……まあ、自己紹介だ。


 桃華が学校に行くと宣言したあの日から今日で五日目。夏休みも残すところあと二日。


「やったね薫ちゃん! 帽子作戦、大成功だね!」


 こしょこしょと内緒話をするように俺の耳元に手をやって、浮かれた声で言う菜月。

 どこからどう見ても不審者にしか見えない今の俺がまだ万引きGメンに声をかけられていないのは、連れの菜月(こいつ)がいたからだろう。



 初めて俺たちの前で玄関から外に一歩踏み出した桃華だが、その翌日、今度はマンションの外まで出てみようとすると、エレベーターの直前で足がすくんでしまい、結局その日も、その次の日も、玄関の前より先には出ることができなかった。

 気を落とす桃華に何と声をかけていいか分からず歯がゆい思いをする俺だったが、そんなとき、菜月が一つ思いついたように提案してくれた。


「帽子をかぶってみるっていうのはどうかな?」


 生憎と(うち)には帽子などなかったが、菜月が昔使っていたという、髪が隠せる深さのワークキャップ風の帽子を譲ってくれた。


「ペアルックだねえ~」


 などと冗談めかして言っていたが、その帽子には見覚えがあり、そういえば昔、中学一年の菜月の誕生日に、彼女が両親に買ってもらったと自慢していたことがあった。

 ……いつだって何でもないみたいに笑ってくれるこの幼馴染に、代わりになるものをいつか俺にも返せるだろうか。



 菜月の言葉通り、『帽子作戦』は予想以上に効果があり、つい昨日までマンションから出ることができなかった桃華が、その二日後にはこうして近くのコンビニで買い物ができるまでになった。髪の一本も帽子から出ないように念入りに準備して、すれ違う住人たちと目を合わせないよう終始うつむいたままではあったが、それでもこの数日で桃華は驚くほどの成長を遂げた。


「ああ、お前のアイデアのおかげだな。帽子のことも。……助かった」


 会計を済ませてコンビニの外に向かう桃華を追いながら、俺は素直に菜月に礼を言う。


「えへへ、それほどでもないよ」


 俺にしては珍しく本心から伝えた感謝の言葉を、菜月はいつものように冗談めかすこともなく、照れたように頬をかきながら素直に受け取ってくれた。


「桃華」


 コンビニから出て少し歩いたところで桃華に声をかける。


「っ! ……お兄ちゃん」


 外で名前を呼ばれることに慣れていない桃華は警戒心の強い猫の様に一瞬びくっと身体を跳ねさせた後、おそるおそるこちらに振り向き、声の主が俺だと気づいて安心したようにほっと胸をなでおろす。


「こ、これ! わたし買えたよ? バニラとチョコレートと、それからミント。みんなの好きなアイス!」


 周囲の目を気にしながらではあったが、浮かれた様子の桃華は声を弾ませながらレジ袋の中身を見せて来る。


「ああ、よく頑張ったな。偉いぞ」


 そんな桃華が可愛くて、ついいつものように頭を撫でてしまいそうになるが、帽子がずれる可能性に気づき、代わりにポンと背中を押す。


「凄いよモモちゃん! モモちゃんが頑張ってたこと、メメちゃんにも報告しとくね!」


 そう言って菜月はポケットからスマホを取り出すと、今時の女子高生らしい慣れた手つきでフリックを操作して天ノ目にメッセージを送る。『メメちゃんの分もあるよ!』だそうだ。


「うんっ! 次は紗月ちゃんとも一緒にお出かけしたいな!」


 成長を実感し、新たな目標を掲げる桃華に、


「なら、これからも頑張って練習していこうな」


 通い慣れた帰路。しかし三人で歩くのは初めての道。

 俺はすっぽりと空いた胸の隙間を埋めるように、隣を歩く桃華に笑いかけた。



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